第2話 僕の名前は

 僕は、狭いショーケースの中に入れられていた。ほかにも僕の兄弟が2匹同時に入れられていたから、ぎゅーぎゅー詰めだった。けれど、一人ぼっちじゃなかったから、寂しさは感じなかった。

 生まれて間もなく、僕らは母犬から引き離された。そして、どこに行くのかもわからないまま車に乗せられ、今いるペットショップに連れてこられた。

 お店にはいつもお客さんがきて、僕らのほかにもショーケースに入れられた子犬たちを眺めては目を細めていた。

 僕は鼻がぺちゃんこの、ペキニーズという犬種だ。ただ、あまり人気がないのか知名度が低いのか、僕らはほかのショーケースの子犬たちがどんどん引き取られていく中、いつまでも残っていた。

 ある日、まだ若い女の人がふらりとお店にやってきた。そしてゆっくりとショーケースを見てまわると、僕ら3兄弟のショーケースの前で足を止めた。

 僕らはそんなことはおかまいなしに、三つ巴になってじゃれあっていた。その様子を見ていた女の人は、優しく笑って僕らを眺めていた。

 「抱っこしてみますか?」

 いつも僕らをお世話してくれる店員さんが、女の人に声をかけた。女の人は頷き、まずは真っ黒い毛色の弟を抱っこした。弟は怖がってぶるぶる震えていた。

 次に、グレーの毛色の弟を抱っこした。その弟も、怖がって硬直していた。

 いよいよ僕の番か、そう思ったとき、女の人の後ろに光の玉が見えたんだ。白い光の玉は、ふわふわと女の人の周りを飛んでいて、そして突然僕に向かって話しかけて来た。

 

「私は、この女の人の赤ちゃん。事情があって、私はこの世に生まれてくることができませんでした。この女の人は毎日泣いています。どうか、この女の人に寄り添って、元気と笑顔を与えてください」

 

その声が消えると同時に、僕はショーケースから出され、女の人に抱っこされた。「この子も怖がっちゃうかな?」女の人はそう言うと、胸に僕をぴったりと抱き寄せた。

 なんとも言えない優しいぬくもりだった。まるで、離れ離れになった母犬に抱っこされている気持ちになった。僕は嬉しくて、女の人の首と顎をぺろぺろ舐めた。

 「あら、この子は怖がりませんね」店員さんもびっくりしていた。

 「また来ます。それまでこの子が売れ残ってるといいけど」女の人はそう言って、お店から出て行った。

 次の週、真っ黒い毛の弟が、売られていった。どこに行ったのかもわからない。僕とグレーの弟は、しばらく黒毛の弟が帰ってこないか待っていたけど、もう弟が戻ってくることはなかった。

 また次の週、例の女の人がやってきて、店員さんと何か話していた。彼女の後ろには、まだ光の玉が飛んでいた。

 おもむろにショーケースから出された僕は、女の人に抱っこされた。

 「今日から君は、うちの子になるんだよ。よろしくね、ゴマちゃん」

 『ゴマちゃん』と、彼女は僕に言った。店員さんが、「もうお名前決められたのですね」と言うと、「ゴマアザラシみたいだから」と、女の人は笑って言った。実際、僕は真っ白ではなく、パーティーカラーという、体のあちこちに模様が入った毛色だったのだが。

 僕は、ケーキが入るような箱に入れられ、女の人に買われることになった。グレーの兄弟にお別れを言う間もなかった。

 女の人は、車に乗り込んだようだ。すると、すぐ横から男の人の声が聞こえた。

 「本当にその子でいいんだな?」

 「うん、買ってくれてありがとう」

 「子供を堕ろさせた罪滅ぼしだから…」

 車が発進すると、僕は恐怖でいっぱいになり、箱の中で大暴れした。女の人は、箱から僕を出すと、抱き上げて言った。

 「お前の名前は今日から『ゴマ次郎』。わたしはななこ。おまえのおっかぁだよ。よろしくね」

 僕はぎゃーぎゃー騒いでいたが、おっかぁの後ろに飛んでいた光の玉が、すぅーっと消えていくのを見たんだ。「あとは頼んだよ」そう言い残して。


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