⑦
「……へえ。なんか、思った以上に大丈夫そうですね」
「だから言っただろう。人間は過ちを犯してからでないと、物事の真意に気が付けない生き物だからな。彼女が周りにどれだけの影響を与えていたか、これで皆思い知ったことだろう。もう俺達が係る必要性は無い」
「はいはい。とにかく、木之下さんの件はこれで終わりですね」
「ああ。必要なデータは手に入れた。もう俺達が彼女と関わることはない」
そう言って、緋月が手にしていたジュースを一口啜る。彼のお気に入りである、グランストアの新メニューであるタピオカドリンク。そのココナッツミルクである。わざわざそれを買いに現町まで来た所、晶子が友人と思われる二人と歩いているのを見つけたのだ。
たまたま凪も同乗していて良かった。因みに彼女の手には、同じくバナナ味のタピオカドリンクが握られている。中々に美味だ。
「ええ、一時はどうなるかと思いましたが。まさか……夢オチで片付けるとは。もしもこれがウェブ小説だったら、即効でブラウザを閉じてましたね」
「流石に狙撃された、なんて外部に漏らされては溜まったものじゃない。彼女の今後にも関わる問題だ。これは、これで良いんだ」
「あ、でも……今回使ったライフル弾とその他の経費は全て、先生に請求しますので」
「……院長に言ってくれないか?」
「それは先生の方でどうぞ。自分は知りません」
不意に、緋月の懐から電子音が響く。有名なクラシックだ。緋月はコートの内側からスマートフォンを取り出して耳に当てる。凪は知っている。彼が着信音をクラシックに設定している人物は、たった一人しか居ないことを。
「どうした、かぐや……三者面談? ああ、前に言っていたやつか。来月末か……ああ、大丈夫だ。お前の為なら、仕事なんていくらでもサボるさ」
「ちょっと、聞こえてますよ」
「ははは、冗談だ。だが、必ず時間は作るから心配するな。今日は六時には帰るから、また後でな」
そう言って、通話を切る緋月。やれやれと、凪が肩を落とす。
「三者面談……先生が行くんですか?」
「他に誰が居る? あの子の保護者は俺だ。なに、心配するな。ちゃんと立派な保護者となってかぐやの高校生活を根掘り葉掘り聞いてくるさ」
「三者面談って、そういう類のものではなかったような……はあ、かぐやさんはとっても素直でしっかりしていて可愛い女の子なのに……どうして『お兄さん』の方はこんなにひねくれているんでしょうね?」
「ふむ、神のみぞ知る……というやつだな」
くすくすと笑いながら、緋月。可愛い『妹』から電話が来たことが相当嬉しいらしい。すっかり上機嫌だ。
まあ、彼女が誕生日を迎える度にわざわざ仕事を休んで、旅行などに連れて行くのだから。相当可愛がっているのだろう。
「でも、今年は夢宮に居たなんて。言ってくだされば良かったのに」
「最近、夢宮でも有名なスイーツ店が多く出店し始めただろう? それが気になって仕方なかったらしい」
「なるほど、甘党なのは兄妹そっくりですね」
「些細なことでも共通点があると嬉しいものだな。さて……それでは行くか。今日は宣言通り、定時で帰るからな」
「はいはい。ちゃんと仕事を片付けてから、お帰りくださいね?」
「おや? 『シンデレラ』の今後の運用計画書は提出した筈だが?」
「その他にもレセプトとかレポートとか、色々溜まっているんですよ。今日が締め切りのものだけでも、片付けて行ってください」
「……仕方がない、急いで戻るとするか」
飲み終わったカップを、ドリンクホルダーに収め。緋月は愛車のアクセルを踏む。少女二人の姿は、もう見えない。自分も今日は定時で切り上げ、『本業』の方の訓練でもしようか。
窓の外に流れていく街並みをぼんやり眺めながら、凪はのんびりとストローを咥えた。
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