第7話 夕日
おっかぁが、腰が痛いと言い始めた。立ち仕事だから仕方ないのかな、と言っていたが、日が経つにつれ、痛みは腰より足に感じるようになったようだ。それでもおっかぁは、僕をお散歩に連れて行ってくれた。
やがて、おっかぁの左足が麻痺した。おっかぁは左足を引きずるように歩き、痛い痛いと辛そうに言っていた。そして、ようやく病院に行った。
その夜、おっかぁとパパが話しているのを聞いた。
「椎間板ヘルニアで、入院して手術しないと治らない、って…。左足の神経が傷ついてるから、手術に成功しても麻痺は残るって」
「ゴマ次郎は俺が見てるから、手術しなよ」
次の日、おっかぁは左足を引きずりながら、「ゴマ次郎、お散歩行こうか」と言った。
僕はいつもリードを引っ張ってしまう癖があるけれど、この時ばかりはおっかぁの横に寄り添って歩いた。おっかぁは痛みで顔をしかめていたが、僕と目が合うと優しく微笑んだ。
夕日が綺麗だった。僕とおっかぁは、玉ねぎ畑が広がる道から、夕日を見た。すると、おっかぁが口を開いた。
「ゴマ次郎、おっかぁの腰の手術はね、とても難しい手術らしいから、下手すると下半身が動かなくなるんだって。明日から入院だから、もしそうなったら、ゴマ次郎をお散歩に連れて行けるのは今日が最後かもしれない。ごめんね…」
そんなの嫌だ!僕はおっかぁの足に飛びついた。僕は、おっかぁとお散歩するのが一番好きなんだ。最後だなんて、最後だなんて言わないで、おっかぁ。
次の日、おっかぁは言っていた通り、病院に行ったまま帰ってこなかった。僕はベッドで、おっかぁの枕の上にうずくまって、おっかぁの帰りを待った。パパは僕をお散歩に連れて行ってくれなかった。たぶん、いつも行っている「パチンコ」に出かけているのだと思った。
三日経っても、四日経ってもおっかぁは帰ってこなかった。玄関先で、少しでも物音がすると、おっかぁが帰って来たのかと思って走って迎えに行った。でも、それはおっかぁじゃなく、隣の住人が出かけた音のようだった。
やがて一週間が経った。僕は寂しくて、パパが出してくれるご飯もほとんど食べなかった。おっかぁは、もしかしたら、もう二度と帰ってこないんじゃないか、そんな嫌な考えも浮かんできた。
二週間が経とうとしたころ、玄関で物音がした。僕は、また隣の家の音かと思って、おっかぁの枕にうずもれて見に行く気力もなかった。その時、
「ゴマ次郎、ゴマ次郎」
と、おっかぁの声が、確かにした!
僕は慌ててベッドから飛び降りると、玄関に向かった。そこには、幻覚でもなんでもない、確かにおっかぁがいたんだ。
おっかぁが靴を脱いでいる間も、僕は嬉しくて嬉しくてキャンキャンと鳴いてしまった。そして、おっかぁに何度も飛びついた。
「ゴマ次郎、手術は成功したよ。左足の麻痺は、少し残っちゃったけど、また歩けるようになったんだよ」
おっかぁは、僕を抱っこすると強く抱きしめた。そして、「会いたかったよ、心配だったよ、心配すぎて、リハビリもしないで帰ってきたよ」と、涙声で言った。僕はおっかぁの顔を舐めて、「僕も心配だったよ!もうおっかぁが帰ってこないんじゃないかと思って、絶望していたんだ。おっかぁ、会いたかったよ」と吠えて言った。
おっかぁは、手術の傷口がふさがるまではお散歩には行けなかったけど、僕はおっかぁが帰ってきてくれただけで良かったんだ。おっかぁが茹でてくれる、ササミのご飯がとても美味しかった。
やがて、「ゴマ次郎、お散歩行ってみようか」とおっかぁが言った。僕はおっかぁの腰が心配だったけど、行くことにした。
おっかぁとまたお散歩に行けるのが嬉しくて、僕はおっかぁの足にじゃれつきながら歩いた。「まっすぐ歩きなさい。おっかぁ転んじゃうよ」と、おっかぁは笑いながら言った。おっかぁは、少し左足をかばって歩いていたけど、前のような引きずる感じではなく、しっかり歩けていた。
その日、僕とおっかぁは、また綺麗な夕焼けを見たんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます