第3話 最初のパパ

 お店から引き取られ、おっかぁに連れてこられたおうちは、古びた木造のアパートだった。

 「さあ、今日からここで一緒に暮らすんだよ」

 箱から出され、家の中に入ってみると、もうすでに小さいゲージやお水、トイレ、ぬいぐるみなどをが用意されていた。

 僕は家の中をあちこち探検した。玄関から入ってすぐに茶の間があり、僕の部屋になるゲージはそこに置いてあった。茶の間の奥にはもう一部屋あり、ベッドだけがぽつんとあった。

 茶の間の横にお風呂があって、洗濯機が置いてあった。お風呂のドアの前には、ふかふかのバスマットが敷いてある。僕はとりあえずそこでおしっこをした。

 「あー!ゴマ次郎!そこトイレじゃないよ!」

 おっかぁが大きな声で言った。そんなこと言われても、お店ではショーケースの中でおしっこをしたら店員さんがシーツを替えてくれてたし、そもそもトイレって何だろう。

 おっかぁと一緒に車に乗っていた男の人が、「こら!」と言って僕の頭を叩いた。

 「仕方ないよ、まだ子犬だもん。トイレのしつけから始めないとね」

 おっかぁは僕をそっと抱き上げた。

 「痛かったね、パパは短気だからね」

 その時から、僕は『パパ』が嫌いになった。

 

 夜になって、僕はゲージに入れられた。

 「さぁ、ゴマ次郎。もう寝る時間だよ。また明日ね」

 おっかぁはそう言って奥の部屋に入っていった。

 僕は、一人で寝たことがない。今までは兄弟と一緒に、お互いのぬくもりを感じながら寝ていた。たった一人、こんな暗い所に閉じ込められて、不安で寂しくて、僕は鳴いた。

 「どうしよう、鳴き始めちゃった」

 「放っておけよ、そのうち寝るだろ」

 でも、僕は鳴きやまなかった。母犬、兄弟たちを思い出して、声の限り鳴いた。

 すると、暗闇の中で、毛布を持ったおっかぁがそばにくるのが見えた。おっかぁは、ゲージのすぐ横に寝そべると、柵の間から指を入れてきた。

 「ゴマ次郎、大丈夫。おっかぁはそばにいるよ。寂しくないよ」

 僕はおっかぁの指をしゃぶった。「いたたたた」とおっかぁの声が聞こえて来たけど、そのうち僕はおっかぁの指を咥えたまま、眠りに落ちていた。


 おっかぁのおうちにやってきて一週間経った。おっかぁは毎晩、パパがいないとき、煙の出る細い棒に火をつけて、「ごめんね、ごめんね」と手を合わせて泣いていた。僕は、お店でおっかぁの後ろに飛んでいた光の玉から、おっかぁには産めなかった赤ちゃんがいたということを聞いていた。きっとおっかぁは、その赤ちゃんを思い出して泣いているんだな、僕はそう思った。たまにパパがいるときに泣いていることもあったけど、「いつまでも根に持ってても仕方ないじゃん。その代わりゴマ次郎を買ってやったんだからさ」と、パパはたばこの煙を吐き出しながら、イライラした様子で言っていた。

 

 2週間が経つ頃、僕はトイレでおしっこをすると、ご褒美のおやつがもらえることを知った。それを知ってから、僕はトイレを失敗することがなくなってきた。おやつはビスケットのときもあれば、ジャーキーのときもあった。おっかぁは、僕がトイレでおしっこをすると、とても喜んで、抱きしめてくれたり体中を愛撫してくれたりした。

 ただ、僕には変な癖があるようだった。うんちのとき、壁に向かって立ち上がって、立ったままひねり出すのだ。それを見るたび、おっかぁは笑った。壁から着地するときに、思わずうんちを踏んでしまったときは、笑いながら足を洗ってくれた。

 おっかぁが僕にかかりきりになっていると、パパはつまらなそうにしていた。「パチンコ行ってくる」と、ぷいっといなくなったりすることも多くなった。

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