第十三話 卒業式

明日は卒業式だ。卒業生28人、在校生53人の卒業式の準備も終わり、翔と千春が家路に着こうとすると、花音が話しかけてきた。

「時計塔に上ってみない?」

「でもあそくは鍵がかかってて立ち入り禁止なんじゃ?」

翔が答える。

「まぁそうなんだけど、私そういうのあけるの得意なんだよね。」

花音のこの言葉に翔と千春は一瞬言葉を失ったが、

「じゃあ、上れるかどうかは別としてとりあえず行ってみよっか」

と千春と花音が歩き出した。

「まぁ、行くだけなら」

と後を付いていく翔。(高いとこり苦手なんだよなぁ)と考えているうちに時計塔に着いた。入り口には頑丈そうな南京錠が付けられている。

「ほら、やっぱ無理だろ。帰ろうぜ。」

といっている翔であったが、花音は一本の針金を取り出して、鍵穴に差し込んだ。すると、物の数秒で

「カチャン」

と南京錠が落ちて、入り口の扉が開いた。花音が何も言わずに入って行く。

「頑丈そうに見えるけど古いから鍵は単純な作りなんだね。」

と千春がそれに続く。仕方なく翔も続いて階段を上がっていく。

一番上まで上がると小さな展望台のようになっていて、そこに三人で並んで外を眺めた。学校が良く見える。花音が景色に目を向けたまま話し始める。

「私、明日には居なくなっちゃうから」

その言葉に驚いた二人が花音のほうを見て、

「え!、引っ越しちゃうの?」

「引っ越すにしても卒業式当日ってのは無いだろ」

と、矢継ぎ早に質問をするが、花音は前を向いたまま

「そうじゃなくて居なくなっちゃうの」

と返した。

「私は明日になったら居なくなる。みんなの記憶からも消えている。最初から居なかったことになる。」

「そして4月になったら私は新入学生徒一緒に入学式に出て、またこの学校で3年間を過ごす。それを続けてきたんだよ。でもそれも今回で終わり。次は無い。だから最後にあの図書館の秘密を教えてあげる。でもその前にちょっとだけ、私の昔の頃の話を聞いて。」

僕たちはあっけにとられて何も言えなかった。

「私は生まれつき体が弱くて、20歳まで生きられるかどうか分からないって医者に言われていたの。だから物心ついたときからずっと入院していて、学校に行った事が無かったの。でも病院の横に大きな図書館があって、いつも外出許可をもらってそこへ言って本を読んでたの。図書館が開くのと同時に入って、お昼ご飯の時間になって看護師さんが呼びに来るまでずっと本を読んでた。それから看護師さんが持ちきれないほどの本を借りて病室に戻って、一日中本を読んでたの。」

僕は黙って聞いていた。隣で千春も真剣な顔をしている。

「私は20歳の誕生日を迎えることができた。でも、21歳の誕生日の前日に急に容態が悪くなって、ICUに入った。ICUでは左手に二本、右手に一本、右足に一本の点滴針を入れて、指には酸素計、胸には心電図、口と鼻に酸素マスクが付けられた状態だった。とても苦しかった。本が読みたかった。でも私はこのまま死ぬんだと思った。そしてそれは現実になった。奇しくも私の21歳の誕生日の日に私の命は終わった。」

僕は絶句した。隣にいる千春も同じように思っているだろう。

「私は最後に学校に行きたいと願った。だからなのかもしれない、神様が誕生日プレゼントをくれたのかな。私の魂はこの時計塔に宿って、実体化することで学校に行くこともできた。私は最初の入学式の後、すぐに図書館へ行った。そして本の少なさに落胆した。それで私はあの不思議な図書室を作った。」

花音の話すことは現実離れしすぎていた。しかし、あの本の階段の図書室に行っていた僕たちなら信じることが出来た。

「あそこにあるのは全部、今まで私が読んできた本。それを他のたくさんの人にも読んでほしかった。でも神様はそこまで許してくれなかった。あの図書室を使うことができるのは私が入学してから卒業するまでの3年間でたった一人だけ。だから新入生の中で一番本が好きな人に使ってもらうことにした。千春、あなたもその一人。でも翔が気づいてしまった。」

「じゃあ・・俺のせいで・・・」

「そういうわけでもないのよ。私も最近知ったんだけど、この時計塔、取り壊されるんだって。そうしたら私はどっち道消えちゃうし。最後にあの図書室を二人に使ってもらえてうれしかったわ。」

「そんな・・・」

千春の目には涙が浮かんでいた。

「このことは今まで誰にも話さなかった。もちろん図書室を使ってくれた人にも。だって話したところで卒業式の前に全部忘れちゃうから。でもあなたたちには話しておきたいと思った。たとえ忘れてしまうとしても、今この瞬間だけでも本当のわたしと友達になってはしかった。」

そう言った花音の目もうるんでいた。

「友達だよ。今までも、これからもずっと。」

千春が涙声で言った。

「そうだよ。クラスのみんなだって花音のことは忘れないよ。」

僕がそう言うと、

「でも、忘れちゃうんだよ。いや、消えてしまうの。私との記憶そのものが・・」

花音は無理して笑顔を作ろうとしていた。こんな姿を見るのは初めてだ。

「俺たちが花音のこと忘れるわけないだろ。」

そう言って僕はポケットに入っていた油性マジックを取り出す。

「ほら、こうすれば」

と言いながら自分の左手の甲に『花音』と書いた。

「な、これなら忘れたくても忘れられない。」

それを花音に見せながら言う。それを見た花音は笑顔のまま泣いていた。


「ありがとう。本当にありがとう。でも、もう時間みたい。」

「え!?」

「何が?やめて!」

千春が叫ぶように言った。

「さようなら。もしも、少しでも、おぼえていたら・・私の最後・・・見に来てくれると・・・うれしい・・・かな・・・・・」

「もちろんだ!」

「絶対に忘れないわ。」

千春が花音の手を握って言った。

「ほんとう・・・に・・あり・・が・・・」

一瞬何かが光った気がした。しかし、それがなんだったのかを考える前にもっと大きな疑問があった。

「あれ?俺たちなんでこんなところにいるんだ?」

「たしか誰かが時計塔に登ろうって言って・・・」

「でも二人しか居ないよな・・。誰だったんだ?ここに誘ったやつって。」

「分からないけど、とにかく帰ろう。もう日が暮れるよ」

翔の手の甲に書かれていた『花音』という文字は元から何も無かったように消えていた。しかし、二人はそれにすら気づくことが出来ない。

「きれい・・・」

見とれるような美しい夕焼け空が広がっていた。

その時、誰にも気づかれること無く、時計塔のてっぺんにある大時計の針が止まった。そしてその針は二度と動き出すことは無かった。

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