第4話 外の世界

 最後のワクチンが終わると、僕はいよいよ外で遊べることになった。

 おっかぁは僕を抱っこして、アパートのすぐ近くの、芝生が広がる公園に連れて行ってくれた。

 僕は外の匂いを初めて嗅いだ。草の匂い、土の匂い、風の匂い…。最初は怖かったけど、すぐに外が素晴らしい世界であると知った。何もかもが新鮮だった。見るものすべてが珍しかった。そして、ふと思い出す。真っ黒の弟も、グレーの弟も、優しい人に引き取られて元気にしているだろうか、外の世界の素晴らしさを堪能できているだろうか、と。

 おっかぁは、さっそくテニスボールを僕に見せて、「ゴマ次郎、これを投げるから走って取りに行くんだよ」と言った。そして、軽くテニスボールを放った。

 草の上を、僕は走った。なんという気持ちよさだろう。お店でショーケースに入っていたころは、考えられもしない感覚だった。芝生が足にひんやりと感じられて気持ちが良かった。

 蛍光色のテニスボールを僕は咥えると、おっかぁの元に走って戻った。

 「偉いねぇ、ゴマ次郎はお利口さんだねぇ」

 おっかぁは嬉しそうに僕の頭をなでると、「そうれ、もういっちょ!」とボールを放った。

 僕はボールに向かって走ったが、足元に広がるシロツメクサが良い香りを放っていたので、食べてみることにした。ボールを追いかける使命を忘れてしまった。

 「あー!こら!なに食べてるのー!」

 おっかぁが慌てて駆け寄ってきて、僕の口からシロツメクサをほじくり出した。そのとき、ひらひらとちょうちょが飛んできたので、僕はそれを駆けて追いかけた。そんな僕を、おっかぁも追いかけた。

 僕は外の世界が大好きになった。おっかぁは、僕の体に合ったハーネスとリードを買ってくれた。毎日のお散歩が僕の楽しみだ。おっかぁが忙しいときはパパが散歩に連れて行ってくれることもあったけど、ボール遊びはなく、家の近所の最短ルートを歩いて帰るだけだった。

 一か月もすると、僕は完璧にトイレを覚えた。でも、夜ゲージに入れられると怖くて夜鳴きはしちゃうから、おっかぁはゲージを撤去してくれた。こうして、僕は晴れて、おっかぁと一緒にベッドで眠る権利を得た。

 「ただでさえシングルベッドで狭いのに、ゴマ次郎も一緒じゃ寝る場所がないよ」とパパは拗ねていたが、僕にはそんなことどうだってよかった。

 そのころから、おっかぁは夜、泣くことが減ってきた。泣くことがあっても、僕が膝の上に乗っかり、涙を舐めてあげた。おっかぁは「くすぐったいよ」と言って笑顔になるので、僕はおっかぁが泣いたときは必ず涙を舐めることにした。

 おっかぁは、昼間はクリーニング屋のパートをしていた。当然僕はお留守番になるのだが、暇つぶしに家じゅうの物をいたずらしまくった。おっかぁが大事にしている本も歯型だらけにしたし、テーブルの脚も歯型をつけたし、敷居をかじってぼろぼろにした。ベッドの上の枕もかじって中綿を出したりした。ラグマットも二つ折りにしてやった。

 そしておっかぁが帰ってくると、僕は嬉しくてぴょんぴょん飛び回って抱っこをせがむのだが、家の中の状態を見て、「ゴマ次郎、ラグマットで鶴でも折る気だったのかい?」と、おっかぁはため息交じりに僕を抱っこして、撫でてくれた。そして、お散歩に一緒に行って、いつものようにボールを投げてくれた。

 

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