④
三人が連れて来られたのは、赤と黒で彩られた何とも豪奢な城だった。昔、緋月と共に行ったテーマパークのランドマークにとてもよく似ている。でもそれは外観だけで、内部の様子は想像と全く違っていた。
煌びやかな装飾品などは一切無く、むしろ流れる空気はどこか寒々しい。どことなく、真衣子の家の雰囲気と似ているとかぐやは思った。
「これは、裁判所……ですか?」
「不思議の国のアリスといえば、裁判はとても重要なイベントだからな。ふむ……仮想現実とはいえ、まさか生きている内に証言台に立つことになるなんて」
きょろきょろと周りを見回す凪に、何故だか満足げに笑う緋月。かぐや達がトランプ兵達に連れて来られたのは女王の謁見室兼、法廷であった。
高い天井に、学校の体育館程に広い空間。その中央で、三人は異様な騒々しさに晒されることとなっていた。それだけではない。
ネズミやトカゲ、イモムシにウミガメ。他にもたくさんの動物と大勢のトランプ兵が、証言台に立つかぐや達を取り囲むようにして傍聴席に集まっていた。法壇には宝石が縁取る豪勢な玉座が一つだけ。そこにはまだ、誰も座っていない。
三人の背後には、先程の四人。緋月が何度かちょっかいを出しているが、睨み付けてくるだけで口を開こうとはしない。
不安と居心地の悪さに、溜め息を吐くしかなく。もう何度繰り返したかわからなくなった頃、それは突然に始まった。
「静粛に! 皆の者、静粛に! 女王陛下の御出座だ!」
「ふぐっ」
甲高いトランペットを吹きながら、一匹の白いウサギが法廷の真ん中に踊り出る。背丈はかぐやの腰くらいだろうか、赤いジャケットを着込んだ格好は子供かとも思ったが。
その顔には見覚えがある。白くて長い耳と、ほわほわとした丸い尻尾はあるものの。何度目を擦っても見間違いじゃない。
ちなみに、誰もが口を閉ざす中、一人だけ吹き出したのは緋月だ。
「なんだあれは……流石に惨い、視覚の暴力だ。椛田教授のあのような姿を見ることになるなんて……駄目だ、物凄くスクショを撮りたい。病院のゆるキャラにしたい。ふっ、くく」
「んん、先生……ダメです、自分も耐えられる自信がありません」
必死に笑いを堪えているのか、緋月と凪が口元を抑えて震える。やはり、あのウサギは椛田に間違いないようだ。
確かに椛田の格好はこれまで見てきた人物の中でも特にちぐはぐだが、ちょっと愛嬌があるような気がする。
最近はどんな場所にもゆるキャラが増えてきているし、夢宮大学病院のマスコットにもぴったりだと思った。
「おい、そこの罪人ども! 静かにせんか!!」
ウサギの椛田が、ぎろりと睨みながら怒鳴る。その時だった。玉座の後ろにあった扉がゆっくりと開かれ、何者かが悠然とした歩みで姿を現したのは。
「女王陛下だ!」
「女王さまよ、皆静かに」
大理石の床を踏む尖ったヒール。堂々と現れたのは、一人の少女だ。赤と黒の幾重にも重なったシフォンとレースの優雅なプリンセスドレスを纏い、金のサークレットを額に飾っている。一歩、また一歩と彼女が前に進む度に傍聴席から息を飲む気配が伝わってくる。
真っ赤に塗られた唇に、羽根のような睫毛。記憶の中のクラスメイトとはまるで別人だが、疑う余地はない。
彼女こそ白ウサギを乗っ取った張本人であり、不思議の国でハートの女王として君臨した、羽藤真衣子だ。
「ふうん、この三人がアタシの庭を踏み荒らしたっていう罪人なのかしら?」
「はい、その通りです女王陛下」
堂々と玉座に腰掛け、気怠そうにかぐや達を眺める真衣子。そんな彼女に、椛田は何も言わないどころか恭しく首を垂れるだけ。
「えーと、真衣子さんが女王様なのは置いておいて。教授達は何で反抗とかしないんすかね?」
「ふむ。どうやら、乗っ取られたシステムが教授達の意識をも思うがままに操作しているようだ。とても興味深い現象だ、まさか個人の自我さえ支配することが出来るとは」
「あの、それなら私達はどうして大丈夫なのでしょう?」
どうしても気になってしまい、かぐやはちらりと後ろに居る兄を見る。詳しいことはわからないが、どうやら白ウサギに繋がっている者達の意識はシステムに侵されて変質してしまうらしい。
でも、かぐや達は何ともない。見た目が変わっただけで、正気を保てている。
「ふむ。何か条件があるのかもしれないし、単に教授達の接続時間が長いことが原因かもしれない」
「何にせよ、ここに長居することは出来ませんね」
「ああ。非常に残念だが――」
「あらあら。アナタ達、随分私語が多いわねぇ? 自分が置かれている状況がわかっていないのかしら」
法壇の上から、真衣子が頬杖をついて猫のように嗤う。しまった。かぐやは慌てて正面に向き直る。
三人のやりとりを苦々しい表情で見ていた椛田が、タイミングを見計らうように軽く咳払いをした。
「えー、それでは。この裁判の長であるハートの女王陛下、そして傍聴席の国民達。これより被告、罪深きアリスと蛮族二人の裁判を開廷します」
高らかにそう宣言すると、椛田が懐から大きな巻紙を取り出した。纏めていた赤いリボンを解き、何やら細かな文章が綴られた巻紙に視線を落とす。
そして、抑揚の無い声でつらつらと読み上げる。
「被告、アリスと蛮族の二人は先程、女王陛下の私有地である森の中に無断で入り込んだばかりか、あろうことか草花を荒らした」
「はあ!? そんなことしていませんよ!」
「被告人は静かに」
身に覚えの無い罪を読み上げられる度に、傍聴席がざわつく。確かにかぐや達は、城に程近い森の中へ無断で侵入する羽目になってしまったが。あれはプログラムの仕様上、仕方のなかったことだ。
でも、草や花を荒らした記憶は無い。凪が声高に叫ぶも、訴えが聞き入られることはなかった。
「ちょっとウサギ。そんな前置きは面倒だから、さっさと要点を言いなさい」
苛立たし気に口調を強める真衣子。椛田はびくりと飛び上がるようにして身体を跳ねさせると、巻紙に顔を埋めるようにして最後の一文を読み上げた。
「は、はい! つまり、えー……女王陛下は、非常にお怒りになっておられる」
「そう、アタシはとても怒っているの!」
がんっ、と真衣子が床に踵を叩きつける。何度も壁や天井にぶつかり、反響する女王の激昂に傍聴席が震え上がる。
独裁者。今の彼女は、まさにそれだ。
「よって、アンタ達は全員死刑」
「え?」
「だから、全員死刑。さっさと首をはねなさい」
背後に控えていたトランプ兵達が、一斉に武器を構える。妖しく煌く切っ先に、心臓がぞっと凍えるような感覚に陥った。
「待ってください! これって、裁判ですよね! 何で真っ先に判決が出るんですか!?」
「ああ、もう。きいきいとうるさいネコね。裁判なんて判決だけで充分よ。審議も評決も必要ないわ」
だって。真衣子が両手を大きく広げて、堂々と宣言する。
「だって……ここはアタシのお城で、アタシだけの世界だもの! 主役はアタシ、アタシが女王。女王の言うことが絶対。アタシが死刑って言ったら死刑なの!!」
「こ、子供ですか!?」
「ああ、でも……そうねぇ。気が変わったわ」
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