第二話 不思議の国のアリス

第一章 少女は幻想を追いかける

 梅雨時の、じめついた風が少女の短い髪を揺らす。地上から二十メートルも離れていない筈なのに、ここは随分静かだなと彼女は感じた。

 錆びついたフェンスから背を離す。見る限り、眼下にある中庭に人は居ない。他人を巻き込む可能性は、どうやら無いようだ。

 怖い、とは思わない。心は穏やかだ。ああ、そういえば靴は揃えて脱ぐものだったか。再びフェンスの向こう側に戻るのは無理だから、このままで良いか。


 そう。自分はもう、フェンスの向こうには戻れない。


 自分の居場所は、フェンスのこちら側にしか用意されていないのだと知ってしまったから。


 そしてこちら側は――十七歳の少女に、永遠の安らぎを与えてくれる夢のような場所なのだ。


「さようなら、世界」


 無意識の内に零れてしまう声。少女はいつもと同じように右足から、常よりも大きな歩幅で一歩を踏み出して。そして、


「――――」


 踏み締める足場を無くした身体は、そのまま重力に逆らうことなく。少女は静かに、フェンスの向こう側へと姿を消した――



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