第3章★怖ろしい花と物言う花
絞った花びらの先からハミ出したロボクの葉っぱに気が付くまで、大きく肥え太った蕾を三輪も無駄に引き裂いてしまいました。
そのうち二輪の蕾についてはあまり語りたくありません。
とくに、自分の“こうなったかもしれない未来の姿”を目撃してしまった三世は顔色が悪く、片目に付いた紅茶色のブチを残して、水色に染まったかのように震え上がっています。
『「みっ、見たくなかったのね……」』
のちに、マスターたちの研究で分かった、
★この花は匂いでおびき寄せた動物を、花弁のような器官の中に取り込んで、栄養として摂取する。(枯れた花に見えていた白っぽく開ききった花弁の個体は、生き物を捕まえる前のトラバサミの状態)
★取り込まれた生き物は、眠ったような状態になりながら溶かされる。花はその思考を読みとり、すぐそばを通りかかった生き物に通じる言語として外に排出する。
エサの仲間をおびき寄せるためと思われる。
対象はあらゆる生き物で、人類とは限らない。
三世の
★消化しきるまでは、大型の生物でじっくり数週間。小型でも数日かける。骨などは、肉を溶かしきってから外に捨てられる。
――――という。情報から、わたくしたちが目撃してしまった大惨事を予想してください。ううううう。
河原の白くてすぐ崩れる小石も、そのほとんどが骨の残骸で出来ていたようです。
「やあ、参った参った」
そんなことも知らずに点目ののんき顔をして、ぬいぐるみのようならいよんは、笹やシダに似たロボクの束を担いだまま、むっくりと上半身を起こしました。
この河原独特の壊れやすい白い小石が、彼の身体の下でパキョパキョと音を発てます。
やっと目を覚ましましたね。
今回ナイフを使ったのはユキヤナギ三世ですから、シェフの服も毛並みもポンデなたてがみも、こんどは傷一つ付いてはいません。
『「無事で良かったのね、ポポ。この河原中の蕾を切り裂かないとダメかと思ったのよね」』
震えながらもほっと安堵した様子の三世。一度飲み込まれてから命拾いしたせいか、今はまだ匂いに酔っぱらった様子はありません。しかし、まだ帽子の副音声付きです。
わたくしは溜息をつきました。
「タン=ポポ。どうしてシェフのくせに、肉切り包丁とか刺身包丁とかペティナイフとか持ち歩いてないのですか! 包丁一本サラシに巻いてさすらうのが、料理人のあるべき姿ですよ! 自力で脱出してください」
畑から海、牧場やサバンナまで、食材と戦って材料を狩り集めるのが、シェフという職業のハズ! カレーの夢を見ながら眠りこけるようでは、まだまだです。
肉食獣とは思えないのほほん顔のタン=ポポは、「えええっ、……そういうものかのう?」と首をかしげて、周囲を見回しました。
とりあえず、近くにある疑問から順番に片付けることにしたようです。
「ところで、アデレイド・桃花。まず、そちらの子はなんじゃの?」
先ほども、蕾から引っ張り出されたばかりの三世にされた質問です。わたくしも、釣られたようにそちらに視線を向けました。
よく日に焼けた肌と黄緑グラデーションなメジロ色の髪の子供が、にこにこと明るい笑顔を浮かべてわたくしの隣にしゃがんでいます。
頭には、三世と同じようにサーモンピンクの蕾の上半分(ひらひらしたひれがある方)を帽子のようにかぶっていて、顔には星形の大きなあざがあります。
おおっ、そういえば……。
「この現地の、知らない子ですともっ」
わたくしは無駄な見栄を張らない性格なので、胸を張ってきっぱりと言いました。
「よく分かりませんが、いきなりサバイバルナイフを貸してくれたのですよ」
親切な子です。
ユキヤナギ三世は、自分とタン=ポポを救出した鞘付きのサバイバルナイフをためつすがめつ眺めながら、首をかしげました。
『「このナイフ、見覚えがあるのよ」』
『うん。そのナイフっていうの? 返しに来たのナ』
少年は鳥のさえずりのような声で笑いました。それに合わせて、彼が帽子にしている蕾の絞られた先端が、ピロピロと震えつつこちらに分かる言語で喋ります。
『……この花、かぶると言葉通じるのナ、面白い』
「ええっと、この花はむしろこちらの地元の物なのですが……」
今までこのような使い方をしたことなかったということでしょうか?
三世の様子を見てすぐに真似たのなら、原始人だとは侮れないたいそうな推察力です。
『トモダチ、鳥から助けてくれた。そんで、鳥の肉をくれた。ありがとうナ。そんで、白い、ふかふか毛並みにナ。ナイフ返そうとしたら、真っ白な卵の中に連れて行かれちゃった。叩いたけど、出てこなかった。卵が割れたら悪い。だから俺、こっち追いかけてきたナ』
少年は胸をはります。
卵というのは常春号でしょうか。どうやら白クマのアカザが、さきほど怪鳥をサバく時に貸したサバイバルナイフだったようです。そういえばさっき、こんな子がアカザの隣にいたような気もします。
きちんと返却しに来てくださるとは律儀ですね。あれほどプロメテウスるなと言ったのに、道具を渡しっぱなしとはニート白クマめ!
わたくしは溜息をつきました。
「まあ、ちょうどいいです。地元の方にちょっとお聞きしたいのですが――――」
わたくしを含めて全員が、まるで申し合わせたかのように、少し離れた場所に横たえてある固まりに視線をやりました。
ええ。ユキヤナギ三世やタン=ポポが花に食べられたことは、今となっては大した話ではありません。……三世が悲惨な
あやうく現地の少年に合金ナイフを渡しっぱなしになるところだったことも、まあ、回避できたのでヨシといたしましょう。
シェフを捜していて間違って引き裂いてしまった大きな蕾――最初のふたつの蕾から出てきたグロ注意な大惨事だって、どうでもよいことです。
問題は、その三輪目。
見かけだけは可愛らしいサーモンピンクの丸い蕾に入っていた、三番目の中身こそが、今のわたくしたちを現在進行形で悩ませている大事件なのです。
「……あれは、誰でしょうか?」
物言う花は、美女の異称。
その言葉が納得できるほどの、花か天使のように瑞々しく美しい少女が、白い小石の地面に倒れています。服は蕾に溶かされたのか、外に転がり出てきた最初から着ていません。
小柄で華奢で、胸はほとんどありませんが足の間に突起も無さそうです。……もちろん宇宙は広くて多彩なので、性差を示すのに必ず突起があるとは限らないのですが。
まあ、たぶん女性体でしょう。
こんなに可愛くて女の子じゃなかったら、ちょっと許されないような気がします。
色素が薄くてなめらかな肌。夜空のようなきらめきの漆黒の長い巻き毛。柔らかそうなほほに影を落とす濃いまつげは伏せられていて、かたく閉ざされています。しなやかな四肢はちからなく投げ出されてまるで死体か人形のようですが、触れると温かく、呼吸もしています。
そして一番の
彼女の頭には、髪と同じ黒色の三角の耳が付いていて、お尻から同じく真っ黒な長い尻尾が生えているのです。どうやら猫系の獣人といった感じですが、ただ、ひたいには大きな赤い宝石がカーバンクルのようにはまっています。飾りでしょうか。
通訳のつもりなのか、蕾の帽子をかぶった三世が繰り返しました。
『「あの子、どこの誰なのよね」』
地元の少年は、どんぐり眼をまたたかせてふるふると首を振りました。
『知らないナ』
あああああ、やっぱり。
わたくしは頭を抱えました。
原住民であるこの褐色の肌の少年たちが、サウスパークでクロマニヨンでミックス系柴犬のような可愛らしさならば。
地面に横たわっているあちらの色白天使は、少女マンガでティンカーベルで血統書付きのシャム猫のごとき美しさです。
どう見ても、同じ遺伝子ではなさそうです。
そんな、ことによっては別の星系かもしれない子供が、どうしてこんな、ほかの星の人間たちがめったに足を踏み入れない保護惑星の、食人植物の蕾の中なんかで溶かされかかってていたのでしょうか……。事態が複雑すぎます。いっそ死体でしたら話が楽だったのに。
……もういちど蕾の中に突っ込んで、知らんぷりしてしまいましょうか。
見ている先で、大きな三角の耳がびくびくっと動きました。
「……ん。……く……んっ」
こちらの不穏な思考でも察知したのか、彼女は小さく身じろぎをして伸びをすると、ゆっくりと半身を起こしました。ひらいた瞳は金色がかった深い紅梅色。ねぼけたようすで不思議そうに周囲を見回してから、まっすぐわたくしを見つめ、可愛らしく小首をかしげます。
「……だれ?」
こっちが聞きたいですよっ!
◆ ◆ ◆
「このような人種は、この
火山に偽装させた発着空港の中。所属するアンドロイド氏は簡単に言ってのけました。
コンピューターで管理している無人空港だとは聞いていましたが、こういうことだったのですねぇ。キメラ系のわたくしと違って彼のボディに生体部品は使われていないらしく、肌が銀色でメタリックな男性スタイルです。なかなかのイケメンで黒い髪もありますが、アンドロイドと言うよりもロボットとでも呼んだほうが、人々のイメージに近いかもしれません。
眼鏡をかけているのは、ファッションでしょうか装置でしょうか。
無表情のまま、彼はしれっと続けました。
「――しかしまあ、こんなにあなたに懐いておりますし。環境を変えるのは記憶喪失の患者にも望ましくありませんよね、はい」
「いやいやいや、そっちで引き取ってくださいよ! 環境を変化させるなっておっしゃるんでしたら、元通りに蕾の中に突っ込みますよ!?」
「それも、この星の健やかな成長のためならひとつの選択です。はい」
う……。
わたくしは自分の腕に甘えるようにしがみつく黒い猫耳巻き毛の少女を見やりました。あの蕾を使わなくても会話が出来るだけマシな状況なのでしょうか。ただ、何とか言語こそ通じるものの。自分がどうして蕾に飲み込まれていたのか、どこから来てどうやって花に入り込んでいたのか、まったく覚えていないそうです。
最初に目が合ったのがヒヨコの刷り込みだったのか、懐かれまくっています。
まあ、「子供」といっても、身長が、子供サイズのわたくしと同じぐらいなだけです。どこの種族かすらも分からない現状では、年齢も推測の範囲から出ません。まぁ、肌や髪の細胞の若さなどからいって、中年などではないとは思われますが。
「お父さんやお母さんや御家族は、どこにいるのですか?」
「オトウ……オカア……。わかんない」
子供は少し考えてから首を振ります。獣人系の種族は宇宙中に散らばっているので、遺伝子検査をしたとしても故郷を特定させるのが大変そうですよね。おでこに宝石を付けた獣人は見たことがありませんが、インド系の文化なのでしょうか。
空港のアンドロイド氏は、タッチパネルに視線を落として嫌味っぽい溜息をつきました。
「しかし、困るのですよねぇ、予定通りにこちらの空港に着陸していただけませんと。我々宇宙連合は、それぞれの星の文化の個性と自然な発展を手助けする組織ですから、はい。もちろん当方としては歴史への過干渉は望ましくありません。はい」
うう……。
もちろん、頬にアザがあった地元の少年とはとっくに、平和に秘密裏にお別れしています。あんなに交流しているところをこのアンドロイド氏に見られていたら、きっと、さらにこってりと厳しく絞られてしまったことでしょう。危ないところでした。
「竜巻に巻き込まれてしまったからですよぅ」
そもそもは、キャプテンたちが刑務所に入れられてしまったのが原因なのです。せめてこの船に、パイロットでもいれば違ったのでしょうけれども……。
アンドロイド氏は、おびえる女の子の耳の穴に体温計のようなものを軽く当てました。
彼はクラシカルな見かけによらず高性能らしく、眼鏡のつるを押し上げると、小窓に現れた表示を見て「ニヤリ」としかとれない人間臭い笑みを浮かべました。
「ふむ。こちらの簡易遺伝子検査の結果、やはりその子供はこの星の人間ではないことが明確に分かりました。……ということは、あなたがたが連れ込んだ可能性もございますよね、はい」
「はあっ!?」
なんですか、その謎推理は!
こちらの驚きを涼しい顔で聞き流した彼は、雪だるまそっくりの常春号を見上げました。
「ですがまあ、こちらはかの高名なモリ博士とハナ博士の所有船だそうですからね。この星に余計な物品を持ち込むことも、原住民に過度に干渉することも、有り得ないはずです、はい。あなたがたがこの星を去った時は、すべて元通り。この星に“存在するわけがない”物品や生き物が残ることは、決して無い。――もちろんそうですよね? そんなことをしては、博士たちの経歴や今後の活動に、どれほど大きなキズが付くか分かりませんし、はい」
おっ、お役所仕事めええぇぇぇ。
つまり、この面倒な立場の子供を連れ去ってくれれば、常春号が原住民の居住地近くに着陸してしまったことや、人々に不用意に接触してしまったことを不問にする。――と、このように言ってきているわけですね。
「ふむ。軽い栄養失調と空腹がある以外は、健康的なもんサ。後頭部に古い傷があるから、記憶障害はそれが原因かもしれないねぇ」
しっとりとしたハスキーヴォイスとともに、子供の全身を調べていたシリコンの
機械の五本足が生えた移動式の大きな金魚鉢が、ぐるりと回ってわたくしたちの正面で止まります。鉢には透明のふたが付いていて、中には、美しい緋色の薄いひれを優雅に揺らした、牡丹博士が浮かんでいます。大きめの金魚サイズのふくよかな女性の人魚で、さまざまな種族を看ることができる特殊免許をお持ちの優秀なお医者さんです。
「治りますか?」
「さあてね。宇宙時代になってから千年近くたつけれど、それでも脳にはいまだにブラックボックスがあるからねえ。生命の治癒力に期待して、時間を置くしかないのじゃないかい」
博士は水槽の中でひらりとひれを翻しました。これが彼女の苦笑です。
子供のお腹がぐうと、鳴りました。
「シェフ、おやつ持っていますか?」
「常春号にはあるのじゃが……」
球体たてがみのらいよんはうなずくと、宇宙船常春号に向かってぽてぽてと歩いて行きます。そういえば、女の子をいつまでも素っ裸でいさせるわけにはいきませんね。その後ろ姿に追加で叫びます。
「シェフ、ついでに、クローゼットにあるわたくしの服も持ってきてください。ピポに頼んで」
「あいよ」
ぐう、ぐぐう
子供は不思議そうに、自分のお腹を見つめています。もう、仕方ないですね……。
わたくしはウエストポーチから
金平糖によく似たソレを、子供に与えます。渡された子供はパアッと笑顔になって夢中でむしゃぶりつきました。よほどお腹が空いていたのですね。
……って。子供子供って不便な呼称ですね。
「そういえば、あなたの名前は?」
「ボクの名前……。名前……なんだろ。オボエテない」
案の定、彼女は首をかしげます。牡丹博士が、金魚鉢を軽くかたむけました。
「親が見付かるまで、アンタが名付けちゃどうだい? 餌を与えた者は責任が生じるのサ」
「えっ、餌っ!?」
追加の
「はるか古来よりどこの星でも、食べ物を受け取った者は与えた者の客人になるんだよ。かの子供が名無しだというなら、桃花ちゃん、あんたが名前を付けておやり」
「モモ……カ?」
三角の猫耳をピンッと上げて、子供はこちらを見上げました。
「おネエさんは、モモカっていうの?」
「ええ、そうです。わたくしはアデレイド・桃花。見てのとおり愛らしく、かしこくも有能であるキメラ系アンドロイドでございます」
……お姉さんという単語は知っているんですねえ。
わたくしはこの子供をじっくりと観察します。ふむ。金色がかった深い紅梅色の瞳がまっすぐこちらを見つめているので……。
「では、あなたのことは梅……いえ、もうすこし愛らしく“小梅”で。もしもマスターたちがここにいらっしゃったならば、おそらくそう名付けたでしょう」
わたくしの瞳の色合いから、桃の字を付けたようにね。
◆ ◆ ◆
さあ出発です。
標本用の採取がたっぷりとできたため、こうなると三世はしばらく倉庫から出てこなくなります。でも今回も、マスターたちが捜している『知性がある植物』とは違っていたようですね。
「小梅は、そこの副操縦席を使いなさい」
タン=ポポが持ってきたわたくしのドレスを着た小梅は、こくりとうなずいて大きな座席に座りました。シートベルトにもたついているので、きちんと締めてやります。発着の時にはきちんとベルトをしないと危ないですからね。
ストーンエイジは、なかなか興味深い惑星でしたねえ。望んだことではないですが、思わぬ拾い物をしてしまいましたし。
ピポの操縦でエンジンが点火します。軽い振動のあと旧式のエレベーターが動き出すような一瞬の浮遊感。固形燃料のブーストからすぐに液体燃料に移行。続いてもっと強い加重によって今度は全身が操縦席の大きなシートへと押しつけられました。
離陸は成功です。
大気圏を離脱したら、ジェル燃料こと半生タイプへ主エネルギーを切り替えます。さきほどの星では補給できなかったので、そろそろどこかで燃料を買ったほうがいいでしょうね。
それに、いつまでも小梅にわたくしの服を着せておくわけにもいきません。銀髪のわたくしと黒髪の小梅では似合う色だって違いますし、ドレスではなくてもっと動きやすいシンプルなものをどこかのショッピングモールあたりで探してあげてもいいでしょう。マスターたちはお金持ちですからね。
雪だるまの炭のボタンにあたる大きな円い窓から外が見えます。周囲はみるみる暗くなり、「空」から「宇宙」へと移動していきます。
『ピポッ!』
ピポの警告音。
船体が軽く揺れて回転しました。
「わわわわわわわ」
厚い窓の外に揺れる小さな花がたくさん。いえ、花吹雪です。真っ暗な中でかすかな暖かみのあるオレンジの光をはなっているのは、形も大きさもツツジによく似た花々でした。飛乱花。その別名は、
昔は“世界の果てにある世界樹”から千切れて飛んでくるのだと思われていましたが、現代ではこの花は、この一輪で完成型であって雄株と雌株が群れて繁殖していくのだと判明しています。本体である枝葉や幹は存在しない、花だけの野生種なのです。
「綺麗だネ……」
小梅はうっとりとした眼差しを向けましたが、こちらはそうはいきません。
『ピポッ ピポッ ピポッ ピポッ!』
「なんで、こんなところに群れがっ!」
警告音が激しく響く中、わたくしは慌ててメインコントロールの操縦桿にとりつきます。
遅れてモニタも点きましたが、画像のあちこちがモザイク模様に乱れていて、片隅に並んだ数字の多くが解読不能と沈黙しています。花びらがチャフのような素材でできていて電磁波が攪乱されるために、この花吹雪の中では計器のほとんどが使えません。宇宙のサルガッソーと呼ばれる宇宙船遭難地帯の多くは、この飛乱花が大量発生する星域なのです。
この花吹雪を楽しむ新婚旅行用の乗り物は、竜種にひかせる二頭立ての馬車の形式なので、ひどい遭難事故になることはめったにないわけですが、電子能力頼りの宇宙船にとっては鬼門の自然現象です。また、タチの悪いことにこの花は宇宙ガスの気流に乗って遠くまで飛ぶため、近付きすぎるとガスの渦に巻き込まれることも多いのです。
とりあえずはこの、花を撒いた洗濯機のような流れから離れないと……。
わたくしはレバーを引きました。
おぅふ!? 横に回転しましたよ?
遊園地の乗り物のように激しく揺れる前方に、小惑星が迫り来るのが見えました。計器が目まぐるしく数字を変えます。舌を噛みそうな振動と回転で視点がぐるぐる回りあちこちの警告音がますます大きくなります。激突したくないのですが、なにをどうすればいいのか分かりません。
「アブナイ!」
叫び。
小梅は身体を伸ばして、目の前にある操縦桿を両手でひねりました。
わたくしたちの全身に仰向けのGがかかります。
小梅は片手を離し、名曲を演奏するかのように副操縦席のコントロールパネルの上をなめらかに手をすべらせ、次々とスイッチを切り替えながらレバーを動かしました。
あれっ。あれっ。
機体が軽く揺れ、常春号は身をひねりながら飛び、窓の向こうを小惑星が船の腹をかすめるようにすれ違うのが見えました。幻想的な花々の群れがぐんぐんと遠ざかります。
……いつのまにか警告音は止まっていました。
もう、回転も揺れもしていません。
「ヨカッタ。怪我はないかな? モモカ」
ふうっと息をついた小梅が、副操縦席から振り返って微笑みました。
こうして我らが宇宙船常春号は、長年の懸案だったパイロットを、ついに手に入れたのです。
◆ ◆ ◆
余談をいくつか。
おしゃべりな食人花の標本をいくつか刑務所にいるマスターたちに送ったところ、それを利用して短期型の万能翻訳剤を開発し、彼らはさらにお金持ちになりました。――まぁ、稼いでも稼いでも賠償金や保釈金でふっ飛んでいくような人生をおくっていらっしゃるわけですが、喜ばしいことです。
ストーンエイジで縛っておいた白クマのアカザのことを、倉庫に仕舞ったままで数日ほど忘れていたのはささやかなことです。
そして。
惑星ストーンエイジはこの日からたった十数年後に宇宙連合に加入することとなりました。
あらゆる言語をあやつり交渉する、オレンジがかったサーモンピンクの髪の人々。――ええ、そうです。黄緑グラデーションのメジロ色の髪ではありません。
しかし褐色の肌を持ったその顔立ちは、真ん丸で素朴などんぐり眼に、サウスパークでクロマニヨンでミックス系柴犬のような可愛らしさ。見ただけで再現できるほどに模倣が上手で器用で、代表者の顔には星形の大きなあざがあります。
キャプテン・モリは、
「エリシア・クロロフィカを知ってるかな、アリス桃」
と、わたくしにおっしゃいました。
……キャプテンとレディだけは、わたくしの名前を「桃花」ではなく「桃」と、おっしゃいます。まぁ、そもそも「アリス」ではなく「アデレイド」ですしね。
「緑色の、光合成するウミウシでしたよね」
「うむ。あの木の葉かキャベツのようなウミウシは、実は産まれた時から光合成で生きられるわけじゃないのだ。小さな頃は藻を食べて育ち、葉緑体を取り込みつくして全身がグリーンに染まったところでクチが消滅する。あとは、藻から奪った葉緑体を使って、光合成だけをして生きていくようにできているのだよ」
わたくしたちが見つけたあのオレンジがかったサーモンピンクの蕾は、マスターたちによって“
心を読み取って、何もかも言い触らしすぎですから。
そして、ストーンエイジの人々は「まるで、こちらの気持ちを読み取ったかのよう」に反応し、また、その恐ろしいほどの吸収力から、ひっそりこう呼ばれています。“
……ええっと。べつに。彼らの文明が急速に発展したのは、普通によくある時代の流れというものですよね? わたくしたちのせいではありませんよね? ……あの読心植物は、もともとあの星にあったものですし。
星形のあざを持つ少年が映ったニュースを眺めながら、白クマが渋い声で呟きました。
「こいつは、少しばかりプロメテウスったかな」
「だっ、誰のせいですかああああああああああああああああああっ!」
彼の頭部目がけてハンマーを振り下ろしたのも当然ですよね。
【本日の成果】
名称/学名●おしゃべりな花/ララーフロース
採集場所●惑星ストーンエイジ
特徴●食人植物。食べた相手の思考を読み込んで言葉にする
すてきな宇宙船常春号2 ~ おしゃべりな植物採集 ~ ◎◎◎(サンジュウマル) @0_0_0
★で称える
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