第11話 二番目のパパ・ケンタ

 新しい部屋に引っ越してから、おっかぁはインターネットでオンラインゲームというもので遊んでいた。インターネット上で、日本中のプレイヤーが集まって、その中から仲間を組んで敵を倒したりするんだそうだ。犬の僕にはよくわからないけど。

 そのゲームで、おっかぁは自分より年下の男の子と仲良しになった。毎晩、ヘッドホンをして、パソコンに向かっておしゃべりしていた。どうやら、電話をかけなくても、インターネットでお話しができるようだった。

 おっかぁが言うには、相手の男の子は短大をもうすぐ卒業予定の学生さんらしく、四国に住んでいて、年はおっかぁより7歳も下だそうな。

 おっかぁに、お相手の写真を見せてもらったけど、大人のおっかぁにはあまり相応しくないほど幼い顔立ちの男性だった。名前は『ケンタ』らしい。


 北海道の厳しい冬が過ぎようとした頃、大学の卒業試験に2年連続で落ちたケンタは、突然北海道に荷物を抱えてやってきた。「今、新千歳空港にいるよ」と、ケンタからおっかぁに電話がきて、おっかぁはびっくりしてたけど、空港にケンタを迎えに行った。こうして、ケンタは僕らのおうちに転がり込んできたんだ。

 前のパパと違って、ケンタは僕に優しく接してくれた。でも、おっかぁとケンタが仲良くおしゃべりしていると、僕はムカムカして邪魔してやった。おっかぁに無理やり抱っこをせがんだり、トイレシーツをびりびりに破いたりしてやった。

 ケンタと一緒に暮らすことを、遠方にいるおっかぁの両親はすごく反対した。世の中を知らない、学生に毛の生えたような若造のケンタに、おっかぁを任せられない、と言っていた。北海道に移り住むのは勝手だが、自立して自分でアパートを借りるとかじゃなく、いきなりおっかぁのアパートに転がり込んできたことを、おっかぁの両親は怒っていた。


 ケンタは、すぐに就職活動を始めた。が、土地勘もなく、学歴も短大に通ってはいたけど中退したから結果的に高卒、なんの資格も特技もないケンタは、なかなか就職できなかった。1か月ほど毎日面接に行って、ようやく地域密着型の小さいクリーニング店のドライバーの職に就いた。

 おっかぁは毎日、自分の分とケンタの分のお弁当を早起きして作っていた。そして仕事から帰ると、ケンタのワイシャツにアイロンをかけてあげたり、スーツのズボンの裾のほつれを直したりしていた。

 僕のお散歩にも、週末ケンタが同行することが増えてきた。そのうち、おっかぁの仕事が遅くなって、夕食の支度を急いでしてるときは、ケンタに僕のお散歩をお願いすることもあった。僕はケンタのことは、好きでもなければ嫌いでもなかったので、一緒にお散歩をした。でも、やっぱりおっかぁとのお散歩のほうが断然楽しかった。

 ケンタは、僕のことを「ゴマジロ」と呼んだ。「ゴマジロ、おいで、ゴマジロ」と、よく僕の名前を呼んだ。が、おやつをくれる時以外は、僕はあくびをして無視をした。僕の飼い主は、おっかぁだけだ。

 

 半年ほどすぎた頃、ケンタが仕事を辞めた。ケンタいわく、人間関係がうまくいかなかったとのことだった。そして、ケンタは次の就職をすぐには探さなかった。四国から運んできた自分のパソコンで、朝から晩までゲームをしていた。二人&1匹の生活費は、おっかぁのパートだけでは賄いきれないようで、おっかぁは夜、スナックで働き出した。その間も、ケンタはずっとゲームで遊んでいた。

 昼と夜、働きっぱなしのおっかぁは、いつも疲れた顔をしてため息も多くなっていた。ある日、おっかぁはお散歩のとき、僕とベンチで並んで座りながら、こうつぶやいた。

 「ねえ、ケンタはいつ働くんだろうね…。ゴマ次郎、あまりかまってやれなくて、ごめんね…」

 この頃から、おっかぁの様子が少しずつ変わってきた。すごくイライラしている日もあれば、この世の終わりのような絶望しきった顔をしている日もあった。部屋の掃除も片付けもおろそかになり、食事もあまり作らなくなった。夜もなかなか眠れなくなってきていたようで、目の下には真っ黒いクマができていた。ケンタと喧嘩することも少しずつ多くなっていた。僕は、早くケンタが働くか、いなくなればいいのに、と心の底で思っていた。

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