吸血少女は出会い願い、そして恋をする

ノーブルレイン

第1話 出会いと恩

 一体何なんだここは……目の前には横たわる見た事もない大きなけもの。その獣の目からはすでに生命の輝きは失われている。


「何でこんな所に一人でいるんですか! 馬鹿なんですか! 自殺したいんですかっ!」


 浴びせられる少女からの容赦無い俺への罵倒ばとうと、命が助かった安心感で俺は尻もちをついた状態のまま放心していた。

 

 覚えてはいるんだ、俺はたしか漫画喫茶にいたんじゃなかったのかと。そう、金欠中だったから気になっていた漫画の最新巻を次々と読み続けてそのまま眠くなって……


 なるほど、目の前にいるモンスターのような獣の死体も、目の前で罵倒する吸血鬼の少女も、漫画の影響が夢に出たに違いないな、別々の漫画を次々と読んでいたせいで思考が混ざりこんな変な夢になっているのか。


「聞いているんですかっ!」


 パァン! 何かが顔に当たり頬が遅れてジンジンと熱くなった。少女の右手が右から左に移動し左肩付近で停止したのが分かる、それは平手打ちの格好だった。


「よく分からないんだ本当に……」


 痛みがある……夢じゃない? なら、この鬱蒼うっそうとした森はなんなんだ、そんな事を思い俺はそうつぶやいていた。

 これは殺されるのか? それとも目の前の吸血鬼少女によって、漫画みたいに吸血鬼の眷族けんぞくとされてしまうのか。


 漫画とかだったらこのまま吸血鬼の眷族として、一生陽の光が浴びられない化物ばけものにされるんだろうな。この時の俺は諦めの境地だった。

 吸血鬼の少女は反応の薄い俺を見て、同じようにあきらめたのか『ふぅ』と一息つくと、今度は落ち着いた様子で質問を投げかけてくる。


「そうですか? ……とりあえず安全な場所まで移動しますが問題は無いですか?」


 俺は少女を改めて確認する。ショートボブの黒髪と透き通るような白い肌に金色の瞳、服装は黒のワンピースに白いシャツを下に着ているのだろうか?

 女の子の服の事は良く分らないけど、別段おかしくない服装に見える。その手に持つ獣を斬り殺した剣を除いては……


 先程俺は『いいから血を下さいっ』と言われて少女に腕を差し出した、少女に噛まれたはずの腕にあとは残っているが痛みは無かった。だから変な夢だと思っていたのに。


「……問題は……無いな」


 俺は目の前の吸血鬼にそう答えた。

 獣に襲われていた俺を助け命を救ってくれたのは彼女だし、人間の美しい少女の姿をしていても普通の人間が吸血鬼にかなうはずが無い、大人しく従うのが命の為だと分かってしまったからだ。





 俺の先を少女が進み俺は黙って少女の後ろをついて行った。暗い森を抜ける先には森が薄くなっていくのか陽の光が見え始める。


 森の暗さが無くなり始め眼には眩しい位に陽の光が差しているが、目の前の少女も俺も問題はないらしい。

 良かった。少なくとも目の前の少女は吸血鬼じゃなかったし、俺も吸血鬼になっていないんだとホッとする。


 そして、陽に照らされた全く舗装ほそうもされていない土の街道が見え始める。


 森からこの街道まで依然いぜん会話は無かった。

 

 少女からはたま・・にちゃんとついて来ているかの確認の為か振り向かれるが、俺は逃げたりはしない。ここでジタバタしてもきっと悪い事にしかならないだろうし、現状ここが何処なのかも分かっていないのだ。


 嘘をつかれたとしても俺を誘拐して何の得になるのか分からないし、そこまでする相手のメリットも無いだろうという確信があった。独身24歳平社員の男に一体何の価値があるというのか。


「ここまで来れば安全ですよ」


 少女は街道に出ると俺に振り向きそう言った。真っ白い肌とツヤツヤとした黒髪の毛が光を反射して輝き吸血鬼ではなくもっと高貴な者に見える。


「えっと……危ない所をありがとう、本当に助かった」


 面食らってしまったが、社会人としての常識を取り戻しお礼を言う。


「それでですね……お礼を少し……」


 目の前の少女は何故か言いにくそうにしている、かね目当ての救助だったからだろうか?

 高校生位の少女が剣で目の前の大きな獣から俺を救ってくれたのだが、お礼の金もいくら渡せば良いのか全然相場が分からない……全財産だろうか……


「お礼か、少し待って貰えないだろうか?」


 俺はそう言って携帯電話を取り出し情報を確認しようと操作をするが、画面が黒くなったままで既に電池切れになっていた。

 考えてみる、何も世の中お金だけが全てではない。


「お礼と言われても、何がいいのか分からないのだが?」


 分からない時は人に聞けというのは社会人の常識。

 お金だって家に帰らなければそれ程渡せない、なので直接本人に聞いてみる。


「……緊急だったので少し血を頂きましたが、足りないのでもう少し分けて頂いてもよろしいでしょうか?」


 その答えは俺にとっては好条件だった。払えない金額を請求されたり借金になるのなら、金欠の俺は参ってしまうのでこの提案はありがたく思える。


「俺なんかの血で良いのなら……死なない範囲で吸ってくれ」


 献血みたいな物だ、今現在ここが何処なのか分からないし日本に帰る為のお金も情報も必要だ。

 この少女に血をあげて友好的に話が出来るなら、むしろこちらからお願いしたいのでシャツを腕まくりして先程と同じように腕を差し出す。


 少女は少し首を傾げながらも『それでは頂きますね』と俺の腕をペロペロと舐め始める、うわ何か妙に背徳的だなこれ、舐める必要が良く分からないけれども……

 しばらく舐めると歯を腕に突き立てたようだが、やはり痛みを全く感じない。何故今度は肘じゃなかったのか理由は分からないが、別に知らなくても良い事だ……


 本当はこの間に色々質問したいのだが、口が塞がっていて答えられないだろうから止めておく。本当に血を吸われているんだろうか?

 全然痛みが無く心配になり、音を聞いてると『ジュルジュル』『ンクンク』と音が聞こえてくる。


 飲んでいるのが分かって良かったが、俺的にはちょっと刺激が強かった。本当は、こっちがお金を更に払う側になってしまうのかと。


 俺のそんなよこしまな考えをしている内に吸血? は終わったようだ。


「ふぅ、ご馳走様でした」


 お礼を受け取った側なのにお辞儀をしてくるこの少女はかなり礼儀正しいようだ、交渉は可能だと踏んだ俺はやっと本題に入れる事に安心する。


「それで、ちょっと聞きたい事がいくつかあるんだが良いかな?」


 少女は目的が果たせた為か、先程よりも落ち着いているように見える。


「聞きたい事ですか? えぇまぁ、私が答えられる事なら」


 快諾して貰えたようだったのでまずはダイレクトに聞きたい事を聞く、質問は短くそして答えやすい事から。


「ここが何処だか判るだろうか?」

「ここですか? ヘインシュタットの森の街道ですね」


 いきなり知らない単語だった、国の名前だろうか。


「ニホンという国を知らないだろうか? もしくは聞いた事は?」

「聞いたことがありませんね」


 早くも詰まってしまった、日本語を喋っているのに『ニホン』が分からないってどうなっているんだ。

 ……これはあれか、ゲームとか漫画の世界に入っちゃったとか並行世界に行っちゃったとか、そういうアレなのか? ついでにお金も取り出して見てもらう。


「綺麗な絵と綺麗なコイン? ……お金に似ていますね、ニチモトコク? 大昔の銀貨か銅貨ですか? その珍しい服といい、遠い国の方だったんですね」


 この反応を見て、ここは異世界ってヤツだと俺は確信した。


 日本のお金は全て日本国と書いてあるか刻印が施してある。そして、日本語も日本の漢字も読めるのに読み方だけが間違っている。


「先程は乱暴な振る舞いをして申し訳ございませんでした。人間族なのに武装もせずにヘインシュタットの森に居たのでつい……それで護衛の方とはぐれてしまったとかでしょうか?」


「いや実は……」




「そいつは神人かみびとだ! 離れろ連人れんじん!」


 俺が言い掛けた瞬間、森から誰かの大声が聞こえ振り向くと、そこには銀髪で褐色の美女が木の上から俺達を狙い弓を構えていた。

 その美女は長い耳を持ち、俺にはゲームや漫画で何度も見た事があるダークエルフに見えた。


 吸血鬼の次はダークエルフか……つくづくファンタジーゲームな世界だな……


 考えるに、今現在連れられている俺が連人れんじんとやらなのだろうか?

 そうすると少女が神人かみびとか、たしかに大きな獣をあっさり斬り伏せたのは神のように見える。


「落ち着いて聞いて欲しい! 俺はこの神人かみびとの少女に助けられた! 武器を降ろしてくれないだろうか! 少し話し合ってほしい!」


 俺も木の上のダークエルフに聞こえるように大声をあげる。少女が危険な存在なのは今更だ、さっきも了承はしたが血を吸われた。だが、獣から俺を守り助けてくれたのは間違いなく少女だ。


 木の上のダークエルフが怪訝な顔をし、声を張り上げる。

「違う! おまえが神人かみびとで、私はその連人れんじんの女に忠告しているのだ!」

「俺は人間だ!」

「逃げて! 早く! ここは私が止めるから早く逃げて!」


 連人れんじんと呼ばれた少女が、かばうように俺の前に出て剣を構えた。


「さっき血を貰ったから戦える! 森から離れるように走って! 土魔法アース圧力移動プレシャー!」


 少女が不思議な力を使ったのだろうか、ダークエルフの居る木の根元がぐらつき今にも木が倒れそうになっていた。


「邪魔をするのか! 連人れんじん! この失敗作できそこないが!」


 ダークエルフが叫びながらも、弓から手を離し木から跳躍する。


「今です! 早く行って!」


 俺は少女に言われるがまま森から離れるように土の街道を全力で疾走をした……血を少女にあげたせいなのか頭もクラクラしてくる。それでも走った……肺の下側にも痛みが走る……


 俺は夢中で走った後、草に囲まれた地面を見つけYシャツ姿のまま突っ伏してしまった、もう息が続かない殺されるならここで殺されよう。これも運命なら受け入れよう。


 もし、心残りがあるとすれば命の恩人の名前くらい聞いておけば良かった……


 俺、薬袋武人みないたけひと24歳会社員はここで一度意識を失った。

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