21 一瞬の、流星
『――スバル、このままだとこの機は、エンケラドスの爆発に巻き込まれます。この宙域を離脱するのに、何か考えがあるのですか?』
頭上から地球に向けて一直線に落下してく『秋水』の操縦席で、チャイカが静かに尋ねる。それは生き延びたい、地球に帰りたいという意志や渇望ではなく――思い浮かんだ単純な疑問を尋ねてみた、そんな感じだった。
いつも通り抑揚なく、一切の感情を込めずに。
だけど、今はその冷静さがありがたかった。
僕は処理すべき情報の
チャイカと二人で帰りたい。
二人で地球に帰ろう、なんて偉そうに宣言はしたものの――それを実行できる自信や確信は、まるでなかったのだから。
もちろん、だからと言って手がまるで無いわけじゃない。
考えならあった。
そして、そのたった一つの可能性に――
僕たち二人の命をかける価値は十分にあった。
『ああ。考えならある。まずは十秒後の巨人爆破に備えるから、チャイカはしっかり僕に掴まっていてくれ。爆破の衝撃を利用して一気に加速する』
僕の言葉の意味を理解したチャイカは、僕の首に細腕を回し、自分の身体をしっかりと席に固定した。着用者の意思を読み取ったタクティカルスーツが、即座に地球低軌道への降下モードに入り、ナノマシンで構成された強化外骨格が役目を果たすべく硬化し、チャイカを
僕はモニターのカウントダウンに合わせて――頭の中で数字を呟く。
5、4、3、2、1――
――0。
0のカウント同時に、機体の足元の先――操縦席のモニターに投影された『巨人』の爆破が始まる。
全十基の『ギガス・ブレイカー』によって設置された十発の『重珪素爆薬』が、一つずつ爆発し――そして、連鎖反応で爆発の威力を高めていく。
一発目の爆発で『巨人』内部が激しく振動し、『巨人』最深部の内核に最初の打撃を――小さな
そして、その波紋が最大まで
二発目の爆発が起こる。
『巨人』の内核はまたも激しく
その繰り返しが三発目、
四発目、
五発目と続き、
いよいよ十発目に達した時――
『巨人』の内核から外殻にまで広がった大きな亀裂が、致命的な打撃となり――『巨人』の崩壊を巻き起こす。
超巨大質量の隕石の内核から外殻までを貫く亀裂は、まるで体内を巡る血管のように隅々まで走り抜けた。そして、その全ての血管が破裂したように、『巨人』の亀裂の隙間から白い閃光がこぼれだし――それは激しい
そして次の瞬間、直径12キロを越える超巨大質量の隕石だった『巨人』は、その姿を太陽に変えたみたいに宇宙空間を――地球の静止軌道を明るく照らす。爆発によって放たれた光の波紋を暗黒の無重力空間に伝播させる。
僕は、光に包まれた機体の操縦席で、
光の後にやってくる、
音と、衝撃の波を。
僕は感覚を研ぎ澄ませ、データや計算に頼らない勘のみをもってそれをこなそうとした。モニターと『iリンク』は、爆発した『巨人』が撒き散らす『重珪素』の影響をもろに受けてノイズが激しくなっている。大量のエラーを吐きだす情報を遮断しつつ、この宙域を離脱するのに必要最低限な情報だけを浚い、後は第六感のみを信じることにした。
そして、訪れるその一瞬を逃さないように両足に力を込める。
光が過ぎ去る間際、
轟音と共に宇宙空間に伝播する巨大な衝撃。
『巨人』が爆発したことで巻き起こる破壊の奔流。
衝撃波の波が機体を飲み込もうとする瞬間――
「よしっ、行くぞ――いけるな?」
僕はフットペダルを限界まで踏み込んで、機体の全スラスターを全開で噴射させた。その刹那、爆発の衝撃の波に乗った機体は、これまでの何倍もの速度で地球に向けて降下を始める。
まさに、一直線に。
『秋水』そのものが、一つの流れ星になったみたいに。
現在の高度は、約一万。
地球中軌道の
先に降下を始めた『ガンツァー』たちは、現在、地球低軌道の高度二百キロの位置――『ギガント・マキアー』第二フェーズ開始ラインに到達を果たしている頃。そして『巨人』の欠片が地球低軌道に到達次第、それを追うようにしてデブリと共に大気圏再突入を果たす。
『秋水』の低軌道への到達は、これから降り注ぐ爆破された『巨人』の欠片と、ほぼ同時。つまり、このまま一機のみで『巨人』の欠片を掻い潜りながら低軌道へ到達し、仲間の『ガンツァー』と合流することなく単機での大気圏再突入を果たさなければならない。
そして、第二フェーズの最終防衛ラインとなる低軌道を含む
先乗りは長く、険しい。
僕たち二人が生きて地球に帰るには、むしろここからが本番だった。
赤熱色に発光し、灼熱の火線を引きながら降り注ぐ星の雨を見て、僕は苦笑いを浮かべるしかない。
炎を槍と化した幾千幾万の『巨人』の欠片が、まるで僕たちの後を追うように――逃がさないと魔の手を伸ばすように追撃を始めた。
そして、その先の地球に向けて落下速度を速める。
追いつかれれば間違いなく機体は大破して、僕たちは宇宙の
「――やれやれ、これを全部避けて地球に降りるのは――少々どころか、かなり手間だぞ?」
僕のわずかばかりの強がりは――宇宙の静寂ではなく、喧騒に飲み込まれて消えていった。
一瞬の、流星のように。
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