第10話 命日

 おっかぁの後ろに、光の玉が飛んでいるのを初めて見たのは、僕がまだお店で売られていた時だ。

 その後、僕は何度か、その光の玉がおっかぁの周りを飛ぶのを見た。それは決まって、8月31日だった。

 その日になると、おっかぁは必ずお線香を焚き、人間の子供が好きそうなおやつを、たんすの上に置いて手を合わせていた。

 今日は、その8月31日。朝、目を覚ますと、やっぱりおっかぁの周りに白い光の玉がふわふわ飛んでいた。

 お店で売られていた時、光の玉は僕にこう言ったんだ。「私はこの女の人の赤ちゃん」と。でも、その後8月31日に光の玉が飛んでいるのを見ても、僕はちょっと不思議に思っただけで話しかけずにいた。

 仕事から帰ってきたおっかぁは、僕にご飯を作って食べさせてくれると、お線香に火をつけた。たんすの上には、今朝からおっかぁが、お水とお菓子をやっぱりお供えしていた。

 おっかぁはベッドに座って、しばらくぼんやりとお線香の煙を眺めていた。

 僕は、おっかぁの後ろでふわふわ飛んでいる光の玉を目で追っていた。するとおっかぁが、「ゴマ次郎、何か見えるのかい?」と聞いてきた。僕は、「見えているよ」と、おっかぁの目をじっと見つめて返事をした。

 「そう、やっぱり水子の霊がついてるのね」と、おっかぁは言った。そして、ぽつぽつと僕に話し出した。

 「ゴマ次郎、パパのこと、覚えてる?」忘れるはずがない。おっかぁを泣かせて、僕にも暴力をふるった男だ。

 「パパはね、昔、違う人と結婚していたの。うんと年上の奥さんだったんだって。でも、年が離れすぎてて喧嘩ばかりしていて、パパが離婚を考えていた頃に、おっかぁと知り合ったんだって」

 僕はおっかぁの顔を覗き込みながら話を聞いていた。

 「パパがね、奥さんとは離婚するから、俺と付き合ってくれないか、って言ってきてね。おっかぁ、悩んだんだけど、パパのこと好きになっていたし、実際パパは本当に離婚して、おっかぁのところにきたの」

 おっかぁは、遠い目をしながら話し続けた。

 「パパはね、最初は優しくて楽しくて、一緒にいて幸せだったんだよ。でも、付き合っていくうちに、避妊をしてくれなくなって」

 おっかぁの後ろの光の玉が、おっかぁの肩にそっととまった。

 「それで、赤ちゃんができたの。そのとき、貯金もなくて、親に頼ろうにも親は本州に転勤が決まってバタバタしててそれどころじゃなかったし、何より、パパが、俺には前妻との間に子供がいるし、今は子供は欲しくない。悪いけど諦めてくれないかな、って言ってきてね」

 おっかぁの声が震えてる。涙をこらえている証拠だ。

 「それで、子供の代わりに犬を買ってあげる、って、お前を買ってくれたの」

 ぽろん、と、おっかぁの目から涙がこぼれ落ちた。

 「ゴマ次郎を迎えて本当に良かったと思ってるし、今ではもうゴマ次郎がいない生活なんて考えられない。でもね、自分の欲求を満たすことだけを考えて、そしておっかぁから赤ちゃんを奪って、今も他の女の人を抱いていると思うと、おっかぁ悔しくて」

 僕はおっかぁの涙を舐めた。おっかぁは僕の頭を撫でると、

 「子供を堕ろしたのが、8月31日。今日が命日なの」と言った。


 おっかぁが夜遅く眠ったあと、僕はそっと起きて、おっかぁの枕元で飛んでいる光の玉に向かって話しかけた。

 「君は、おっかぁが憎くて、命日になると戻ってくるの?」と僕は聞いた。

 「違うよ。むしろ逆だよ。お母さんが恋しくて、命日だけ神様が許してくれるから、こうしてお母さんのそばに戻ってくるんだ」と光の玉は言った。

 「ゴマ次郎、君はこれからも、私の代わりに、お母さんを支えてあげてね。私が、まだ子犬だった君にお願いしたことを、君はかなえてくれている。本当に、ありがとう…」

 光の玉はそう言うと、おっかぁの周りをぐるぐる回って飛び回り、やがてすぅーっと消えていった。午前0時きっかりに。

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