⑤
目を細め、嘲笑を浮かべながら。まるで、店に並んだ品物を見定めるかのようにじろじろと緋月を眺める。
「そこの帽子屋。アナタだけは、見逃してあげても良いわよ。アタシのお婿さんになるのが絶対条件だけど」
「おや、それはそれは。まさか女王陛下に求婚されるとは。嬉しいが、流石に妹のクラスメイトが嫁になるのは心が痛むから遠慮させて貰おう」
「あっそ、それじゃあもう用はないわ。アンタも死んじゃえ」
無邪気に、残酷。普段からは想像も出来ない程の横暴さに、かぐやは恐怖さえ覚えた。
そして同時に、憐れだと思った。
「……可哀想、ですね」
無意識に口から出た言葉に、真衣子を含めた全員が沈黙した。傍聴席の観衆だけではなく、凪や緋月まで目を皿にして唖然としていた。
「なん、ですって」
最初に口を開いたのは、真衣子だった。彼女の顔にあるのは、もう嘲笑ではない。
「このアタシが可哀想? どうしてそう思うのかしら。答えなさい、アリス」
表情を消して、真衣子が言った。声色は冷たく、口調も強い。かぐやの言葉が、彼女の逆鱗に触れたのは間違いない。
予想していた展開とは違うが、構わない。かぐやはただ、告げるだけだ。
「私が知っている羽藤さんは、あくまで学校の中だけでしたけれども……誰かを傷つける言葉を簡単に言うような人ではありませんでした。でも、ここは仮想空間。ご家族やご友人、先生方も誰も居ない。誰も見ていない場所で取り繕う必要などない。だから、今のあなたこそが本当の羽藤さんなのでしょう? 申し訳ありませんが、可哀想……以外の感想は持てません」
「……言ってくれるじゃない。確かに、ここは仮想空間。でも、ここで首をはねられたら、現実世界に戻れる可能性は低いわよ。アタシがこの白ウサギを乗っ取って、今までやってきたこと。後から来たアンタ達ならわかっているでしょう?」
苛立たし気に足を組んで、真衣子がほくそ笑む。彼女の言う通り、白ウサギの中で死亡したら、現実の自分に何が起こるか予測できない。
それこそ、本当に死亡してしまっても不思議ではない。
「でも、そうだとしたら……羽藤さんは、殺人犯になってしまいますが」
「ふん、それが何? 脅しのつもり?」
「脅しているつもりではないです。ただ、お姉さんへの劣等感で、そこまでの愚行に走るのも如何なものかと思いまして」
「なっ……」
真衣子の表情が強張る。やはり、かぐやの想像は当たっていた。
「私、羽藤さんのご友人にお話を聞いたり、お部屋に入れて貰ったりしたんです。でも、羽藤さんがどうしてこんなことをしたのかわかりませんでした。手掛かりになりそうなものが無かったので。でも、無くて当然だったんですよね」
言葉を選んでいる余裕は無かった。彼女を傷つけることを言ってしまっているかもしれない。
でも、構わなかった。
「結衣奈さんにもお話を伺いました。あと、以前病室であなたがお話しくださったこともふまえて確信したんです。あなたは、お姉さんに強い劣等感を持っている。何をしても、お姉さんに敵わない。お絵描きも、お裁縫も。だから、全てやめてしまった。何かをすることを
「……はあ。凄いわね、成神さん。今まであんまり喋ったことなかったからよくわからなかったけど、アンタってエスパーなの? それとも、同じ妹だからかな」
深い溜め息を吐く真衣子。だが、緊張の糸は緩んだりしない。むしろ、きつく張るばかりだ。
「そう。アタシ、お姉ちゃんが嫌い。何でもアタシより上手く出来るし、親も事あるごとにお姉ちゃんと比べるし。同じ絵を描いたのに、お姉ちゃんばっかり褒められるのよ。アタシの絵なんか見向きもされない。そんなの、二度とやりたくないって思うわ。新しく何かを始めても、どうせお姉ちゃんの方が上手くやるわ。わかる? アタシが生きている限り、ずっとお姉ちゃんと比べられるの。お姉ちゃんよりも出来が悪いって馬鹿にされるのよ」
でも。真衣子が立ち上がり、両手を大きく広げた。
「この中なら、誰もアタシを馬鹿にしたりしない! アタシを誰よりも大事にしてくれるし、どんな我が儘だって聞いてくれる! 何より、お姉ちゃんが居ない。ここでなら、アタシは自由に生きられるの!! 痛いやつだって思われても良いの、ここはアタシだけの楽園だから」
「やれやれ、随分大掛かりな現実逃避をしたものだ」
「ちょっと、先生」
耐え切れなかったのか、本音を漏らす緋月を凪が強めに小突く。聞こえていただろうに、真衣子はもう処刑だと叫んだりしなかった。
その代わりに、穏やかな声色で言った。
「ねえ、成神さん。それから、先生達。アナタ達がわざわざここまで来たのは、椛田教授達を助ける為でしょ。全員解放してあげるから、アタシのことは放っておいて貰うっていうことは出来ない?」
「えっと、つまり羽藤さんだけここに残りたいと言うことですか?」
「そう。別に良いでしょ、アタシのことなんか誰も待ってないし、必要だとも思ってないんだから。あそこにアタシの居場所は無いのよ、見てきたのならわかるでしょ」
ふん、と鼻を鳴らして再び玉座に腰を下ろす真衣子。それを見て、凪が再び緋月にひそひそと声を顰めながら話し始めた。
「先生、どうします? まだ、システムの主導権は羽藤さんのままですよ」
「意外とやるな。かぐやにあそこまで言われた時、少しは隙を見せるかと思ったが。彼女の言う通り、一旦教授達だけでも解放するのも手かもしれない」
腕を組み、困ったように笑う緋月。滅多に見ない珍しい兄の表情に、かぐやは胸がざわつくのを感じた。不安だとか、心配だとかそういう代物ではない。もっと、もっとどす黒い嫌な感情。
敷いて言うなら、憎しみか憎悪に近い。
「……申し訳ありませんが、それは承諾出来ません。羽藤さん、あなたも現実へ戻って貰う必要があります」
自分でも、まるで別人のようだと驚いてしまう程に冷たい声色。傍聴席が再びざわつき始め、真衣子の視線も鋭くなる。
「は? 何それ、格好つけてるの? それとも、正義の味方気取りかな。何にせよ、お断りだわ」
「格好つけているわけでもなければ、正義を振り翳しているつもりもありません」
「ちょ、ちょっとかぐやさん。どうしたんですか、いきなり」
凪に腕を掴まれるも、かぐやは振り向かなかった。ただ、真衣子の目を真っ直ぐ見つめるだけ。
そう、これは彼女を思いやるような慈善的なものではない。
「羽藤さん、あなたがここに居ると皆さんの……いえ、兄の邪魔になるんです。だから、出て行ってください」
かぐやの目的は、ただそれだけだった。子供のような言い分に一瞬の沈黙した後、真衣子がケタケタと笑い出した。
「……は、あはは! 何それ、ウケる! 成神さんって、もしかしてブラコン? うわー、そうなんだー」
「ブラコン……という言葉の意味はよくわかりませんが。私は、兄の為に存在しているので」
「あは、何それ。ぶっちゃけ、ちょっとキモイよ? 引くわー」
「あなたにどう思われようが構いません。ですが、これは真実で私の存在意義は何があろうと覆らない。私は兄、成神緋月の為だけに存在している。その為だけに作られたのですから」
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