第十二話 二人の世界

高校入試の結果が出た。僕も千春も志望校に見事合格した。花音はというと当然のように地元の公立校に合格した。担任の 国沢先生は最後までねばっていたが、結局花音が志望校を変えることは無かった。3人はいつものように図書館に集まっていた。本は読まずに机を囲んで座っている。翔が口を開いた。

「ここに来るのもあと何日かだな。」

「みんな別々の高校へ行っちゃうもんね。」

千春が続ける。花音は黙ったまま何かを考えているようだった。

「どうしたんだよ、花音。いまさら上の高校にしとけば、とか考えてるのか?」

「・・・」

「どうしたの?花音さん。」

「二人に読んでほしい本があるの」

そういうと花音は『本の階段』の十段目へ僕たちを連れてきた。

「この図書室の本も名残惜しいわね・・」

千春が本棚をなでながら、言った。

「あら、千春さんの行く高校にはここの何十倍も大きな図書館があるじゃない。」花音が言うと、

「そうなんだけどさぁ、ここの本って、なんていうか私の趣味と合うのよね。」

花音がうれしそうな顔で聞いている。

「なんていうんだろう、ここの本は、あたたかいんだよ。きっと・・」

千春の言葉をうれしそうな顔で聞いていた花音は

「それじゃあ、最後の本を読んでくれるかしら。」

と言って、本棚の奥から一冊の本を取り出した。その本は見たことのない本で、ラベルには数字ではなく『End』とだけ書いてあった。

「この本を、二人で読んでほしいの。」

花音はそう言ってぼくたちにその本を差し出した。本を受け取った千春は

「私も読んだことのない本ね、じゃあまず私が読むからその後に・・」

さえぎるように花音が

「二人で一緒に読んでほしいの」

と言った。

一瞬ドキッとしたが、花音が真剣な目をしていたので、二人は確認するように一度顔を見合わせてから、うなずいた。

「それから、絶対に卒業式の日までに読み終わってほしいの。」

花音は続けた。

「私は大丈夫だけど、翔君は?」

「大丈夫・・だと思う」

それから3人は図書館に戻り、

「私は邪魔になるといけないから。」

と花音が先に帰った。

僕と千春は隣り合うように椅子に座って、机の上に本を広げる。僕が、千春にも見えるように二人の真ん中で本を開いた。千春の読む速さは僕よりも早いので

「翔君のペースでめくってくれていいよ」

と千春が言ってくれた。

「なるべく早く読むから!」

と気合を入れたところで、いよいよ読み始める。

二人で一緒に本を読む。頭の中に作り上げられる、本の中の世界は違うのかもしれない。同じ文章でも僕が思うのと、千春の思うのとは同じではないからだ。そうして作られていく本の中の世界。それが読む人一人ひとり違うのは当然のことだ。だからなのかもしれない、僕が今まで千春と一緒に本を読んでいた時に感じた孤独感は。

でも、今は違う気がする。僕と千春は今同じ本を一緒に読んでいる。それが僕たちを一つにしてくれているような感じがした。とても暖かい、良い気持ちだった。

「翔君、寝てない?」

急に言われて僕はハッとした。

「どうしたの?」

「ちょっと考え事してた」

「疲れたなら今日はもうやめにしようか?」

千春が少し心配そうに聞いてきたが、

「いや大丈夫」

と言って、また本を読み進めた。

結局僕たちは卒業式前の数日前にその本を読み終わった。といっても、千春が僕のペースに合わせてくれたからであって・・

久しぶりに3人で図書館に集まった僕と千春に、花音はほんの感想を聞いてきた。やはり僕と千春の作り上げた本の中の世界は違ったようだ。千春の感想を聞いていれば分かる。と言うか千春は本に書かれている文章からここまで深く読み解くのか。花音も同じようで千春と意気投合している。到底僕が口を出せるレベルじゃない。

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