第53話 恋心

 人間は分解されて波動だけの存在になった。しかしそれには訳があり、その電磁波などの波動が宇宙の中で永遠に固着する技術ができたからだ。人間には、生き物には体は必要ない。しかし問題も起きた。実は過去に存在した人間にもその痕跡があり、まるで化石からバイオ技術でその当時の生き物を再現したように、全ての人間が、意思として復活してしまった。

 これにより混線が起きたのだが、世の中良く出来ているもので、混線した場合、思いの強さ、意識の高さ、知恵の深さの強いものが弱い意志を飲み込んでより高みとなる意思に変異していった。


 やがて高位の波動は大きな場所を取るようになったが、しかし低位の意志はその波長の隙間に何とか居場所を見つけられるようになった。お互いはお互いが見えなくなったと言ってもいい。

 ただ、たまに高位の意志は発作のように電磁波の嵐を起こして低位の医師たちを飲み込んでいくことがあった。多分高位の意志たちはただ寝返りを打った程度なんだろう、しかし低位の意志たちにとってはたまったものじゃない。


 低位の者たちはそのことを熟知していく。低位の意志は高位の意志とぶつかっても干渉はしない。しかし波長の数値によっては同化してしまう。だから低位の意志はその場から動かないようになっていった。少しでも尻尾を出そうものなら、その尻尾の先が触れた途端、高位の波にひきずり出されて消滅してしまう。

 幸いこの空間は広大だ。例えば一つの県内にしか届かない電波くらいなら、高位の意志と干渉はしない。

 低位の意志はその小さい範囲で自分のわまりの世界を想像した。どうせ低位の人間は自分の近くの駅前くらいまでしか想像はできない。


 やがて低位の意志たちは気づいた。自分が生まれた経緯を。生物たちは増えるのをやめたが、それでも原始の生理的な衝動の痕跡は残っている。

 それは性的な衝動なのか、それとも愛という高尚な意味なのか。欲望と言うものが、想像の中でしか創造できない生き物は戸惑う。


 ある時、空が晴れた。

 高位の意志がなぜか消えてしまったのだ。何か争いでもあったのだろうか、それとももう波動を固着する装置の限界を超えてエネルギーを貯めてしまったのだろうか。とにかく空は晴れた。

 低位の意志たちは自由になった。初めて他人が見えたという波動の者もいた。そこら中で、ぎこちない挨拶のようなものが始まる。

「はじめまして、あなたは女性ですか?」

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その日 豊田とい @nyakky

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