第17話



 


「よし、やったわ! これで第3の魔石破壊よ! これで次はドラゴンマウンテンね!」


 喫茶店の中で、イソノは意気揚々と言った。


 ニャンタロウはため息をつく。


「お前が駄々こねなければ、もっとはやく終わる気がしたがな」


「過ぎ去ったことはもういいでしょ! 過去の話をしないでよ! 未来を語らなきゃ! そう、ミライに合う話をね」


「ずいぶんと、ふっきれたような顔をしているな。なにかあったのか」


「べつに……ただ思っただけよ。嫌なことから逃げたってしょうがない……ちゃんと向き合わないと何も解決しないってね」


 ニャンタロウの問いかけに、イソノは機嫌がよさそうに答えた。


「それじゃ、次はドラゴンマウンテンというわけだね」


 ソラは地図を広げて、言った。


「ドラゴンマウンテン……名前を聞いただけで誰が相手かわかるな……」


 ニャンタロウは心配そうに周囲をみまわす。


「念のために聞くが、この中に爬虫類が苦手なヤツはいないよな。もちろん、ドラゴンにもだぞ」


「だいじょうぶにゃ! ドラゴンはフレイヤの大好物ですよ!」


「私も何の問題もないわね!」


「僕だってそうさ」


「奇遇だな、わしもだ。今さら、いかにもファンタジーですって敵に会ったところで、どうってことないわい」


 全員が全員、ドラゴンなんぞ怖くない、と言った様子だった。


 


 一方その頃、ドラゴンマウンテンでは大量のドラゴンたちがひれ伏していた


 チクショウ……なんなんだコイツは! ドラゴンたちのボス、誓いが解る龍男、ワンダは腸が煮えわたる思いで、本当に口から火が出そうになるのを奥歯で押し込めながら、悔しそうな苦渋の表情を浮かべて、目の前の少女を見た。


 目の前にいるのは、童話のラプンツェルを思わせるかのような長い長い髪の女。


 岩でできた高い塔のてっぺんにある、即席で作られた岩の玉座にすわっているにも関わらず、塔の下で土下座するワンダの鼻もとに触れるほど、その髪は長かった。


「ごめんなさいね、ちがうんだよね、ここにいなきゃいけないんだよね」


 少女は痴呆症の老婆のうわごとのように、言葉を覚えたての保育児のように。たどたどしい口調で話しだした。


「ミライがさ、言ったのさ、魔石をさ、守らなきゃって。じゃあ、あたしも、手伝わなきゃって。そうでしょ? そうじゃなきゃ、だからさ、ここにいなきゃ」


 考えこんだように、少女はうなる。


 クソが! わけのわからぬことを言いおってからに! ワンダは胸のうちにある炎を少女に吐き出したかった。自身の肺の底に燃え盛る炎で少女の体を焼きたかった。


 だが、それはできない。できるはずがない!


 ワンダはそう思い。他のドラゴンもそう考える、べきだった。


「チクショウ! 偉そうにしやがって!」


 ドラゴンの一人が少女に襲いかかった。彼の名はビトウ。まだまだ甘い若造だ。万能感に支配され、カッとなりやすい。だから力量差も確かめずに少女に襲いかかる。


「やめろ! ビトウ!」


 ワンダの叫びも間に合わず、ビトウは大きな口を開き、炎を吐きだそうとした。


 だが、出ない。


「なっ……ガッ……」


 炎を出そうとした。・出して燃やしてやろうとした。だが、水のなかにいるかのように、餅をのどに詰まらせたかのように、苦しげに、切なげに、小さな声が漏れるだけ。


 炎のホの字も出やしない。


 一体なんだ、どうしたんだ。俺の炎が出やしない。


 羽を動かす。せめて少女にタックルでも食らわせてやる。


 だけど、羽の動きがどんどん鈍る。体重が急激に増えたかのようだ。


 重い、体がどんどん重くなる。


 よろよろと、羽を動かし、弱った蝉のようにふらふらと地面に落ちた。


 何が起きている! 確認しようと体を見回すと、べっとりと透明な液体上の物体がドラゴンの体をつつんでいた。スライムだ。スライムがビトウの体をつつんでいる。ビトウの口内に侵入して炎をせき止めているんだ。


「やめなって……無駄だよ。ほらさ、スラリンがいるから」


 少女は近所に吼える犬に注意するかのように言った。


「スラリン……スライムだと……このドラゴンがこんな低級なモンスターにやられるはずが」


「友達をバカにしないでよ」


 ハッキリと、少女は言い切った。ビトウの体を締め付ける力が強くなる。


「グギャラァァァァァ!」


 ビトウは叫び声をあげた。


「やめてくれ! わるかった! キミの邪魔はしないから! やめてくれ!」


「そう……わかった」


 少女の言葉に反応するように、スライムはビトウから離れ、少女のランドセルの中に入っていった。


「お前は一体……」


 かすれた声で、ビトウは言った。


「アタシ? アタシの名前は浅井優心(あさい ゆうな)元ムーンキューブ、リアティック組織キルドレン所属のスライムの召喚術師かな?」


 少女はたんたんと、なんてことのなさそうに答えた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒猫の召喚術師 神島竜 @kamizimaryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る