第二章 魔法使いと出会う


「おはよー、ユイ。例の『王子様』は見つかった?」


 朝のショートホームルーム前の時間、久保が遅刻寸前に教室へ入って来た清水へと声をかけた。それはここ最近の挨拶文句であって、クラス内の女子の間で一番気になる話題であった。


「まだー、全然見つからないんだよねぇ。あんだけイケメンだったんだから、絶対にモデルだと思うんだよね!」


 鞄を机に放り投げて、久保の隣に立つ清水。スポーツ好きな久保と、派手な印象の清水はここ数日ですっかりクラスのリーダー的な存在になっていた。

 対して、晶子はまだ仲の良い友達どころか、自分から話し掛けることすら出来ていない。


「くっそー、名前くらい聞いておけば良かったぁ」

「てかさ、本当に見たの? 寝ぼけてたんじゃなくて?」

「失礼な! ちゃーんとリアルな話なんだってば、ねえ木之下さん?」


 清水が振り向いて、こちらを見る。自分の席に座って、授業が始まるのをぼんやり待っていた晶子は突然のことに飛び上がる程に驚いて、まともに返事が出来なかった。


「え、え?」

「だからぁ、あの夜にアタシ達に話し掛けてきてくれた超美形の男の人! 木之下さん、何か知らない? あれからあの人見なかった?」


 清水が執拗に聞くものだから、久保や周りに居た女の子達が皆晶子を見つめた。清水が執着するのは間違いなく、先日会った黒いロングコートを着た男の人だ。

 今思い出してみれば、本当に夢だったのではないかと思う出来事だった。清水は彼に名前を聞かなかったことを酷く後悔しているのか、最近は男が何者であるかを必死に探っているらしい。しかし、その正体は未だに謎のまま。

 あまりにも清水が熱心に探すものだから、いつの間にか彼は『王子様』という通称で呼ばれ、クラスの中ですっかり浸透していったのだ。


「ご、ごめん……わかんない」

「あっ、そ。使えないなー」


 不機嫌そうな顔で、清水が吐き捨てる。何気なく言われた言葉が、晶子の心を引っ掻く。あの日から益々、清水は晶子のことを蔑むような態度をとるようになった。理由はよくわからない。

 多分、『王子様』が話し掛けてきたのは晶子を助ける為だったと思っているのだろう。彼が本当に晶子を助けるつもりだったのかはわからないし、今では知る方法は何も無かった。


「あの子さあ、本当に感じ悪くない? すかしちゃってさあ、なんかバカにされてる気がする」


 日に日に清水の中で苛立ちが募っているらしく、晶子に八つ当たりする頻度が増えていた。これまでの人生で、大人しい性格が災いして煙たがれるようなことは何回もあった。

 ただ、今のような露骨に悪意を見せつけられるのは初めてだった。


「えー、マジ?」

「誰にも話し掛けようとしないし、なんか暗くてキモくない?」

「わかるー! なんか妖怪みたい。白い着物着たら絶対それっぽいよ」

「あっははは! 言えてる言えてる。こわー、超ウザー」


 晶子の席まで聞こえていることに気がついていないのか、それともわざと晶子に聞こえるように話しているのか。晶子にはわからない。そんなことを考える余裕がなかったからだ。

 ぞわぞわと、不気味な怖気が背筋を這う。その時は既に、チャイムが鳴るまで耐えるしかなかった。

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