第十一話 恋

三人はその後も放課後や昼休みには図書館に集まった。そして一緒に本を読む。放課後は毎日夢中になりすぎて、下校時刻になっても気づかないことが多い。そのたびに担任の国沢先生が

「早く帰れ~」

と見回りに来る。そして、

「受験勉強もしろよ!」

と皮肉を言われることが日常になる。花音とは今まで通り学校の校門で別れた。花音はいつも二人が見えなくなるまで手を振ってくれた。

「花音さんとも一緒に帰りたいのにね」

「花音が嫌がってるみたいだからな。こっちから誘っても・・」

「でも、私たち友達だし。」

(以前の千春だったら考えられないことだな)と僕は思った。僕が転校してきた頃の千春は、花音と距離を置こうとしていたから。

「そうだな。明日誘ってみるか。」

僕が言うと

「うん。」

と千春がうれしそうに答えた。

翌日、花音に

「一緒に帰ろう」

と誘ったら以外にもあっさりOKした。

「花音の家ってどっちだ?反対方向なら俺たちが途中まで付き合うけど」

「大丈夫、こっちよ」

と花音は僕たちが帰るほうを指差した。

「だったら今までも一緒に帰ればよかったのに。」

千春が少し怒ったような口調で言う。

「ごめんなさい。恋する二人の邪魔をしたく無くて」

「え!?」

「恋って!?」

すっとんきょうな声を出す二人。

「あら、違ったの?でもすごくお似合いよ。」

「違う、違う。そんな関係じゃないって。」

(明確に否定されると、ちょっと傷つく。頭にきた)

「翔君さえよければだけど、迷惑だよね?」

(許す)

「千春のことは、好き・・かな。」

「かなって何、かなって!」

予想外の反応に僕は

「すっ、好きです。」

言ってしまった。恥ずかしい。穴があったら入りたい。そしてその上から生コンで・・

「ありがとう」

「こ、これからもよろしく」

赤くなって向かい合う二人は、

「やっぱり私、邪魔でしょ。」

と言う声で思い出した。今日は二人ではないことに。

「というわけで邪魔者はこの辺で。」

と花音はうれしそうに横道に入ろうとする。

「おい、花音!」

「花音さん」

二人は急いで追いかける。が、見失ってしまった。こういう時の花音は早い。

「どうする?」

「帰ろっか」

「花音は?」

「明日会ったら許さない。」

千春の目が本気で怖かった。

次の日、学校に着くなり千春は花音と何か言い合っていた。(何であんなこと)とか(恥ずかしい)などのワードが聞こえたが、僕は僕で昨日千春に告白をしてしまったわけで、流れとはいい、なんともいえない感情を抱えていた。

その日の昼休み、いつものように図書館へ行こうとする僕を千春が呼びとめた。そして、

「今日こそは花音の家を突き止めるからね。そうでもしないと・・・」

「え?」

「なんでもない!」

千春が提案してきたのは、花音の後をつけるというものだった。二人は花音に

「今日は先に帰る」

と言って、いつもより早く図書館を出た。そして昇降口に隠れて花音が来るのを待つ。

10分ほど待っていると花音がやってきた。僕たちには気づいてない様子だ。

「追うわよ。気づかれないようにね。」

千春は妙にヤル気だ。

花音はそのまま靴を履き替えて、校門へ歩いていく・・と思っていたのだが、

「あれ!?ちょっとまった」

「しっ、聞こえるでしょ。」

「でもあっちは・・」

花音が歩いていったのは校門とは逆方向の校庭の方だった。

僕たちは疑問に思いながら花音の後姿を見送る。さすがに校庭では隠れるところもないし、尾行はできない。しばらくすると花音は校庭を歩ききり、時計塔のある丘へと続く道へ入っていった。

「あっちからも出られたっけ?」

僕が聞くと千春は

「出られることは出られるけど・・えらく遠回りになるわよ。」

と答えて、花音の後をおって走り始めた。僕も千春の後について走った。時計塔の周りには木が茂っていて、道は一本道。丘を登り、頂上の時計塔を通って、下り始める。道はくねくねと曲がっていて、先の不はよく見えない。

「いた!」

千春が押し殺す様な小さな声で言った。時計塔の手前で花音の後姿が見えた。

二人で、花音に気づかれないようについていく。花音が時計塔の陰に隠れた一瞬のことだった。僕たちが花音を見失ったのは。千春は

「時計塔の中に入ったのかもしれない」

と入り口を調べていたが、

「ダメ、鍵がかかってる」

とあきらめた。

時計塔の周りは小さな公園のようになっていて、景色が良く、ベンチがいくつか置いてあった。僕はそのうちの一つに座った。

「千春、来て見ろよ。綺麗だぜ。」

「ホントだ!」

それに気づいた千春はうれしそうに言った。

薄い夕焼けの中に見える古い家や田んぼや畑。昭和の時代にタイムスリップしてしまったような不思議な感じのする、そして綺麗な風景に二人は見惚れていた。

「翔君に読んでもらいたい本があるんだけど・・・」

千春が少し恥ずかしそうな顔でカバンから一冊の本を取り出した。

「これを、僕に・・」

「そう、私が今まで読んだ中で一番好きな本。」

「どんな内容?」

「読んでからのお楽しみ」

千春は楽しそうに笑う。

「翔君にも読んで感想を聞かせてほしいの。」

今度は少し照れながら本を差し出す。

「分かった」

と言いながら僕はその本を受け取った。

そして念を押すように

「必ず読むよ。約束する。」

と言うと、千春は

「うん。」

とうれしそうな顔を見せた。

・・時計塔の上に花音の姿があった。大時計の下の、展望台になっているところから下のベンチに座っている二人をじっと見ていた。


次の日、僕たちが教室に入ると、花音が楽しそうに近づいてきて、

「昨日は楽しそうだったわね」

と笑った。

「え!?」

「は!?」

僕と千春は同時に驚いた声を出す。

「時計塔の下のベンチで、何か約束してたわね。」

「何でそれを知ってるの?」

「ごめんなさい。ちょうど見えちゃったのよ。」

「見えちゃったって、あそこには誰もいなかっただろ。それにあの後どこへ言ったんだよ!」

「あの後って?」

意地悪そうに聞く花音。

「・・・」

言葉に詰まる僕。

「ばか」

と千春が小声で言うのが聞こえる。

「そういうことだから、昨日のことはこれでチャラね」

花音が微笑む。何かを悟ったような顔の千春は、

「分かったわよ。もう詮索しないから。」


いまさらではあるが僕は、花音が普通の人間じゃないということに少しばかり恐怖を感じた。千春が最初に花音を怖がっていた時、千春もこんな気持ちだったのかもしれない。そう思うと妙に親近感が沸いた。


その後も3人の関係は変わることなく時は流れた。相変わらず図書館に集まり、本を読み、おしゃべりをして、下校時間になると花音をおいて二人が先に帰る。といっても受験が近くなり、翔や千春は本を読むよりも受験勉強をしに来ているのだが、相変わらず花音は本ばかり読んでいる。花音の成績は学年(といっても28人だが)トップだ。あと少しがんばれば一つ上の高校へいけると、担任の は花音の顔を見るたびに言っているのだが、当の本人にその気は無く、今日も本ばかり読んでいる。

「花音ってさぁ、頭良いんだからもっと上の高校行けばいいのに。もったいないよな。」

「上の高校って?」

「○○高とか、△△高とか。」

「私は本が読めればそれでいいの」

「でも、大学はどうするの?○○高ならそのまま○○大の文学部へ入れるかもよ」

千春が割って入った。

「そうね。でも私はここから離れるわけにはいかないし・・」

そう言ったきり黙ってしまった花音の顔は『その話はやめて』と言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る