第十四話 時計塔

次の日。卒業式は卒業生27人。誰一人欠席することなく行われた。そして翔は両親の所へ戻り、東京の高校へ。千春はふるさとを離れ、全寮制の高校へ。

二人が進学してから半年が経ち、ついに時計塔が取り壊される日が来た。平日と言うこともあり卒業生の姿は無かった。二人を除いて。

「これで時計塔も見納めかぁ」

「翔君!?」

「千春?何してんだよこんなとこで」

「そっちこそ。平日よ、今日。学校は?」

「お・・お前はどうしたんだよ」

「私はどうしてもって親に頼んで学校と寮に外出許可を出してもらって・・そっちは?って言うか制服だよね、それ」

千春は僕の服装を見て言った。

「お・・俺は朝普通に家を出て駅へ行って、貯めてた貯金をはたいて新幹線に乗ってきたんだ。」

「つまりズル休み?」

「まぁ、広く世間一般的に言うとそうなるかな」

僕は頭をかきながら答えた。

「どうしてそこまでして来たのよ!」

「この間卒業アルバムが届いただろ。そこに時計塔が解体されるってのが載ってて、何故かどうしても行かなきゃ行けないと思ったんだ。そっちは?」

「私も同じ。時計塔が壊されるのを知ったら、何か大切な約束を忘れているような気がして、それがここに来れば分かるような・・」

二人で話していると作業員がやってきて

「このあたりも規制かけるからもっと離れて」

と言われ、時計塔から離れた。結局なんでここに来なきゃいけなかったのか、何か誰かと大切な約束をしたのか、思い出せないまま目の前で進む解体作業を見ていた。

時計塔は発破解体されるらしい。日本では珍しいが、周りに何も無い場所なら、ヘタに重機や作業員が入るよりも安全に壊せるということだ。現場監督みたいな人が集まった人たちに説明してくれた。やはり日本で発破解体が珍しいからか、結構な数の見物人が集まってきた。

「いいのかな?このまま壊しちゃって」

「でも俺たちにはどうにもできないし」

なんとなくではあるが、心の中に罪悪感のようなものがあった。いや、悲しみ?せつなさ?何に対しての?そんな葛藤をしている僕の横で千春も僕と同じような顔で何か考えている。たぶん同じことを考えているのだろう。

「それではカウントダウンを始めます」

現場監督らしき人が出てきて拡声器を使って言った。10・9・8・7集まっている人たちも加わってカウントダウンが始まった。二人は複雑な気持ちで見守る。3・2・1・どーん。轟音と地響きの後、時計塔はその形を保ちながらゆっくりと真下へ向かって崩れていく。素人が見ても大成功だと分かる。その時計塔が完全に崩れ落ちた瞬間、なにか光の線のようなものが時計塔であった瓦礫の中から空に向かって昇っていった。

「なに?いまの」

「なんだろう、わからない」

二人が周りを見渡すと他の人たちの反応は崩れた塔のことばかりで、不思議な光を見たのは翔と千春の二人だけのようだった。

「あれ、なんでだろ?」

そう言いながら千春は自分の目から流れ出る涙をぬぐっていた。翔も胸が熱くなり、涙ぐんでいた。しかしそれが何に対しての感情なのか分からない。 

「ちょっと歩こうか」

翔の提案に対して千春は

「うん」

とうなずいた。二人はそこから見える母校へ向かって歩き出した。時計塔があった場所は小高い丘になっている。丘を降りるとプールと校庭があり、一番奥に校舎がある。プールの横の道を歩き、校庭に入る。体育の時間じゃないのか校庭には誰もいない。もしくは発破解体に備えて中止にしたのか、そんなことを考えながら歩く。

なんとなく校舎の周りを歩いていて、音楽室の近くに来たとき、バッヘンベルの「カノン」が聴こえてきた。音楽の授業中だろうか。

「カノン・・・」

何か思い出せそうな気がして千春が立ち止まる。翔も同様に

「カノン・・カノン・・」

と思い出そうとする。数分間そうしていると千春が

「図書館へ行ってみようよ」

と言った。平日の昼間に高校生の男女が母校を訪ねて来たので、先生には少し変な顔をされたが、「時計塔に思い出があって、」とごまかした。狭い図書館はそのままだった。

案内として一緒についてきた先生は

「私は授業があるから、用が済んだら帰りなさい。」

と言って出て行った。二人で狭い図書館の中を見て回る。

「こんなに狭かったっけ?」

「そうだな、本の数も少ない気がする。」

「ここでいろんな本を読んだわよね。」

「うん、それがきっかけで僕は本好きになったんだから。そうだ、あの本ないかな?」「なに?」

「千春が最初に進めてくれたアガサ・クリスティーのABC殺人事件」

「あるはずよね。探してみようよ」

二人は手分けして本棚を探してみたが、見つからなかった。

「誰かが借りてるのかな?」

「そうかもしれないけど、やっぱりおかしいわ。」

「なにが?」

「本が少なすぎる」

それは僕も感じていた。他にも自分が読んで印象に残っている本がいくつもあるはずなのに、それも見当たらない。

「ちょっと見て!」

いきなり叫んだ千春の方を見ると、貸し出し机の下からハードカバーの本を一冊取り出していた。本のタイトルの所には『一段目』と書いてあった。中をめくって見るとすべてのページが白紙だった。

「なんだ?この本。でもたしか・・」

と翔がつぶやく。

「しおりを探して!」

と千春が大声で叫んだ。その声に少しびっくりした翔であったが、確かにこの本は『しおり』とセットになっていた気がする。二人は貸し出し机の周りや引き出しの中を探した。探せるところはすべて探したのだが見つからない。するとまた千春が

「あの本かも!」

と叫んだ。

「あの本って?」

僕が聞くと、

「二人で最後に読んだ」

と千春が答えた。卒業式の前に二人で読んだ本だ。

「本棚にあるかも」

「探そう!」

二人は本棚からその本を探した。20分ほど経っただろうか。

「あった」

と千春がつぶやいた。となりで探していた僕がその声に気づいて千春のほうを見る。その本は本棚の奥に隠すように置いてあった。千春がそれをゆっくり取り出す。

両手で大事そうにその本を抱えていた千春は一度小さく深呼吸をして、

「開けるよ」

と言った。僕は無言でうなずく。ゆっくりとページをめくって行く千春。静かな図書館の中でパラパラとページを送る音だけが聞こえる。不意に千春が手を止めた。そしてそこにはあの『しおり』が入っていた。息を飲む二人。千春が震える手でしおりを取った。

そして貸し出し机のところに戻って、一段目とかかれたあの白紙の本にしおりを挟み、ゆっくりと本を閉じた。翔は千春のとなりでその様子を見ていた。千春が本を閉じた瞬間。翔は頭のてっぺんからつま先の先まで雷に打たれたような感覚を受けた。そして千春も同じ状態にあることが一瞬で分かった。千春の目からは大粒の涙が流れていた。翔も泣いていた。すべてを思い出した。図書室のこと、花音のこと、時計塔のこと、約束のこと。そして、それが記憶の中から消されていたことも。二人は無言で見つめあった。先に口を開いたのは翔だった。

「花音・・・天国へ行けたのかな?」

「いけたよ。きっと。だって私たちちゃんと約束守れたよ。あれが花音の最後だったんだね。」

僕は時計塔が解体されたときの不思議な光の光景を思い出していた。

「あぁ、綺麗だったな。」

二人が図書館を出て、母校から駅へと歩き始めた頃、すでに夕方になっていた。駅へと続く一本の田舎道、その空には綺麗な夕焼けがあった。あの時、時計塔の上から見た夕焼けのように綺麗だった。そして翔はさっき思い出したはずの花音の記憶が少しずつ消えていくのを感じた。忘れるのではない、消えていくのだ。悲しかった、切なかった。でもどうすることもできなかった。明日になる頃には僕の頭から花音の記憶はすべて消えているのだろう。まるで、昨日見た夢を思い出せないように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本の階段 @kinounoyume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る