第十話 図書室
「ちょっと狭いけどこっちに座って」
花音に言われて座ったのは貸し出し机と後ろの壁との間だった。
「ここに本があるでしょ」
貸し出し机の下に、隠すようにして10冊の本が並べてあった。
「何でこんな所に。っていうか、なにこのタイトル!」
その本は真っ黒でタイトルは一段目、二段目、三段目といった具合に10段目まで順番に並べれていた。
「一段目って・・何の本よ」
千春は一冊を手にとって見た。本は表も裏も真っ黒で何も書いてないし、中のページをめくって見ても白紙が続いていた。
「なにこれ。もしかしてお絵かき帳とか?」
でも、そんなものを見せるためにここへ呼んだとは考えにくい。
「これが何か分かる?」
花音が持っていたのは本のしおりだった。なんてことの無い、普通のしおりに見えた。
「ふざけているなのなら本当に帰ります!」
私は語気を強めて言った。
「いいからその本に挟んでみて」
花音がしおりを手渡してきた。仕方が無いので持っていた本の適当なページをめくってしおりを挟み、本を閉じた。
その瞬間、一瞬目の前が暗くなった。様な気がした。しかし目の前に映っているのは今までと同じ、せまい図書館の本棚だ。
「それで?」
私が聞くと花音は
「本棚を見てみて」と言った。
「昨日見たわ」
私は少しイライラしながら答えた。花音が何をしたいのかまったく分からなかったが、しぶしぶ本棚をのぞいた。
「!?」
本棚の中は昨日のそれとは別物だった。私が読んだことの無い、そしていかにも興味を引くタイトルの本が並んでいた。地方の図書館には置いてない、貴重な本まであった。
「いつの間に入れ替えたの?」
私は驚いて花音に聞いた。
「すぐに説明してあげるけどその前に、読みたい本はある?」
私は一通り本棚を見渡して、
「全部」
と答えた。花音は
「みんなそう言うわ」
と微笑みながら、とりあえず今日読みたいのは?と質問を変えてきた。私が目移りして決めかねていると、花音は
「これからは毎日だって来れるわよ」
と笑いながら
「下校時刻があるから早めに決めてね」
と腕時計を見ながら言った。私はかばんに入れて持って帰れる分の本を選び、貸し出しカードに書き込んだ。そして
「終わったわ、帰りましょう」
と図書館の出口のほうへ歩いて行くと
「まって」
と花音にとめられた。ドアの前で私は振り返り、花音の方を見た。
「そこからは出られないの」
と花音が言った。
「でも、出口はここだけよ」
私が返すと
「そのドア、開かないでしょ」
と花音が言うので私はドアを開けようとした。
「!?」
びくともしなかった。確かにここから入ってきたのに。さらに驚いたのがガラス越しに見える外の廊下だ。というか真っ暗で廊下があることすら分からない。
(本を選んでいる間に夜になった?それで廊下の電気が消されて、図書館にも鍵がかけられた?)そんなはずは無い。下校時間を過ぎたのなら先生が見回りに来て図書館の中も確認するはずである。私たちがいるのに鍵をかけるわけが無いし、図書館の電気はこうこうと付いている。それに図書委員の私は図書館の鍵を渡されている。鍵穴に差し込んでみたが鍵は回らない。
「どういうことなの?」
一通りの思考を終え、結論が出ないと判断した私は花音に聞いた。花音は
「今日はもう遅いからその話は明日ね」
と何事も内容に微笑んでいる。
「明日って、これ、帰れるの?」
不安そうに聞く私に花音はこっちこっちというように手招きをした。促されるままに花音のいる貸し出し机のところへ行く。花音は手に黒い本を持っていた。さっき私がしおりを挟んだ本だ。その本を私に渡すと
「しおりを抜いてみて」
と花音が言った。私は言われるがまま本からしおりを抜く。また一瞬目の前が暗くなったような感じがした。本としおりを持ったまま立ち尽くしている私に花音は
「本は読み終わったら元あったところに戻して、しおりはあなたが持っていて。決して無くさないようにね」
と言って、また微笑んだ。私が言われたとおり本を戻すと
「もう遅いから帰りましょう」
と言って花音は出口へ向かう。ドアに手をかけるとゆっくりと開けた。私が驚いて出口まで走っていくとその向こうに見覚えのある廊下が続いていた。花音がそのまま帰ろうとするので私も後を追う。不意に花音が立ち止まり
「鍵はいいの?」
と私に聞いてきた。(図書館の鍵のことだ)私は鍵をかけ忘れていることに気づいて振り返ってドアの鍵を閉める。そしてもう一度振り返ると、そこに花音の姿は無かった。夢を見ていたのか、それとも狐にでも騙されたか。呆然と立ち尽くしていた私はふっと我に帰ってかばんの中を確認して見た。かばんの中には私が選んだ本とあのしおりがしっかり入っていた。
その日、私は家に帰っても本を読む気にはなれなかった。帰り道でもずっと今日起きたことを考えていたが、何がなんだかさっぱりである。結局、明日花音に聞いてみるしかないという結論に至り、今日はもう寝ることにした。しかし明日、花音が学校に来る保障は無い。もしかしたらもう二度と来ないかもしれない。
翌日、私はいつもより30分も早く学校に着いた。こんな時間では教室に誰もいないだろうと思いながらトアを開ける。花音がいた。自分の席に座っていた花音は私に気づくと手招きをしてきた。それに答えるように花音のところへ歩いていく。
「何から聞きたい?」
と、花音が聞いてきた。
「全部」
私が答えた。すると花音は立ち上がり、
「図書館へ行きましょう」
と言って歩き出した。図書館に着くと二人は、机をはさんで向き合う形で座った。
「まず、何から話しましょうか?」
花音が微笑む。
「昨日のあれは何?」
「あれは本の階段」
「本の階段?」
「そう、その中にある私の図書室」
「あなたの図書室?図書館じゃないの?」
「ここは学校の図書館。昨日行ったのは私の図書室。」
「どうちがうの?」
「図書室には私の選んだ本しか置いてない」
「あなたが選んだ?」
「そう。私が読んで、良い本だと思った。他の人にも読んでほしいと思った、そんな本を集めたのが図書室」
私は言葉の意味は理解できたが、内容が理解できなかった。
「もう一度行って見ましょうか。」
と花音が言った。
「それで、ここは一体どこなの?」
「そうねぇ、3次元と2次元の間の世界ってとこかな」
「!?」
「3次元って知ってるわよね」
縦と横と奥行きのある、私たちが住んでいる世界のことだ。それくらい私でも知っている。
「知ってるわよ」
「じゃあ2次元は?」
「奥行きの無い、縦と横だけの世界だわ」
「そうね、じゃあ本はどうかしら?本は私たち3次元の世界のものよね」
「それはそうでしょ」
「じゃあその本の中に書いてある文字は?」
文字?。紙に書いてある文字。それはまさに2次元だ。
「2次元ね」
「じゃあ、それをあなたが読んだら?」
私が本を読んだら?私の中に世界が生まれる。私が読んだ本の世界だ。それは紛れも無く3次元の世界である。
「3次元・・」
私が答えると
「そうね。正解」
と花音が笑った。
「つまり本っていうのは2次元と3次元の間にあるの」
わかったようなわからないような感じだった。
「分からなくてもいいわ。ただこういう風に本を隠すにはこの場所はもってこいってわけ」
「最後に一つだけ聞いて良い?」
「どうぞ」
「どうしてあなたにそんなことができるの?」
花音は急に険しい顔つきになって
「それは秘密」
と言った。
「じゃあ、あなたは人間?それとも・・」
千春が言いかけたところで花音がさえぎった。
「一つだけって言ったでしょ」
「そ、それは言葉のあやで・・」
またも花音が千春の言葉をさえぎって
「約束は約束」
と言って図書館を出て行った。
「ちょっと!」
と後を追った千春だったが、すでに廊下には花音の姿は無かった。
「そんなことがあったのか」
千春の話してくれた内容は帰り道を歩きながらでは長すぎた。僕たちは今、帰り道の途中にある公園のベンチに座っている。ふと空を見上げると綺麗な夕焼けだった。
「でも、今は違うよ。花音とは友達になれた。翔君のおかげでね」
僕は今まで知らなかった花音の過去を知ったわけだが、なぜだろうか、花音らしいと思った。
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