13.8cm

 翌朝。

 一応設定した目覚ましのアラームが鳴る前に目を覚ました。

 自分の早い目覚めに幸福を覚えながらも、朝食も取らず部屋の机に向かった。


 俺は小説に入れるべきものを発見した。

 この物語は楓を連想させる。どうも落ち着かない。

 そのため、俺は楓との思い出も含めて綴ることにした。

 忘れるそのときが来るまでに綴りたかった。


 思い出は考える程浮かんでくる。

 運動会のリレーで一位を取り、喜び合った思い出。幼稚園の頃殴って泣かせた苦い思い出。楓の失恋を静かに慰めてあげた思い出。

 全部ネタになる。


 白猫との出会いのシーン。

 心を閉ざしていた黒猫に白猫が近寄る場面を書くつもりだが、ここに思い出を入れることも安易。



 今日も黒猫は腹を空かせていた。気を紛らわすために丸くなっても、体は正直。

 ニャー……

 影と同化していた黒猫。

 そんな猫に近付いて来た白猫。儚げな鳴き声で駆け寄る。『可哀想』という感情の他なかった。

 汚れた毛を白猫が撫でた。

 しかし黒猫はいつもの表情を変えない。

 そっと白猫は、人から貰ったパンの欠片を目の前に置く。

 ……。

 束の間の沈黙が流れる。パンに手を付けようとしない。

 待っても、待っても。

 諦めたのか、白猫は悲しそうな目をして群れへと帰っていった。

 ――日が落ちて、暗くなって、

 黒猫は黙って立ち上がった。目の前にあるパンを見る。

 静かに黒猫はパンを口にした。黒猫は、ずっと強がっていただけだった。



 俺の恥ずかしい思い出。

 小学四年生の頃。遠足。クラスメイトの中で唯一俺は、持参しなければならない弁当を忘れてしまった。

 その頃から一人でおり、誰にも気付かれないようにしていた。

 他のクラスメイトに「どうしたの」と話しかけられても「もう食べ終えた」と言い、ただ強がっていた。

 楓が駆け寄ってくる。


「どうしたの?

 足りないならあげる!」

 楓が俺の掌にゼリーを握らせた。

 え……と戸惑う。

「食べて元気になってね!」

 僕の言葉だなんて聞く気がないらしく、自分の伝えたいことのみを言って、去っていった。


 握られたゼリーを見る。腹が鳴っている音がよく聞こえる。

 顔を赤らめながら、貰ったゼリーを口にした。悔しいという気持ちもあったが、空腹が勝っていて貰ったゼリーを食べてしまったのだ。


 こんな思いでも、今となっちゃ明るく話せるもの。少しずつ蘇る思い出にふけりながら、小説を作っていった。


「もう削らなきゃ」

 ここまで夢中になっていると、すぐ鉛筆の先は丸くなる。

 久しぶりに立ち上がり、鉛筆削りのもとへ行き、削る。


 ガガガガガガ……


 ――13.8cm


「……あれ」

 俺は鉛筆を引き抜いた後、自然と上を向いた。


 一瞬、頭が真っ白になった。

 脳内がリセットされたように。


「気のせいだろ」

 寝不足とかだろう。

 両親は共働きで、ほぼ家にはいない。作り置きの料理を温めて食べ、朝食を済ませた。


 いつか空腹に襲われた思い出があった。

 ……気がする。

 いつだっただろうか。

 なかったのか。

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