第24話 『嵐は去って』


 急に静まりかえってしまった楽屋ロビー。上森はホッと息をついた。


「あらあら、コウジったら警察のご厄介やっかいになるのかしら? 不肖ふしょうの息子だねえ。まったく誰に似たんだか...」


 そう老婆の声がすると、控え室から小笠原が現れた。今日の小笠原は公演の役柄に合わせて若々しいライトグリーンの服を着ている。


「ああ、小笠原さん、お疲れさまです。今日の舞台はよろしくお願いします」


 上森が軽く頭を下げると小笠原は微笑みながら言った。


「控え室で一部始終聞いていましたが... まあ、ご苦労様でした。それにしても小野寺さんは社長だったんですか? 初耳です」

「いえいえ〜、小野寺さんは社長じゃありませんよ。会社の登記上の社長はちゃんといますし、小野寺さんは芸名の三枝として役員になっています」


「シゲル君は社長って言ってませんでした?」

「ええ、彼らはね... でも私たちは一度も社長なんて言っていませんよ。役員とは言いましたけどね... みんな彼らの思い込みですよ」


「ハァ〜、なるほど。それでは彼らが騙されたと言っていたのは大丈夫なんですか? 小野寺さんが逆に詐欺で訴えられたりとか...」

「それもあり得ませんね。彼らが騙されて買わされたと言っていた南京錠は、80万円で売ったのではなくて、投資家へのプレゼントとして『使ってもよし』『飾ってもよし』『売り飛ばしてもよし』という事でお送りしているんですよ。それは何度も説明しているのに、彼らが『勝手に80万円で売りつけられた!』と勝手に勘違いしていたわけですね」


「なるほど〜!」

「それに電話オペレーターの野口さんにも確認しましたが、仮に『商品を買わされた』と誤解されていたとしても、会社の方で『クーリングオフ制度を利用するか?』と何度も確認しているんですが、これも彼らが拒否したんですよ」


「ヘェ〜、そうだったんですかぁ...それを『騙されて買わされた』と、勘違いして怒鳴りこんで私服刑事さんの前でオレオレ詐欺の話をして自爆してしまったわけですね?」

「そういう事ですね」


「よくタイミング良く私服刑事さんが来ていたものですねえ?」

「ええ、最近はストーカー事件が頻発ひんぱつしていますからねえ。特に小中規模の劇場は、お客さんとの距離が近いだけに警備をどうするか? は難しい問題なんですよ。ですから、今日もその件について警察の方と相談していた所だったんですよ。今日は警備のリハーサルも兼ねて会場周辺を警官の方々がチェックしていてくれましたから、犯人逮捕も手際よくできましたしね」


「フ〜ン、なんだか仕組まれたストーリーみたいですね。偶然ですか?」


 上森はニヤリと笑いながら、


「いやいや〜、全くの偶然ですよ〜! 彼らの所に荷物が届いた時間も、彼らが怒ってここに登場する時間も、そこにたまたま私服刑事さんがいたのもね! 天の配剤とでも言うんでしょうかねえ?!」


 と、ウィンクした。


「ハァ〜、悪い事は出来ないもんですねえ!」

「まったくです。それに、斯波さんが調べた感じでは、彼らには余罪がかなりありそうですから、しばらくは出て来れないと思いますよ」

「余罪もありそうなんですか?!」


「ええ、明日あたり所轄しょかつの警察署に差出人不明の『M-175』って書かれたファイルとか『S-104』『E-005』『K-313』ってファイルとか、ついでに指紋付きの赤いバッグも届く事になるかもしれませんしね」

「まあまあ、怖い事ですわぁ! 私がぁ、孫にぃ渡すお金を入れたバッグのようですよぉ?!」


 小笠原は老婆の声で笑いながら言った。その時、劇場内には1ベルの音が鳴り響いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「さて、そろそろ本番の時間です。小笠原さん板付ですよね? 準備お願いします」

「はい、わかりました。それでは」




 小笠原がステージの方へ歩いて行くと、別の一団がドヤドヤと控え室から出て来た。


「あ、上森さん、おはようございますにょ!」


 挨拶して来たのはお笑い系声優を目指すキラウラコンビのキラ。


「やあ、キラさんウラさん、今日はよろしく! 先日のお笑い声優王選手権はいかがでした?」

「大丈夫だったにゃ! 私たち本選に進みましたから、応援してくださいね!」


 今度はウラがそう言うと、遅れて来た女の子が挨拶した。


「あ、上森さん今日はよろしくお願いします〜!」

「ああ、リコさん、今日は入学最初の体験ガヤの出演頑張ってくださいね」


「はい、頑張るし〜... あ、いけない、この言葉使いを治すのが最初の課題だって先生に言われてるんですよね!」

「大丈夫だにょ! 私たちなんてもっと凄い言葉使いだにゃ!」


「ハハハ、リコさんキラウラコンビの真似しちゃダメですよ!」

「上森さんヒドイにゃ〜! 今日はね、リコちゃんが産まれて初めて『通りすがりの人:その1』をやるんで、私たちも一緒に通行人として歩くんですよ。リコちゃん頑張ろうね!」


「はい! 幕が上がったら、みんなで歩いて行って、舞台の真ん中に倒れてる人を見て『え?』って言うんですよね」

「そうそう。歩き〜の、止まり〜の、ビックリ〜の、『え?』ね!」


「ああ、緊張しちゃう、私ガンバります!」

「そうですよ、頑張って我が白三プロの看板声優になってください!」


「ハイ! 舞台が終わったらオバアチャンにも電話して伝えなきゃ!」


 リコがそう答えていると、後ろから巨匠こと黒木がやって来た。


「オ、今日初ガヤ参加の新入団員さんだね? 頑張ってね」

「は、はい! 私、頑張ります!」


「巨匠、今日は普通のスタイルですね?」


 上森がにこやかに言うと、


「そうなんだ。今回の舞台は珍しく酔っ払いじゃなんだよなあ」

「黒木先生はいつも酔っ払いなんですか?」


 リコが目を丸くして聞く。


「ハハ、時々、浮浪者のカッコをして女子高生に絡んだりとかね、あ、それはこっちの話!」


 会場からは、本ベルの音が聞こえて来た。


「さあ、みんな行くよ。今日の舞台も良いものにしような!」


 巨匠は、そう言うとリコたちの肩に手をかけて押しながら、ステージに向かって行った。

 上森はステージに向かうみんなの後ろ姿を見送りながら小声でささやいた。


「さあ、ガンバッテ!」


ーーーーー ありがとうございました/MikBug ーーーーー

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