第8話 借金

 おっかぁの腰の具合も良くなって、またパートに復帰したころだった。

 銀行から帰ってきたおっかぁが、通帳を見て唖然としていた。僕には何が起きたのかわからなかった。

 夜、パパが帰ってくると、おっかぁはパパに詰め寄った。

 「引き落とされているこのお金は何!?ローン組んだ覚えなんかないんだけど!」

 「実家の母親に、布団を買ってあげただけだよ」

 「なんの相談もなしに?」

 「反対されると思ったんだ」

 「布団ぐらいで、こんな多額な金額が引き落とされるわけないでしょ。なんのお金か、はっきり言いなよ」

 パパはあきらめたように、小さな声で言った。

 「借金をした」

 「お金は何に使ったの?」

 「パチンコ」

 おっかぁは深いため息をついた。嫌な沈黙が流れた。僕は、おっかぁとパパを交互に見ていたが、やがておっかぁが言った。

 「前妻との子供の養育費ですら多額のお金を払ってるのに、これ以上の支払いは無理。しかも理由がパチンコとか、呆れて物も言えない。結婚なんか、夢のまた夢だね。私、ここを出ていくわ」

 僕はびっくりして頭を持ち上げた。

 「養育費は仕方ないけど、それ以外の借金は頑張って働いて返してちょうだい。完済して、それでもお互いにまだ気持ちがあったら、私はここに戻ってくるから」

 パパは黙っていた。するとおっかぁは、「別れるっていうのじゃなくて、その甘い考えを正してほしいの。ギャンブルから足を洗って欲しいの。たまに様子も見に来るし、今はお互いの生活を立て直すところから始めましょう」

 次の日、おっかぁは不動産屋に行って部屋を決めてくると、引っ越し業者を呼んだ。運び出す荷物などを説明し、引っ越しの日取りを決めていた。そしてその夜から、段ボールに荷物を詰め始めた。

 「ゴマ次郎、また狭いアパート暮らしになっちゃうけど、ごめんね」

 僕は全然かまわなかった。おっかぁと一緒にいられるだけで、幸せだからだ。

 引っ越し当日の日がやってきた。パパが仕事でいない平日の昼間だ。次々と見慣れた家具が運び出されるのを見て、僕はだんだん不安になってきた。

 「おっかぁの車の中も荷物でいっぱいだから、いったん新居に置いたら迎えにくるから待っててね」

 おっかぁはそう言って部屋を出て行こうとした。

 僕は、悲鳴に近い声を出して、おっかぁの脚にしがみついた。このままおっかぁが戻ってこなかったら僕は生きていけない。

 「心配しなくても、すぐに戻ってくるから」と、おっかぁは僕の頭を撫でたが、僕はおっかぁの脚から離れようとしなかった。

 「仕方ない子だねぇ」

 おっかぁはそう言って苦笑いすると、片手に荷物、もう片手に僕を小脇に抱えて部屋を出た。確かに車の中は荷物でいっぱいで、押しつぶされそうなくらいだったが、置いて行かれるより100倍マシだ。

 引っ越し業者が荷物を運び入れる間、僕はおっかぁの車の中で待たされた。やがてすべての荷物が降ろされると、僕は新居に入ることを許された。

 新しい部屋はワンルームで、確かに狭いアパートだった。でも、部屋の広さなんか問題じゃない。僕は、おっかぁとの新生活にわくわくした。

 「段ボールが倒れてきたら危ないから、ベッドの上にいるんだよ」と言われた通り、僕はベッドでくつろいだ。いつもおっかぁの枕の横にあった、パパの枕がなくなっていることに気づいた。今日からは、おっかぁと二人で眠れるんだ。

 実は、おっかぁが入院している間、僕はパパと喧嘩したんだ。パパが財布から落とした、四角いパッケージに入ったゴム状ものを、おやつと勘違いして咥えたら、「返せよ!」と口の中に手を突っ込まれた。僕は日ごろのうっぷんも溜まっていて、力いっぱいパパの指を噛んだんだ。パパの親指の爪には穴が開き、僕はパパに蹴り飛ばされた。

 結局、僕は最初から最後まで、パパを好きになることはなかった。

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