「あ、えっと。それでは、わたしも今日はこれで失礼します。何かあったら、わたしの携帯電話に連絡ください。出来るだけ、すぐに駆け付けますので」

「ああ、では病棟の外までお送りします」

「いえ、鍵は看護師さんにお願いして開けて貰いますので。大丈夫です」


 麻佳の申し出を断り、結衣奈が足早に部屋を出て行った。後に残された三人は、気まずさを抑えきれずにお互いに顔を見合わせる。

 否、どうやら気まずいと思っているのはかぐやと麻佳だけのようで。


「さて、何から手を付けたものか。しばらくは暇になると思ったのに、まさか教授殿の尻拭い役が回って来てしまうとは。ふふふっ、俺は本当についていないな。ふ、くくく」

「……成神くん、心にもないことを言うのは止めなさい。というか、隠し切れてないし……隠すつもりもないのだろう?」

「ええ、これっぽっちも」


 嘆息する麻佳とは対照的に、緋月は嗤いを堪え切れないらしい。いつもの人の良い作り笑いではなく、艶っぽささえ感じさせる傲慢な微笑だ。


「取り上げられた玩具オモチャが返ってきただけではなく、取り上げた人間にまで報復させる機会を得られたわけですから。愉快で仕方無いですよ」

「成神くん、くれぐれも非人道的な行いは自重するように」

「言われなくても、俺は医者ですから。それに、いくら腹立たしい人間でも、死んでしまっては面白くない」

「はあ……その言葉を信じるよ。それで、これからどうしようか。今回の施術はもちろん、椛田教授達のことを公表すべきかどうか悩んでしまうね」

「それはもちろん、公表しましょう」


 緋月は迷うことなくそう言うと、椅子から立ち上がった。肩でも凝ったのだろうか。軽く伸びをしながら、部屋の中を歩く。


「新聞、テレビ局、雑誌などなどあらゆるメディアに向けて。こういうのは、隠したところで良いことはありませんし、遅れれば遅れる程外部への心象は悪いものです。ただ、多少の情報規制は必要かと」

「ふむ、確かに。患者はまだ未成年だし、お家の事情もあるからね」

「その辺りの手配は麻佳先生にお任せします。俺だとうっかり余計なことも暴露してしまいそうなので」

「ははは、わかった。それじゃあ、治療の方はご家族の意向通り……成神くん、きみに一任する。何かあったら、遠慮なく言ってくれ。とりあえず、私もこれで失礼するよ。またね、かぐやさん」


 軽く手を振ってから、麻佳もまた部屋を後にした。ふと腕時計を見れば、随分長い時間を過ごしてしまっていることに気が付いた。

 ゆっくりしている場合ではない、早く帰って夕食を作らなければ。いや、それよりも緋月は何時いつ帰ってくるつもりなのだろうか。こんなことになってしまったのだ、泊まりで仕事になっても仕方はないが。


「あの、兄さん。私はそろそろ帰りますが、今日は――」

「その前に、かぐや。お前に頼みたい事がある」


 静かに椅子を引いて、立ち上がりかけたかぐやを緋月が呼び止める。そして与えられた『頼み事』の内容に、かぐやはしばらく立ち上がることすら出来なかった。


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