かぐやさん!? 凪が慌ててかぐやを止めようと手を伸ばすも、緋月が止める。彼女が動揺するのも無理はない。


「な、何ですか先生!」

「まあ良いだろう。かぐやのやりたいようにやらせてみよう」

「そんな暢気に構えてる場合ですか!? 下手したらお二人のことが、夢宮の秘密が一般人にバレてしまうかもしれないんですよ!」


 特別親しいわけでもない、何の関係も無いただのクラスメイトに、自分たちの秘密を暴こうとしているのだから。

 神のごとく完璧な成神緋月。


「俺が良いと言っているんだから、何も問題ない。残念ながら、俺はそういう風に出来てしまっているからな。お前もそれは身をもって知っているだろう、ナギ。俺の暗殺に何度も失敗し、ついには俺の傍に居なければ生きることすら出来なくなったお前なら」

「ぐっ、他人の黒歴史を掘り返すだなんて」


 真衣子やトランプ兵には聞こえないように、緋月が囁くように言葉を紡ぐ。痛いところを突かれたせいか、凪は悔しそうに歯を食いしばるだけでそれ以上何も言わなかった。


「さて、かぐや。お前の思惑は察したが、それはとてもじゃないがリスクが低い方法とは言えない。それでも、続けるつもりか?」

「はい、兄さん」

「そうか。お前がそう言うなら、やりたいようにやると良い。どんな結果になろうと構わないさ。お前の為なら辞表だって喜んで書くし、国外逃亡でも何でもしてやるぞ」


 緋月が微笑を浮かべながら、かぐやの頭をぽんぽんと撫でる。デジタルで構成された世界の筈なのに、兄の手はいつもと変わらず温かくて優しい。

 それだけで、かぐやは何でも出来る気がした。


「作られた……って、どういうこと? 意味わかんない」

「私は、両親と会ったことがありません。私と兄の父である、成神月冴は二十年前に死亡しました」

「二十年前って、え? おかしくない?」

「ええ。私は今十七歳ですから、私が生まれるよりも三年も前に、父は亡くなっているんです。そして、母親と呼べる人も居ません。製作者と呼べるのは何人か居ますが、こちらに居る兄がその計画の中心人物です」


 私は。一度言葉を切り、大きく深呼吸をしてから再び口を開いた。


「私は、この夢宮大学病院にあるとある研究室の培養装置で生成し、出生した人工生命体です。一般的な人工授精とは異なり、体重が二八〇〇グラムを超えるまでずっと装置の中に居ました。父親にあたる遺伝子情報は成神月冴のものですので、彼を父だと認識しているのはそれが理由です」

「え……ちょっと待って、意味わかんない」

「要するに、このかぐやという人間は俺が作った世界初の『人造人間』ということだ。父親が死んだせいで一人で退屈だったし、丁度夏休みの時期だったから、自由研究で作ってみたわけだ。まさか本当に出来るとは思わなかったし、そもそも出来上がるまでに一年以上かかってしまったがな。残念だ、夏休み明けにクラスメイトの前でどや顔を決めたかったのに」

「一瞬で友達が居なくなりそうですね」


 にやにやと自慢げに話す緋月に諦めたのか、凪が呆れたように溜め息を吐いた。これは、夢宮でもごく少数の人物だけが知っている事実である。

 これこそが、緋月が神と呼ばれるようになった発端だ。


「私も羽藤さんと同じです。何をやっても、兄には絶対に敵わない。兄を超えることは出来ない。当たり前ですよね、目的が戦争や自己防衛だったのならまだしも、兄はただ『暇潰しが出来る妹』が欲しかっただけなんですから。神話の神が天使や人間を作ったのと同じように、自分を超える存在を想定して作ったわけではないのですから。だから、私は兄を超えることを諦めました。代わりに、この命を兄の為に使うと決めたのです。だから、もう一度言います。羽藤さん」


 改めて、真衣子の目を真っ直ぐ見つめる。もはやこれは、勝負とは言えなかった。圧倒的に。

 神の作り上げた作品が、人間に劣る筈がないのだから。


「すぐにここから出て行ってください。がここに居座り続けると、兄……医療の発展の障害になります。ここは、あなたの世界なんかじゃない。しがみつくような代物ではありません。次世代医療の可能性の一つ……いえ、可能性から枝分かれした内の失敗の一つでしかないのですよ」


 そしてついに、かぐやは最後の一撃を繰り出す。反論する隙を見せず、反撃に移る余裕を与えず。

 徹底的に、決定的に。

 

「あなたの言うことなんて、誰も聞きませんよ。だって、このお城も、動物達も、トランプの兵士も、ここのある全てはただのプログラムなんですから」

「そ、そんなことは――」


 いきり立った真衣子が玉座を蹴るようにして立ち上がるも、そこまでだった。傍聴席からはもう、悲鳴もざわめきも起こらない。トランプ兵が武器を振り翳してくることも、白いウサギがトランペットを吹き鳴らすこともなかった。

 代わりに、まるで警報のような轟音が頭上から降り注ぐようにして響き渡った。


『病院職員、並びに患者様にお知らせ致します。現在、白ウサギにて複数の深刻なエラーが検出されました。復旧作業に移行する為、これより強制終了させて頂きます。ログイン中の皆様は安全確保のため、自動的にログアウトとなります。繰り返します……』


 明滅する世界に、女性の人工音声によるアナウンスが何度も繰り返される。きっと、麻佳が真衣子からシステムの主導権を奪い返してくれたのだろう。

 視界が揺らぐ。いや、視界だけではない。聞こえてくる音や、呼吸。あらゆる感覚が揺さぶられ、立つことさえままならない。


「そんな、いや……ま、待って……待ってよ。アタシ、もうあんな家に戻りたくない……誰もアタシのことなんか見ていないのに!!」


 真衣子が両手で頭を抱えながら何事か叫ぶ。でも、それを聞いてあげられる余裕すら、もう残っていなかった。

 視界が暗転する。すぐ傍で緋月がかぐやの名前を呼んだが、返事は出来なかった。

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