Last NAME 閃光の英雄と闇の奏者 第七章

精霊玉

闇夜と真昼


天陽城を見下ろす丘の上に凛珠はいた。思い出すのは軍を挙げ、『闇夜』の軍勢と戦い始めてから少し経った頃のことだった。




「……手ごわいな、意外に」

凛珠は本部と決めた天幕にいた。軍を挙げたのは三か月前。始めたころはこちらが優勢だったのだが……。

「そうかい?あのね凛珠、あいつらは闇だ。誰にだってある。現にかなりこちらの戦力をかなり削ってきてるだろう?闇に飲み込んでさ」

千尋が相手方の位置を示した地図をつつきながらいた。

「それに僕は最初にこちらが優勢に立っていたのはあちらさんの計略だと思うけどね。……こちらを油断させるための罠。あちらにもなかなかの策士がいるみたいだね。まあ、たたきつぶすけど」

千尋の声音は冷静だったがその実内心かなり……いらついているだろう。それとも、自分の作戦をことごとく妨害されたことに対する怒りか。そのとき天幕の外から声がかかった。

「入ってもいいかな?」

入ってきた人を見て凛珠は言った。

「スバル、何の用だ?」

入ってきたのは小柄な少年だった。名前は原埜 昴。実年齢は十六だがそれより二、三歳は若く見える。

「なんかさ―ヒロに合わせてくれっていう子が来たんだけど―。すっげえかわいい子」

その言葉に千尋がぽかんと口を開けた。

「すっごくかわいい子?」

「えー確かな名前は愛紀那ちゃんだっけな―」

昂のその言葉に千尋は天幕を飛び出していった。千尋の予想外の行動に昴は目を丸くした。日ごろの千尋では考えられない行動だ。

「ていうか、その子とヒロってどんな関係―?」

気になった昴は凛珠に尋ねてみた。

「恋人の一歩手前」

凛珠はさらりと言った。

「はあ?」

凛珠の返答に昴は思ってもみなかったといわんばかりの様子で言った。

「え?ナニ、もしかして愛紀那ちゃんってさ―もしかしかしなくても千尋のこと追っかけてきたのかね―?どう思うよ、ソウ?」

「だと思うがな」

凛珠の言葉に昴は半分笑いが入っている様子で言った。

「へぇ、あいつにね―。航也と順史のやつが知ったら絶対驚くと思うけどな―。あり得ないってね」

「だろうな。さてと。行くぞ、スバル」

凛珠は椅子から立ち上がり天幕から出て言った。




そのころ天幕の外の広場では千尋と愛紀那が向き合っていた。

「それで、何をしに来たんだい?ここは君みたいな人が来ていい場所じゃない」

千尋が辛辣に言った。その言葉に愛紀那は言い返す。

「それはいったいどういう意味ですか?私は役に立たないから帰れと?」

「そういう意味じゃない。きみみたいな人がどうして血みどろの戦いに参加しなくちゃいけないんだ」

千尋のその言葉に愛紀那は眉を挙げ言った。

「それを言うならば葉月一族への殴り込みへ一緒にいったんのですから、そういうことを言われる筋合いはこちらにはありません。それとも……私が女だからですか?」

「はい?」

愛紀那の言葉に千尋は戸惑いを隠せない様子で言った。

「私が女で、体力がないからということですか!?」

「いや……そういうわけじゃなくて……」

そこに凛珠と昴がやってきた。珍しく千尋がどうしたらいいのか途方に暮れている様子を見てぽけらとなった。

「珍しいよな。ヒロがこうなるなんて滅多にない貴重な光景だぞ」

逯(りょく) 順史(よしふみ)が凛珠と昴の反応を見て面白おかしそうに言った。その言葉に千里の隣にいた人物も言った。

「だろうね。いっつも冷静沈着なヒロがさ、こんな風になるなんてないよ。見てて面白い」

峡(きょう) 航也という名前の青年は言った。順史と航也は凛珠や、千尋と昔からつるんでいるいたずら仲間であり友人だ。凛珠が軍を挙げる際に様々なアドバイスをした、凛珠が最も信頼を置く五人のうちの二人。

「確か、愛紀那はお前らが葉月一族に殴りこみに行くときに案内役を務めたんだろう?」

順史がチクリと嫌みを混ぜて言う。

「お前らさ、いまだに根に持っているんだろう?」

凛珠がかなり嫌そうに言った。

「当然」

「そりゃ、あたりまえだと思うけどねぇ」

順史と航也の言葉に凛珠はため息をついた。

「それについては悪かった。……それにしても、これ、どうしたものか」

千尋の様子をちらりと見て凛珠は言った。

「僕としてはしばらく本人たちだけにするべきだと思うけどねぇ。部外者の僕らが同行できる問題じゃないよ、これ」

航也が二人の様子を見て言った。その言葉に他の三人も頷く。

「では俺たちはシュウを探しに行こうか。……どこほっつき歩いているんだあいつは」

凛珠は苛立ちのこもった声音で言った。




 ずっと閉じていた目を凛珠は開けた。……修一を探していた時だった。『闇夜』を率いるあの男と出会ったのは。



 昴の『感知』と凛珠の『千里眼』で修一を探す。精度で言ったら凛珠のほうが上だが、まだ狭い範囲しか見えないので、広範囲ならば昴の『感知』を使ったほうがいいという判断だった。ちなみに

「俺の『視』える範囲にはいないな。スバル、どうだ?」

凛珠はずっと精神を集中させ修一を探している昴に尋ねた。昴はしばらく探していたが不意にはじかれたように眼を開けた。

「やばいよ!すっごい闇の塊がシュウの近くにいる!」

その言葉に一同の表情が引き締まった。

「スバル、どのあたりだ?」

凛珠が尋ねた。

「……座標三―四の5―2だね。ソウ、行けるかい?」

昴の言葉に凛珠は頷いた。

「行ける。それではとぶぞ。すぐに戦闘に入るから覚悟しておけ」

凛珠は目を閉じ転移の術を発動させた。



 修一は突然現れた男に剣を向けた。

「お前……何者だ?」

剣呑に目を細め、修一は問うた。森の中なので暗く、相手の口元しか見えない。だが確かにそいつが笑ったのを感じた。

「ほう……お前があの『―――』か。まさか、もう一人(’’’’)いるとはな。予想外だが、これで、我らの計画が果たせる……」

修一を見ているようで見ていないその男は淡々と言葉を紡ぐ。

「お前……いったいなんだ?」

修一は男にいぶかしげに問うた。その言葉に男は笑いをにじませて言った。

「我は『闇夜』を率いるもの。……お前、我らと来る気はないか?」

男の言葉に修一ははあ?という顔になった。

「お前さ、俺がその誘いに乗ると思って言っているのか?それだったら絶対ありえねー」

修一の言葉に男は気分を害したように言った。

「わからんな。何故我の誘いを断る?」

その言葉に修一は言う。

「俺はあんたの言う『―――』だとは思わないし、それに、友達連中を捨ててあんたの仲間になる?冗談じゃないね」

修一の言葉に相手は言った。

「では、消えろ」

男の手から強力な力の塊が放たれた。




なんだ、この力の大きさは!?

修一はかろうじて避けたが相手が急接近して繰り出された蹴りまではよけることができずふっ飛ばされた。修一はかろうじて体勢を立て直して着地したものの食らったダメージが半端ではない。

「もしかしてあんた……『闇夜』の親玉?」

修一が蹴られた個所を手で押さえつつ言った。凄まじい痛み、それによって修一の意識は朦朧としはじめていた。

「だとしたらどうなのだ?お前に我は倒せんぞ。我を倒せるのは――……」

最後まで男は言うことができなかった。氷の刃が相手めがけて打ち出されたからだ。

「シュウ!!」

氷の刃を放ったのは昴だ。めったにないほど青ざめている。それに凛珠、順史、航也もいた。どうやらいつまでたっても戻らない自分のことを探しに来たらしい。

「シュウから離れろ!!」

いつも冷静沈着であるはずの順史が男を怒鳴りつけ、雷を放つ。

「ほう……これは分が悪いな。今回は引かせてもらおう」

男はそういうと姿を消した。

「シュウ!大丈夫!?」

航也が青ざめた表情で修一に駆け寄った。そして修一のダメージの大きさを見てとるとすぐに治癒の術を施す。凛珠、千尋、修一、昴、順史、航也の中で一番治癒術が得意なのは航也であり、てんで話にならないのが凛珠である。この五人はうまく互いの弱点をフォローし合っているのだ。『闇夜』との戦争の中で最悪の時はこの五人で敵陣に突っ込んでいた。さすがに戦力の無駄な浪費はしたくないからなのだが。

「それにしても……あいつ、なんだろうね。どう思うよ、ソウ?」

昴が男の消えたところを見て凛珠に尋ねた。

「……『闇夜』の親玉だと思うが、シュウ、お前の考えはどうだ?」

凛珠は修一に話を振った。修一は頷いた。まったくの同意見だったからだ。

「俺もそう思う。……それにしても、やばいほどの力の大きさだな。『あの人』に匹敵するかもしれない」

修一の言葉に凛珠以外の三人は青ざめた。

「まあそんなんだろうとは思っていた。……あと、シュウ。お前あの男からスカウトされてなかったか?」

「はあ!?」

凛珠と修一以外の三人は驚いた。予想外すぎて。

「そうだけど。何故そんなことがわかったんだ?」

修一が凛珠に対して驚きを隠せない様子で言った。

「……何故だかは知らんが、お前とあの男の会話が聞こえるはずがないのに丸聞こえしていてな。……おまえ、『―――』とか言われていたな」

凛珠が冷たい視線を修一に向け言った。

「お前、前々から気になっていたが、いったい何者だ(’’’)?」凛珠の問いに修一は答えることができなかった。修一自身、自分が何者であるかなんてわからなかったからだ。


  俺は……いったい、’誰なんだ?



「そう、あの後だ。千尋のやつが修一の正体を知ったのは。そして……俺は気付かなかった」

今なお凛珠をさいなむのは後悔だ。修一のことに気付けなかったことに対する。あの時気付けていたら、あんなことが起きるのを防げていたかもしれない。自分が人であることも捨てずに済んだかもしれない。だが……運命は残酷に時を刻む。



 修一の中に潜む『力』は『闇夜』との接触によって

この時目覚めた。


 その力は誰にも気づかれずに修一の体をめぐり、完全に覚醒するときを待つこととなる。

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