第四章 少女は幻想から目を覚ます


 次の日。かぐやは学校を欠席し、夢宮大学付属病院へとやって来ていた。それも数日前のあの時と同じように、精神科病棟の処置室に。

 だが、今回はモニタールームではない。


「成神くん、改めて聞くけど本気かい? きみには確かにこの件の解決を求めたが、命を賭けるように……と、言ったつもりは無いんだけどね」

「もちろん、本気ですよ。でも、我が優秀な助手が外部からあらゆる手を尽くしてもびくともしなかった牙城ですからね。もはや、正攻法で入り込むしかありません。決してこのVRというものが面白そうだから、ぜひとも試してみたいという理由での行動ではないですよ。ええ、全然そんな気は無いですよ」

「絶対に面白そうだからって理由だけですよね! VRに興味があるならゲーム機買って家でやってください! あと、自分とかぐやさんを巻き込む必要はありますか? ありませんよね!?」


 かぐやを挟む形で、緋月と凪が何やら言い争っている。否、言い争うと言うよりは凪が一方的に喚き、緋月はにやにやと笑っているだけだ。

 そう。かぐや達三人は今まさに、先日と同じ精神科処置室で白ウサギの施術を受けようとしていた。既に準備は完了し、かぐやの両脇に緋月と凪。そして向かい合う形で真衣子と椛田を含めた意識不明者五名が、それぞれのユニットへ横たわっている。意識不明者は全員点滴でのみ栄養状態を保たれている為か、かなりやつれてしまっている。

 麻佳と数人のスタッフは、処置室の中で緊張気味に白ウサギの操作を行っている。これはかぐやが自ら提案し、それに緋月も乗っかる形で計画されたことでしかない。

 だから、機械に詳しい凪も操作をする側へと回るのかと思っていたのだが。


「人聞きが悪いな、ナギ。この計画の立案者は俺ではなく、かぐやの方だぞ。協力しようと思わないのか冷血人間め。それに、追加で接続可能な最大ユニット数が丁度三台だったからな。せっかくだ、全部使いたくなるだろう?」

「なりません! もー、銃も刃物も力技も効かない相手にどう立ち向かえば良いんですか! 電脳空間でのボディガードなんて無理ですよ!! 訓練してません!」

「良いじゃないか。何事も経験だぞ、ナギ」

「いや、でもね成神くん。これは真剣な話だが……もしも、きみ達三人まで意識不明に陥ったらどうするんだい?」


 麻佳が深刻そうな表情で割って入れば、流石に二人も押し黙るしかなかった。彼の心配はもっともだろう。

 五人の人間の意識を奪った未解明の装置。ある意味ではどんな兵器よりも恐ろしい代物に、自ら手を出そうとするだなんて。

 それも、まさか緋月が。『神』と称される程の男が、だ。もしも彼までもが意識不明に陥ったら、誰一人として白ウサギを止めることは出来なくなるだろう。


 そして、医療における被害は甚大なものになる。


「それはご心配なく、必ず戻って来ますよ。少なくとも、俺とかぐやだけは」

「えっ、自分は? 先生、自分は!?」

「……えっと、出来るだけ頑張ります。羽藤さんや椛田教授、そして他の皆さんを連れ戻せるように」


 麻佳の忠告にも、笑顔で答える緋月。凪には少々申し訳なく思うも、我慢して貰うしかない。

 結局のところ、親しい彼女が居てくれたらとても心強いから。


「要は、羽藤真衣子から白ウサギの主導権を取り返せば良いだけです。そうすれば、こちらでコントロールすることが可能になります。麻佳先生は、そのタイミングを逃さないようにしっかり見張っていてくださいね」

「……やれやれ。きみは本当に言っても聞かないね。わかった、こちらも腹を括るとしよう」

「ああ、ちくしょう! こうなったらヤケです! 緋月先生、起きたら焼肉奢ってくださいね!?」


 麻佳と凪も覚悟を決め、いよいよフルフェイス型のヘッドギアが三人の頭に装着された。予想していた以上にずっしりと重いそれは、起き上がるどころか身動きを取ることすら難しい。

 真っ暗に閉ざされた視界。機械特有の苦い匂いが鼻につく。咳き込みそうになるのを、かぐやは何とか堪える。


「それではこれより、白ウサギの起動実験を始める。以降、何が起こるかわからない。各自、どんな事態が起こっても冷静に対応するように……それでは」


 実験開始。麻佳のその言葉を最後に、かぐやの意識は強制的に断ち切られた。


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