「真衣子がハッキングって……ど、どういうことですか!?」

「妹は、ただヘッドギアを被せられていただけですよね? それなのに、システムを乗っ取ることなんて……出来るわけが無いじゃないですか!」


 白ウサギが制御不能になってから、五時間程。原因を追求し、真衣子の両親が駆け付けるのを待っていたら夕方になってしまった。面談室には緋月と麻佳、長机を挟んで真衣子の姉である結衣奈、母親の結子、父親の真二が居た。凪は席を外している。

 予測していなかった緊急事態に真衣子の家族を呼んだのは、彼女の身に起こった事情を説明する為だった。本来ならばかぐやも部外者であるのだからここに居るべきではないのだが、第三者の意見が欲しいとのことで同席を求められたのだ。確かに、医療従事者でもなければ患者でもないけれども。


「ねえ……かぐやさん、だったかしら。真衣子のお友達なんでしょう? 真衣子のことを見ていたのでしょう? 処置室であの子が何か変なことをしていたのなら、あなたも見ていた筈よね?」

「え、えっと……」


 次々に投げ付けられる問い掛けに困惑するしかなく、無意識に隣に座る緋月の方を見る。緋月はこちらをちらりと見やるも、すぐに視線を外してかぐやとは反対側の隣に座る麻佳を促した。


「落ち着いてください。事前にご説明させて頂いていたように、白ウサギは従来の医療機器とは大きく異なります。キーボードやコントローラーなどの入力機器ではなく、治療に参加した者の思考を細かく分析しそれを信号として――」

「椛田教授からは、とても安全な治療法だと聞いていたんです! それ意外の説明は聞いていません! 真衣子に悪さなんて出来ないし、私達に非なんて無い。悪いのは全部、あなた達の方じゃないですか!!」


 興奮に顔を赤らめ、金切り声で叫ぶ結子。品の良いワンピースに、少しばかり派手な化粧。あまり真衣子や結衣奈とは似ていない。親子とは、こういうものなのだろうか。

 何だか、真衣子の心配をしていると言うよりは、ひたすら責任をこちらに押し付けようとしているように感じる。


「ちょっと、あなたも何か言ってよ……」


 結子が真二の腕を軽くゆする。ここに居る誰よりも年長者で、皴が深く刻まれた少々強面な面立ちに思わず身構えてしまう。椅子に座ってからずっと目を閉じて、難しい顔で話を聞いていただけだったが。

 目を開いて麻佳、緋月、かぐやと順番に眺める。そして、最後に彼は視線を一人に定めた。


「……きみは、成神くん……か。もしや、月冴つかささんの息子さんかな?」

「おや、父をご存知でしたか」


 真二が緋月の姿を感慨深そうに眺める。成神月冴。かぐやは名前くらいしか知らないが、自分と緋月の父親だ。

 夢宮が今のような医療特区になったのは、月冴の働きが大きいと聞いたことはあるが、詳しくは知らない。


「もちろん。これでも、夢宮の一端を担う身だ。あの人には随分世話になった。彼が亡くなってからもう二十年も経ったか、惜しい人を失ったと思っていたが……」


 ちらりと、真二の目がかぐやを見る。緋月に向けられたものとは違う、どことなく訝しむような目。居心地の悪さに、かぐやは思わず俯いてしまう。


「……その子は、きみの妹だそうだね。とてもよく似ている兄妹だ。きみも、妹さんも目元や口元が月冴さんそっくりだ。に亡くなったお父様に、ね」

「あ、あなた? 一体、何の話?」

「いや、何でもない。家内も言ったように、白ウサギの危険性についての説明は十分ではなかったと思う。だが、わたしも医療に従ずる者。これが治験である以上、予測出来ない事態が起こる可能性があったことも理解しているつもりだ」


 それでも、と真二が続ける。かぐやが恐る恐る視線を上げると、既に彼はかぐやの方を見ていなかった。


「それでも、真衣子がシステムを乗っ取った……という部分がイマイチ良くわからなくてね。わたしはあまりパソコンやらシステムやらには詳しくないんだが、そういうのはコンピューターウイルスなどを使って行うものなんじゃないのかね? 真衣子にそんな高度なことが出来るとは思わないが」

「先ほど麻佳先生も申し上げましたが、白ウサギは通常の医療機器のシステムとは全く異なります。いや、一般的に普及しているコンピューターの類とは違うと言った方が良いでしょう。簡単に言うと、真衣子さんが白ウサギの主導権を握ってしまったんです」


 今度は麻佳ではなく、緋月が真衣子の家族に対して説明を始めた。再度、結子が何事か喚こうと口を開きかけたが、真二が手で制した。

 そして、まるで緋月を試すかのように口角を上げた。


「主導権を握った? それはつまり、ゲームを仕切るディーラーになったとでも言うのかね」

「そうです。本来、ディーラーは椛田教授達の役目で、真衣子さんはカードを受け取るプレイヤーでしかなかった。ディーラーとプレイヤーは絶対に入れ替わることは無い筈でしたが、その辺りの調整が甘かったようです。白ウサギは、参加者の思考を読み取り信号として入力を受け付ける。人間の思考というものは複雑で柔軟、その中でも特に自由で豊かな思考を持っていたのが真衣子さんでした。真衣子さんの思考……詳細はまだ分析中ですが、その膨大なデータが椛田教授達を……いえ、我々を圧倒し、白ウサギの主導権を握るディーラー役が真衣子さんに変わってしまった。これが、本日の施術で起こってしまったことです」


 緋月が淡々と話を続ける。真衣子が白ウサギの主導権を持ってしまったことにより、外部からの入力を受け付けない状況が続いている。無理に電源を落としたり再起動を行おうとすれば、何が起こるかわからない。

 思考を敏感に読み取る白ウサギだからこそ、想定外の事態が起こる可能性もある。それこそ、生命に関わるような。


「なる程……それで、真衣子や他の先生達はどうなるんです?」

「現在は安全を考慮し、真衣子さんを含め白ウサギに参加した全員がシステムに接続したままの状態です。バイタル自体は安定していますし、褥瘡などにも細心の注意を払います。今後は麻佳先生の指示の下、問題解決に向けて全力を尽くす所存です」

「はは、そうか。確かにきみは月冴さんの息子だな。その話し方は彼そっくりだ」


 良いだろう。真二はゆっくりと椅子から立ち上がり、緋月のことを見下ろした。上司である麻佳やかぐやの存在など視界に入っていないかのように、ただ彼だけを威圧的に凝視していた。


「成神月冴の息子が、娘の治療に携わってくれるだなんて……これ以上光栄なことは無いだろう。真衣子のことはきみに任せる。私はこれから所用で県外に行く予定でね。家内も同伴するので、数日不在になる。あとのことは、娘の結依奈に言ってくれ。頼んだよ」

「ちょ、ちょっとあなた……!」


 真二の後を追うようにして、結子が立ち上がりそのまま部屋を後にした。慌てて麻佳が二人を呼び止めようと追いかけるも、この様子では無理だろう。


「……すみません、両親が勝手なことを」

「いや、むしろ来てくれただけでも良かった。放任主義と言えば聞こえは良いが、印象としてはネグレクトに近いな」

「に、兄さん」

「いえ、先生の言う通りなんです」


 緋月の無粋な物言いに、結依奈は言い返すどころか力無く頷くしかないらしい。どことなく顔色が悪く、疲れ切っているのがわかる。


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