第9話 おっかぁのためにできること
おっかぁは一人暮らしを始めても、たまに前の家にパパの様子を見に行っていた。食事を持って行ったり、洗濯をしに行ったり、同棲は解消したものの、付き合いは続いているようだった。
僕たちの新居には、目の前に『美香保公園』という大きな公園があって、そこでのお散歩はじつに楽しかった。人間の子供が遊ぶ遊具もあれば、芝生が広がっている場所、野球場、テニスコート、プール、なんでもありだ。
犬の散歩コースは、人間の邪魔にならないように暗黙の了解ができており、僕とおっかぁはそのルールに則ってお散歩をしていた。
公園内を散策すると、至る所にベンチが置いてあった。僕はベンチを見つけると、すぐに上にぴょんと乗っかって、そこでくつろぐのが好きだった。
「ゴマ次郎、さっきあっちのベンチでも休んだばっかりじゃん。運動にならないよ?」と、おっかぁは呆れた顔をするのだが、結局おっかぁもベンチに座って僕と一緒に夕焼け空を眺めたりした。
ある日、いつも通り美香保公園でお散歩していると、リードのついていない大型犬が、こっちに向かって猛然と走ってきた。僕は気づかなかったけど、おっかぁはいち早く気づいて、慌てて僕を抱っこした。
その大型犬は、僕のことを「よこせ、よこせ」と、おっかぁに飛びついた。おっかぁは泥だらけになりながら、僕を高い位置で持ち上げて、大型犬に蹴りを入れて守ってくれた。すぐに大型犬の飼い主が来て、「コラ!マモル!」と言って、リードでその大型犬をひっぱたき始めた。その犬は抵抗せずにしょんぼりしていた。それを見ていたおっかぁは、「犬は悪くないでしょうが!小さな子供も、小型犬も散歩してるこの公園で、ノーリードで犬を放してるあんたが悪いんでしょうが。それに、犬を叱る前に、まずこっちに謝罪しなよ!」と怒鳴った。しかしその飼い主は、「馬鹿犬が!馬鹿犬が!」と、大型犬を引っぱたくのをやめず、謝罪もしてこなかった。
僕はおっかぁに抱っこされて、少し離れたところまで行くと、いつも通りお散歩した。歩きながら、僕は「僕がおっかぁを守らなきゃならないのに、僕はいつもおっかぁに助けてもらってばかり。僕にできることって、何かな」と思っていた。
ある晩、おっかぁが「晩御飯、作りすぎちゃった。ちょっとパパのところに持って行ってあげるから、お留守番しててね」と言って出かけて行った。僕は玄関まで見送った。
1時間ほど経った頃だろうか。おっかぁが帰ってきた。僕はまた玄関まで迎えに行くと、おっかぁは涙をぽろぽろこぼしながらブーツを脱いでいた。僕はびっくりして、おっかぁの膝の上に乗って、涙を舐めた。
「ゴマ次郎、パパのおうちに行ったらね、知らない女の人がいて、パパもその女の人も、二人でお布団に入ってたよ」
僕は、じっとおっかぁの顔を覗き込んだ。
「まだ私と別れたわけじゃないのにね。本当にだらしない人だね。おっかぁは、明日あの家に行って、まだ残してあるおっかぁの荷物を取ってくるね。もうパパとはお別れするよ」
おっかぁはそう言うとむせび泣いた。僕は、何をしてあげたらいいかわからなかった。そうだ、一緒に遊べば、悲しい気持ちもなくなるかもしれない。僕は部屋に戻って、噛むと「ぷー」と音がするドーナツ型のおもちゃを持って、おっかぁの元へ戻った。そして、おっかぁの膝の上で、おもちゃをぷーぷー鳴らしてみた。でも、おっかぁは泣き止まなかった。僕は部屋に戻って、同じく噛むと「ぷー」と音がする、象さんのおもちゃも持ってきておっかぁの膝に乗せた。そして、おっかぁの周りで「ぷーぷーぷーぷー」としつこく鳴らしてみた。するとおっかぁは、「ゴマ次郎、うるさいよ!」と、泣きながら笑って、ドーナツもゾウさんも部屋の中に放り投げた。僕はおっかぁが笑ったことが嬉しくて、またおもちゃを運んでくると、しつこくぷーぷー音を鳴らした。「わかったわかった、もう泣かないよ」と、ブーツを脱いで部屋に入ってきたおっかぁは、僕を抱っこして、顔に頬ずりすると「ありがとうゴマ次郎」と言って、頭にキスをしてくれた。
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