第23話 『シゲルの人格が崩壊して来る予想』


 上森がまたしても、ちょっと小馬鹿にしたような言葉使いをすると、シゲルは段々と顔色が赤から青に変わり、なんだか半ベソをかいたような表情になってきた。


「だ〜か〜ら〜、そうじゃなくってだな〜! 人の話聞けよ、オメエはよ! な? オレの話聞いてください、お願いします!」

「はあ、聞いていますよ!」


「だからね、ボクちゃん悪いオジちゃんに騙されちゃったのね! そのオジちゃんが、今ここに来てるらしいから、チョメチョメちて欲ちいの! 分かったか! テメ、コノ!」


 シゲルはほとんど人格が崩壊ほうかいして来たようだ。たまりかねたショウが割って入る。


「せ、先輩。つまりあのオッさんの会社は鍵を作ってる会社で、それが東南アジアにも hamazon のネットショップで輸出されて評判が良いって事じゃないっすか?」


 ショウがそう言うと、シゲルの表情は再び怒りに戻った。


「だから何だってんだよ!」

「あ、だからそれって、レストランでもオレらに言ってた事のような気が...」


「なんだオメエは、オレに文句つけようってのか?」

「まあまあ、シゲルさん。三枝さんは嘘をついたりはしないですよ。リアルな鍵の会社で成功して、IT の hamazon を使って東南アジアでも売り上げが好調なのは事実ですし、現在投資を募って業務拡大中なのも本当ですし... 何が問題なのでしょうか?」


 相変わらず冷静な上森の発言にシゲルは錯乱状態で言葉を発する。


「問題大ありだっつんだよ! とにかく三枝を出せ! 出してくださいよ! ね? 悪いようにはしないからっ! 痛くしないしっ! んッチュ!」

「三枝さんは、こちらに来ているわけですから、ここでお待ちいただければ、よろしいんじゃないんでしょうか?」


「んな、カッタリイ事やってられっかよ!」


 シゲルはそう言いながら、近くにあった衣装箱を力一杯蹴った。

 『ド〜ン』という物凄い音に周りの人たちが驚いて振り向いた。


「お、おい、シゲル落ち着けって!」


 アキヒコが後ろからシゲルの肩に手をかけたが、シゲルはそれを振り払って、


「るせぇんだよ、アキヒコ!」


 と、アキヒコにも食ってかかりそうな勢いだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『なんか、言っちゃったんですけど...』:



「せ、先輩、マズイっす。大人しくしてくださいよ!」


 さすがのショウも止めに入ったが、シゲルの怒りはさらに増してしまった。


「アァ? ショウ! 文句あんのかよ? お前らは黙ってオレの言う事聞いてりゃいいんだよ!」

「ウ、ウィス...」


「今までの仕事だってそれで上手く言ってただろうが!」

「だけど、今、こんな事になっちゃってます」


「ハァ〜? だからそれは三枝が悪い奴で、オレらを騙したからだろうがよ!」

「でも、先輩話しちゃんと聞いてなかったじゃないっすか!」


 三枝に文句を言いに来ているはずが、いつの間にかシゲルとショウの言い合いになって来た。


「何をオメエ何様のつもりだ! いつもこのオレ様が仕事を決めてオメエらに良い思いさしてやってんじゃねえか! わかってんのかよ?」

「で、でも先輩がやってるのは電話かけるだけじゃないっすか! 金を受けるのとか、出し子のヤバイ事は全部オレかアキヒコさんにやらして...」


 ショウはここまで言うと、ハッと気づき口をつぐんだ。アキヒコが小声で、


「お、オメェな... マズイってそれ...」


 と言ってマゴマゴしていると、今まで上森の横で呆気あっけにとられながら、事の成り行きを見守っていた黒い背広の男がシゲルに話しかけて来た。


「すみません、ちょっとお話を伺わせていただけますか?」


 シゲルは目の前に来た男を払いのけようと、


「るせえな、なんだよ? オレは今、三枝って男を探してんだよ。オメェにゃ関係ねぇだろうが!」


 と男の肩をドンっと押した。男は不意を突かれてバランスを崩し、後ろに倒れ込んで左腕を強打した。


「ッツ...」


 シゲルは勢いづき、


「ヘッ! ざまあねえな、ひっくり返りやがって!」


 と言いながら、さらに男を足蹴にしようとした。

 慌てたアキヒコとショウが、シゲルを後ろから羽交い締めにして止める。



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『はっ倒した相手の正体は?』:



「お、オイ、シゲル、落ち着けっての! 関係ない人を蹴っちまったりしたらマズイっての!!!」

「フンッ!」


 シゲルは怒られた子供のようにそっぽを向いてしまった。


 倒れこんだ男は顔をしかめながら立ち上がると内ポケットから何か取り出し、それを自分の前にかざして言った。


「私はこういう者です。今の話、詳しく聞かせていただけますか?」


 男が上下に広げた手帳のような物には、英語で『POLICE』と書かれ、本人を証明する写真が貼られていた。


 それを見たシゲルは一瞬で顔色が変わり凍りついたようになった。

 後ろにいたアキヒコとショウは、驚いた顔をすると『ハァッ』という声とも息ともつかない音を残してすぐに後ろを向き、もの凄い勢いでドアを押し開けると、部屋を飛び出して逃げ出した。


 男はすぐに走り出し二人を追おうとしたが、ドアを開けるとすぐに立ち止まり、腰につけた無線機のマイクを手に取って、


「不審者2名が逃走、緊配願います」


 と、言いながらドアの外に出て行った。


 ひとり取り残されたシゲルは、顔面蒼白がんめんそうはくのまま脂汗あぶらあせをかき、銅像のように固まったまま佇んでいる。しばらくすると男は2人の警官と共に楽屋に戻ってきた。


「上森さん、とんだことになり、お騒がせしました。逃げた二人は緊急手配しましたから、すぐに捕まるでしょう」


 男はそう言うと後ろを振り向き、


「君、すみませんが署の方にご同行願いますよ」


 と、ピクリともしないシゲルに告げた。

 すぐに二人の警官がシゲルの両腕を押さえ込むと、抜け殻のようになったその体を引っ張るようにしてドアの外に連れ出して行った。


 一息ついた男が上森に言う。


「いやはや、こんな場面に出くわすとはね。やはり上森さんのおっしゃるように、小〜中規模劇場での警備態勢については、お互いに検討する必要がありますね」

「ええ、全くです。ファンとの距離が近くなった昨今のエンターテイメント業界の新しい課題ですね」


「後日、新たな場を設けて検討会を開きましょう。とりあえず今日は失礼します」


 男はそう言うと、敬礼をして楽屋ロビーから出て行った。

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