5.0cm


 机の前に座っても、鉛筆を紙に付けるのを躊躇う。文を書いては消しての繰り返し。


 俺が文字を書く度、黒鉛はなくなる。すると鉛筆を削ってしまう。思い出も消えてしまう。

 もう小説を思うように紡ぎ出せない。一字書くことも恐れる。


 強く握り先を用紙に押し付けると、芯は折れてしまった。

「くそっ」

 苛立ちながら、鉛筆削りのもとに向かった。


 ガガガガガガ……


 ――8.2cm


 また頭が上を向く。

 思い出を失った。

 ちっ。地味な舌打ちの残響が俺のストレッサーとなる。


 原稿用紙の中では、ずっと黒猫が白猫のもとへ行ったり来たりもどかしい。思うように綴れない自分ももどかしい。貧乏揺すりも自然と。


 書くのをやめればいいのかも知れない。別の鉛筆を使い、楓のものは保管するのも手かもしれない。ただそれでがっかりさせて、笑顔を失うのは嫌だった。何かに突き動かされて、執筆は止まらなかった。


 止めてしまって寂しい思いをするようなことは十二年の間に生まれたものがさせてくれない。二人を繋いでいた大地に亀裂が入り、傷が広がって地面崩落してしまうことを恐れていたから。


 そして、別にそんなプレゼントを責めるつもりだって、これっぽっちもない。楓の鉛筆は特別で、ずっと使っていたかったのだ。

 書かなければならないという使命感。

 駆られ操られ。

 無様な状態になる。


 時だけが流れていく。殆ど原稿用紙と向き合っていたはずなのに、物語は進まなかった。

 空はもうオレンジ色に染まっていた。少し混じった灰色は、俺のみにくい心のようだ。


 ガガガガガガ……


 ――7.8cm


 ガガガガガガ……


 ――6.6cm


  スッ、スッ、スッ

 カッターの音が響き始めた。



 時は過ぎ、


 ――5.0cm




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