異世界メイド ウィーバーちゃん!
竹谷 風砂
第1話 ウィーバーちゃんがやってきた。
俺の名前は大宮次郎。25歳。東京で働くしがないサラリーマンだ。恋人なし、友人なし、金も時間もないないづくしの、やれやれ系サラリーマンだ。
今日も一人寂しく会社から帰宅した俺は、いつものようにスーパーで買ってきた惣菜で遅めの夕食をとることにした。いつものから揚げが入った弁当だ。
おいしくもなく、まずくもない。何を買っても同じ味しかしない惣菜には飽き飽きしているが、かといって自炊する時間も、食べに行く金銭的余裕も俺にはない。
冷蔵庫から取り出したおいしい発泡酒(値段の割に)の缶を開け、喉ごしの良さ(値段の割に)を楽しみながら警察24時を見る、そんな素晴らしい金曜日の夜が始まったのだ。こんなに嬉しいことはないのだ。ないのだ。
しかし、シュワシュワと現れては消えていくうたかたを見ていると、凄まじい勢いで気分が下がっていく。
「これでは何のために生きているのかわからんな…」
働き、エサを食べ、また働く。休日もネットサーフィンとゲームくらいだ。
このままでは予定の埋まらない休日を埋めるために、公園でハトを相手に戯れるようになるのも時間の問題だ。
「クソッタレ!こんな人生の予定ではなかった!こんな寂しい予定ではなかった!もっと何かあるべきだろう俺の人生!女神さまがいきなり現れて一緒に暮らすことになったり!トラ柄のビキニのビリビリ娘が許嫁になったりとか!あるべきだろう!」
「…なんて、そんなご都合妄想散らかしてるとか、お脳の具合を疑われてしまうな…。明日の仕事の準備でもするか…」
仕事が嫌いじゃないことも、ひとりぼっちに拍車をかけているのかもなぁ…。などと思案しながら明日着るスーツの準備をしていると、玄関のインターホンが鳴った。
ピンポーン、とマヌケな音が鳴り響く。
もう深夜にかかろうという時間だ。家に来訪者が訪れる時間ではない。こんな時間に来るなんて怪しすぎる。警戒レベル上げつつ、インターホン越しに顔を確認するが背が低いのか何も見えない。
いや何か見える…。かろうじてモフモフした三角形の突起が見えている。なんだこれは。
「あの…どちら様でしょうか?」
俺は恐る恐る声をかけた。
「ニャニャ!こんばんニャ!私は異世界から来た、メイドのウィーバーちゃんにゃん!」
酔っぱらってるのかな。かかわらないでおこう。あまりにも危険だ。
そう判断した俺は無言でインターホンを切る。さてさて、明日のネクタイの色はどうしようかなっと。
「まま、待つニャ!決して、怪しいものじゃないニャん!君のお世話をするように異世界の神様のご神託があったニャん!お願いにゃん、中に入れてにゃん!」
扉の外から声が聞こえてくる。しかし君子危うきに近寄らず、ネクタイの柄を選ぶことに集中する。流行りの緑がいいかな?無難に紺かな?
「ニャんで開けてくれないニャ…」
危険をはらむ現代社会を生きる人間として、当然の対応である。
「こうなったらしかた無いニャ…」
“我が言の葉に幾何なる封縛も能わず、汝は静謐な瞳に曝かれるであろう…
ガチャリ、と勝手に鍵が開いた。そんな馬鹿な!俺はちゃんと鍵は閉めたぞ!A型だからな!
ドアを開け、その全容を現した突然の来訪者その正体はネコ耳メイドだった。
詳しく言うと
金髪
ネコ耳
メガネ
巨乳
メイド
だった。
瞳は綺麗なブルーで、クールで力強く、吸い込まれる様な魅力を感じる。
猫のような印象の顔だが、飼い猫ではない。野良猫、あるいはヤマネコのように野性味のある顔立ちだった。
まるで、強い女性を演じるハリウッド女優の様だった。
というよりもシガニー・ウィーバーにクリソツだった。
俺はシガニー・ウィーバーの大ファンだった。
しかし、今はそれどころではない。
「な、な、なんで!?鍵は!?」
「魔法であけたにゃん!」
「ま、魔法!?」
「こんにちは、勇者様!私は異世界から来た、勇者様専属メイドのウィーバーちゃんにゃん!」
シガニー・ウィーバーそっくりの顔で、アニメ声を出す彼女に俺はもうメロメロだった。
我が世の春が来た!
正直もう鼻血が出そうだった。
「次郎様、あなたは異世界の勇者にゃん!今は記憶が無いと思うけど、異世界でチートスキルで魔王倒した勇者にゃん!」
「なるほどね。それで異世界で俺と懇意にしながらも、従者だからというよくわからない理由でセックスまで至らなかった君が、俺の世話とか任されて、こっちの世界に神から逆召喚されたわけだね?」
「さっすが勇者様!話がクソ早いにゃん!頭良すぎにゃん!」
しかし現実は無慈悲だ。金も無いのに食扶持が増えても困る。無い袖は振れぬん。ただし稼げるなら別だ。
「ウィーバーちゃんは何が出来るんだ?残念ながら、何も出来ない奴を部屋に住まわせるほど、俺には甲斐性が無い。」
「なんでもやるからここに置いてほしいにゃん!得意なのは、えっと、魔法と料理と掃除!異世界では勇者様と一緒にウェイターのバイトやったりしたにゃん!」
なるほど、バイトくらいはできると。あと料理が得意なのはポイント高いぞ。うまい飯はそれだけで価値がある。魔法はよくわからん。
「あとはパワーローダーの操縦が得意にゃん」
なるほど。パワーローダーの操縦とな。
異世界から来たのか、近未来から来たのかはっきりして欲しい。
「あっ!勇者様!そんなマズそうな唐揚げ弁当なんて食べてちゃダメですにゃ!」
食いかけで放置してあった唐揚げを目ざとく見つけ、頬をプーッと膨らませてこっちをニラむ。怒った顔も素敵だが、正直シガニー・ウィーバーに似た風貌でソレやられるとキツいものがある。
「私が美味しい料理作ってあげるにゃん!冷蔵庫には何が入っているにゃん?」
ウィーバーちゃんはズカズカと勝手に部屋に上がり込み冷蔵庫を開けた。
「こっ、こら勝手に何を!」
「塩鮭だけしか入ってないにゃん…」
悲しそうに言うな!一人暮らしの冷蔵庫なんてそんなもんなんだよっ!
「でも安心してにゃん!心があったまる料理、ちゃんと作るにゃん!鮭のホイル焼きつくるにゃん!」
「やるじゃん!頼むわ!」
俺の味気ない夕食は今日で終わりを告げた。
これからは素晴らしい夕食が勝手に出てくるはずだ。
俺のQOLはかなり改善することだろう。
「まずはホイル焼きにゃん!まずは鮭をホイルに包むにゃん!」
ウィーバーちゃんが慣れた手つきで鮭をホイルで包む。
「そしてこれを《電子レンジ》で加熱するにゃん」
ホイル包みを電子レンジに入れるウィーバーちゃん。
「ちょ、待って!金属と電子レンジはヤバイって!!」
「ポチッとニャ」
瞬間、電子レンジは爆散した
どかーん、などといったよくあるかわいい音ではない。
バンッ、と非常にリアルな爆発音を立てて電子レンジは爆散した。
衝撃で俺は少し吹っ飛び、何が起きたかわからないまま、その場にうつぶせに倒れこんだ。
なんだ...?いったい何が起きたんだよ...。
電子レンジに金属入れると爆発するとか聞いたことないぞ...。
耳がキーンとする…。音が聞こえない…。
俺は状況を確認するために体を起こそうとしたが、うまく起き上がれない。
なぜなのかわからず、もがいていると、腕が動かないことに気がついた。
目を向けてみると、肩が変な方向を向いてしまっている。
これでは動かせるはずがない。
どうやら吹っ飛んできた電子レンジの扉が直撃したようだ。
「クソッタレ…」
痛みはない。が、かなり重症なんだろうな、動かないし。
へぇ、閾値超えると本当に痛みって感じないんだぁ、と無駄なことに気を向けてしまうのは混乱しているからだろう。
とにかくここは危険だ、外に出なければ。
逃げ出そうと逆の腕で上体を起こし、前を向くと、近くにウィーバーちゃんが平然と立っていた。
恐怖と焦燥。
日本では多くの人があまりしないであろう表情をして、俺は彼女を見上げる。
彼女は俺を見下ろし、ことも無さげにこう言ったのだ。
「テヘッ!ちょっと失敗しちゃったにゃん。」
こげ臭い部屋の中で、明るい、媚びるような笑顔で彼女は言った。
訳が分からない。ちょっとの失敗で爆発などしてたまるか。
爆発によって彼女が負ったであろう傷により、彼女は頭から血を流しており、ペロっと出した小さな舌は、流れ落ちた血で真っ赤に染まっていた。
その赤く濡れた青い目が俺を捕らえたとき、俺は恐怖感を倍増させ、すこし小便を漏らした。
「おわびに…チューしてあげるにゃん…♡」
「ヒ、ヒィィ」
何言ってるんだ!コイツ完全に頭がおかしい!
とんでもないサイコパス野郎だ。逃げなければならない!
逃げなければ!逃げなければ!
恐慌状態に陥った俺は何とか立ち上がろうとするが、パニックを起こし、動かない腕で体を体を支えようとした結果、また転んでしまった。
漏らした小便があたりに散るが、気にもならない。
「フフ…そんな恥ずかしがらなくてもいいにゃん…///」
動けない俺に、血で真っ赤に染まった唇をゆっくり俺に俺に近づけてくるウィーバーちゃん。
俺はガチガチと歯を鳴らし、「ヒィィ…」と小さな悲鳴を漏らすことしかできない。
俺にできることは、近づく唇から顔を背け、目を強くつぶることだけだった。
ぬるり、と生暖かい唇が俺の頬に触れた。
きっと素敵なキスマークが完成しているであろう。
彼女は異世界メイドのウィーバーちゃんと名乗った。
彼女は俺の孤独な生活を変えてくれる天使かもしれないと思った。
正直期待したさ。
期待外れもいいところ。彼女は天使などではなかった。
俺にとって彼女は、シガニー・ウィーバー似の彼女は、俺の小さな部屋を侵略しに来た“エイリアン”だったのだ。
異世界メイド ウィーバーちゃん! 竹谷 風砂 @zap700
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