第32話 月パート・漆黒の希望の為に

ルトーが果心を刺すより、かなり時間は遡る。

縷々家学校から、かなり離れた街の空。


シティとダンクは空を飛んでいた。


ダンク「…不思議だな。

 なんか半年ぶりに出られた気分だ」

シティ「あなたは何を言ってるの?

 私達は、居なくなったススを探して街をフラフラと飛んでいたんじゃない」

ダンク「あ、ああ…そうだったな。

 うん、忘れる所だった」


ダンクは自分の頬をポリポリとかく。

 ダンクは魔法で自分の体を浮かせ、シティは自分の能力で出した鉄板の上に座っている。

 何故か『速さが足りない!上手さが足りない!』と書かれたエプロンを着ている。


ダンク「…なあシティ、そのエプロンなんだけどさ…」

シティ「そう言えば私、料理の途中で飛び出したのよね。早く私の作ったカレーだし、私の強力な食事を食べて、あいつらを元気にさせてやるわ!」

ダンク(多分あいつら悶絶するな)

「まあ、それもあるけど……。

 そのエプロンに書いてある、『ストレイド・クービー』って誰だ?」


ダンクは半分呆れ顔で話す。

シティはニコニコ笑って答える。


シティ「おっくれってる〜〜!

 ストレイド・クービーを知らないなんて! いい、ストレイド・クービーっていうのは!」


ストレイド・クービーとは!

『食いしん坊が駆け抜ける!!』という料理兼旅行番組のリポーターである!

『世界一速い車を作る天才』で、超高速で有名スポットまで走り、名物料理を食べるのだ!

そして、料理の感想や足りない部分を『辛味が足りない!!』『焼き加減が足りない!!』『素材が足りない!』と的確に教えてくれる!


そして、美味しい料理に巡り会うと、

『おお、なんて素晴らしい料理なんだ俺は思わずフラフラに倒れそうになるが、そこを我慢してこの美味しさを伝えよう!』

と、僅か30秒以内にものスゲー早口で料理の美味しさをことこまかに伝えてくれる!


主婦や美味しい料理や旅行を考えている人にはとても人気のあるリポーターなのだ!

 その人気はグングン上昇し、今や世界中の番組&旅行料理の名リポーターとして活躍しているんだあああああ!!!


ダンク「なんで地の文が叫んでるんだよ!」

シティ「私も叫びたいわあ、

 こんな有名人を知らないなんて…」


シティは両手を口の前に当て、筒を作る。


シティ「おっくれってる〜〜!!!」

ダンク「もう叫んでるじゃないか!」


シティはアハハと笑い、ダンクと一緒に空を飛ぶ。 とても平和な光景だ。

 他の場所でアイ達が現在起きている状況を、ほとんど理解しないまま・・。








縷々家学校 3F 放送室内。


果心「私はもう、不老不死だからよ」


果心は下弦の月のように口を歪ませながら笑う。

しかしその胸にはナイフで貫かれた穴があり、血が吹き出しているのだ。


ルトー「あ、あ、あ………………」


ルトーはパクパクと口を開け、凍り付いてる。

ナイフを持っていた右腕がガクガクと震えている。


ルトー「お……収まれ、収まれ!

 れ、冷静に考え…か、かんがえて」

果心「あなたは、人を刺した事がないのね。

 だからこそ、あなたの腕が言うことを聞いてくれない。

 でもあなたが動いたのは、仲間を助けたいと想ったから。アイという男は本当に、

あなたにとって大切な存在なのね」

ルトー「あ…あ……あ………!」


果心は冷めた目でルトーを睨み付ける。

哀れみを含んだその目は、確実にルトーの心を掴んでいた。


果心「ナイフの刃は傷つける刃。

 決して救いになりはしない。決して助けになりはしない」


果心の右腕にはナイフが握られていた。

 先程まで自分が刺されていたナイフだ。


果心「決して、脅しになりはしない。

 ただ、全てを傷つけるだけ。殺意は人に痛みを感染させるだけなのよ。

 ほら、この刃を貴方に向けただけで・・」


それをゆっくりと振り上げた。

刺される、そう思ったルトーは思わず目を閉じた。


果心「……」


しかし、果心はナイフをルトー目掛けて振り下ろさなかった。

 そのナイフを、投げ捨てたのだ。

チャリーンと澄んだ音を立ててナイフが床に落ちる。

 それを聞いたルトーは、うっすらと目を開けた。


ルトー「…!?」

果心「安心しなさい、私は貴方を傷つけるつもりはない。

 貴方が私の仲間になる気が無いくらい、もとより理解してるつもりよ。

 アイ達が私達から手を引く理由に成れば良いと思って貴方を利用しただけだもの。

 ただ、貴方が私をこんな玩具でいくら邪魔しようが無駄だと悟らせたかっただけ。

 だから貴方は、安心していいのよ」


 優しく優しく語りかけてくる言葉をルトーが聞いた瞬間、体中の筋肉が力を失い前のめりに倒れそうになる。

 しかし、足に『倒れてはいけない』という暗示でもかかっているのか、動かず、安易に崩れ落ちようという選択をさせてくれない。

その結果。


ルトー「あ

 ごめんなさい………。

ごめんなさああああああああぁぁぁぁい!!!」


 ルトーは膝をついて謝った。

 刺した事を詫びているのか、

 殺されるのが怖いからのかは解らないが、ルトーは必死に頭を下げ続けた。

 そして果心は微笑んだまま、黙ってルトーの一生懸命の謝罪を聞いていた。   


10分後…。


黒色にイチョウの模様を織り込まれた着物に着替えた果心の足元で、ルトーは震えていた。

 

果心「………少しは落ち着いたかしら?」

ルトー「うぅ、ご、ごめんなさい…」

果心「…あなたにナイフは似合わないわ。『隠れ鬼』の名の通り、臆病な方がずっと似合っている。それで良く犯罪者の仲間になれたわね」

ルトー「ううぅ…」


 ルトーは右手で顔の涙を拭い、果心の方に向き直る。


ルトー「うう、その…聞きたい事があるんだ」

果心「何かしら?」


ルトー「何で、果心は人を不老不死になる方法を探しているの?

 もう、不老不死になっているのに」

果心「私が何故、不老不死を求めているか…ですって?」

ルトー「う、うん…。

 果心、様はもう不老不死なんでしょう?

 それなら、もう不老不死を求める理由なんてないじゃないか。

 この学校を変な闇で覆う事も、ないんじゃないかな〜って思って…」

果心「…………フフッ」


 果心は笑った。

 まるで、懐かしい思い出が詰まったアルバムを見るように、懐かしそうな表情を浮かべて笑ったのだ。

 何故かそれを見ると、ルトーの胸が熱くなるような気がした。


ルトー「?」

果心「いえ、なんでもないわ。

 確か、何故私が不老不死を追っているのか聞いていたわね。

 理由は簡単よ。あなた達人間全てを、不老不死にさせてあげたかったの」

ルトー「僕達を不老不死に!?な、何でさ!」


ルトーは目を丸くした。果心は相変わらず懐かしそうに笑いながら答える。


果心「私はね。

 不死不死になってから数百年もの長い間、ずっと一人で生きてきた。

 私が信じた者、そして私を信じた者が百年以内に次々と倒れるのを何度も何度も体験したわ」


 果心は自分の胸に手を当てる。

 トクン、トクンと絶えず動く心臓の鼓動が、手に伝わってくる。


果心「私が数百年生きてただ一つ変わらなかったのはこの音だけよ。あとは全て骸か塵に変わってしまう」


だけどね、と果心は言葉を紡いだ。


果心「私は自殺する事は出来ない。

 死ねないから。

 発狂しても意味がない。

 無限の時間が正気に戻してしまう。

…狂っては戻り狂っては戻り狂っては戻り…。

 今は『戻って』いるけど、またいつ狂うのかと思うと嫌になってしまうわ」

ルトー「狂う?戻る?果心、一体どういう」

果心「悪いけど、その質問には答えたくないわ。

 …話を戻します。

 私がどうして皆を不老不死にしたいのか、よね。

 それはそうすれば私が『永遠に一人』ではなくなるから」

ルトー「永遠に、一人?」


ルトーは眉をひそめる。

 着物を着た女性はどこか嬉しそうにーーールトーの前で初めて見せたーーー優しい笑みを浮かべる。


果心「ええ。永遠は長いのよ。

 あなたは枯れた川を見た事があるかしら?

その川の上を、どこまでもどこまでも歩き続けた事はあるかしら?

 たった一滴の水のために、いつか海が見えると信じてたった一人で歩いて歩いて…。

 その結果みつけたのが、枯れ果てた湖だった時の絶望感をあなたは知っているかしら?

 誰もその苦しみを理解出来ない事が、どれだけ苦痛なのか、あなたは分かるかしら?」


優しい笑みのまま、果心の口から永遠を呪う言葉が出てくる。

 今の言葉の中にどれだけの負の感情がこめられているのかさえ、今のルトーには『恐怖』という感情と『凄い』という感覚でしか理解出来ない。

果心は相変わらずの優しい笑みのまま続ける。

 下弦の月のような張り付けた笑みのままで、漆黒の希望を語りかけてくる。


果心「でもね、

 これが一人じゃないと素晴らしくなるのよ。

 一人だと何も変わらない大地に、沢山の足跡ができる。

 それはそのまま道となり、後から来る人が歩きやすくなる。

 もしかしたら、 そこで思い出が出来る人がいるかもしれない。

 近道を見つける人がいるかもしれない。

 そこでしか理解出来ない物語が生まれるかもしれない」


果心の優しい笑みが明るくなり、更に嬉しそうになる。下弦の月が少し開き、まるで半月のように笑う。


果心「もしかしたら、そこに居を構える人が現れるかもしれない。

 そこに店を作ろうとする人がいるかもしれない。

 そこに穴を掘り、井戸を作って水を見つける事が出来るかもしれない。

 そうすれば、そこはもう枯れた川ではなくなる。

 寂しい世界ではなくなる。

 絶望の世界ではなくなる。

 希望の世界に変わっている…!」


果心は嬉しそうに笑う。

まるで欲しいオモチャを見つけた子どものように、純粋な笑みを浮かべている。

 半月の笑みから零れるその言葉はまるで、歌うように大きく、強くなっていく。


果心「希望!希望の世界!!

 私が…私が数百年求め続けて、未だ手に入らない大きな希望が、私の手に入るのよ!

 そのためなら、私は学校を怪物の世界に変えたって構わない!

 まだ十数年しか生きてない人間を怪物に変えたって構わない!

 私と同じように希望を欲し続ける人間に嫌われ憎まれたって私は戦い続ける!

 私には、それしか永遠の絶望を埋める方法はないのだから!」


果心は満面の笑みで天井を仰いだ!


ルトー「…そんなの、おかしいよ……」

果心「……………………………………え?」


笑みを浮かべたまま、果心は固まってしまう。

 ルトーは、果心の目を真っ直ぐ見た。


ルトー「果心様、言ったよね?

 『殺意は人に痛みを感染させるだけ』だって。

 それじゃあ、果心様がしている事は何なの?

自分の痛みを、世界の皆に感染させているだけじゃないか!

 僕が果心様にナイフを向けたように!

 果心様は世界中の皆にナイフを向けている!

 それじゃあ、誰も救われない!

 誰も助けられないよ!」

果心「ルトー………」


 先程果心がルトーに教えた言葉が、今まさに果心の希望を打ち砕こうとしていた。

 ルトーは恐怖を感じながら、絶望が近付くのを理解しながら尚も果心を強く睨みつける。


ルトー「誰も幸せなんか、なれないじゃないか!

 みんなみんな、永遠の苦しみを味わうだけじゃないか!

 それで本当に、希望の世界だと言えるの!?

 そんなの、絶対間違っているよ!!

 おかしいよ…絶対に、そんなのおかしい!」


ルトーは頭を振って果心の言葉を否定する。

 少年ルトーはこれ以上言えば自分が殺されると分かっていても、自分が果心の気持ちを理解しきれないと分かっていても、言わずにはいられなかった。

 彼女には良心があると分かったからこそ、ルトーは震えながらも叫んだのだ。


ルトー「ねえ果心様、おかしいよ!

 それじゃあみんな救われない!

 僕が果心様が味わった永遠の苦しみを味わったら、絶対に絶望してしまうもの!

 誰も助けてくれないよ!

 ねえ果心様!

 やめようよ!こんな事をしても、一番傷つくのは果心様なんだよ!?」

果心「ルトー、あなた・・」


 果心はゆっくりと手を伸ばし、ルトーの小さな肩を掴む。

 殺されると、ルトーは直感で感じた。


ルトー「!」

果心「あなたが…」


 果心は俯き、長い前髪で自分の顔を隠した。そして、先ほど語りかけた時と同じように優しい声色で、言葉を紡いでいく。


果心「あなたが私に忠誠心を持ってない事は理解している。

 もし、アイがここに来るなら私を遠慮なく裏切っても構わないわ」

ルトー「え!?」


 ルトーは思わず声を上げる。

 果心は長い黒髪を前に下ろしているので、髪が邪魔して表情が見えない。  

 暗い影の中から果心の声が響いてくる。


果心「私は自分の目的のために学校を利用した。そして、私の仲間であるK・K・パーに不老不死の力を作るよう命令した。

 それは、許されないこと。

 だけど私達は許されなくてもやらなければいけなかった。

 この永遠に続く絶望の世界を終わらせるために、私が希望を抱けるためにはこれしかなかったのよ」


 果心は、俯いていた。

 真っ暗な自分の影を見つめながら、ルトーに話しかける。


果心「たとえ偽物だと理解していても…私が希望を抱くにはそうするしかないのよ。

 私の大好きな月が、太陽の光を浴びてでしか見せられない偽物の光と同じなの。

 だから、他に希望のあるあなたは私を裏切ってもいいのよ。

 他に希望のない私には、こうするしかないの」

ルトー「果心…様…」


 果心は顔を上げ、ルトーに表情を見せる。 羅刹のように怒りの表情を見せる覚悟したルトーに見せたその顔は、まるで母親のように慈愛に満ちた笑みであった。

 


果心「そんな悲しい表情しなくていいわ。

 あなたは何も、間違ってないのだから…」


ズドオオオオン!!!!


 突如、放送室の扉が轟音をたてて破壊される。 二人が振り向くと、そこにはあの三人が立っていた。


アイ「よう、また会ったな、果心林檎」

現古「ワシもお主に説教したい事がたくさんアルギョ」

サイモン「私達の生徒を、返して貰いましょう」



互いの希望をかけた戦いの鐘が、どこかで鳴り始めた。

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