15 1パーセントの誤差

「――ふう」


 僕は、まずは無事に一つ目の欠片を迎撃できたことに安堵して、再びロックオン画面に向き直った。


 壁面全体がモニターとなり、まるで宇宙空間に放り出されたのではと錯覚しそうになる操縦席では、いくつものもの画面ウインドが重層的に表示され――前線の情報、『巨人』の分析映像、『巨人』の全体画像、味方機の配置と状況、計器類、残りの弾薬数などが次から次に情報の濁流だくりゅうとなって襲い掛かる。

 

 それらの情報を整理し、理解し対応するだけでも精一杯で、さらに無数に襲い掛かる流星の槍を迎撃しながらとなると、体力的にも精神的にも消耗は激しくなる一方。僕以外の機体も次から次に迎撃をはじめ――前線は火線を放ち続けるハリネズミのようになった。

 

 爆発が起きるたびに、コンピューターグラフィックで表示される宇宙の映像は光量を調節する。それだけでなく、状況に応じて映像を拡大したり、味方機の位置を知らせたり、全体状況を表示したりと、忙しなくその形を変えて行く。めまぐるしい攻防の中で、僕は神経を研ぎ澄ませながらリーダー機を守ることだけに専念し続けた。


『巨人』はすでに目前まで迫っており、そのあまりの大きさに圧倒されていた。


 直径約十二キロ。

 それは、高さで言えば全長八千メートルを超えるエベレストよりもさらに大きな山が落下してくるようなもので、未だにその正確な質量は計り知れない。接近し過ぎた機体のメインカメラでは、すでに『巨人』の全貌ぜんぼうは伺えず――まるで岩の天井を目の前にしているようだった。


 黒くごつごつとした岩肌が、機体の光学センサーの望遠機能を使わずとも容易に確認でき、剥がれ落ちる欠片は――黒い槍の雨となって振り注ぎ続ける。

 遠くの宙域では、機体の爆発を意味するオレンジ色の閃光が瞬き、僕はそのたびに歯を食いしばって、どうすることもできない自分自身に悔しさと歯がゆさを感じた。

 

 そして、どうしようもない無力感にさいなまれる。

 僕に、もっと力があればと――全ての子供たちを救うだけの特別な何かがあれば、と。


『今から三十秒後に巨人とのエンゲージを開始する。全機、巨人と相対速度を合わせてくれ。着地の際の崩壊現象に注意しろよ』

 

 リーダー機の通信に『了解』と返し――僕たちは、『巨人』と機体との相対速度合わせを行う。


 向かってくる『巨人』に対して、少しずつ速度を合わせながら接近し、お互いの速度が同じ状態――速度誤差がゼロになったタイミングで『巨人』に着地エンゲージを行う。

 

 これだけの質量の持つ隕石は、わずかながら重力が発生する。そして、宇宙には天も地もないため、着地さえしてしまえば地面を歩くのとほぼ変わらない要領で行動することが可能となる。しかも、地球と違って重力の影響を受けない為、その機動性は確保されたまま、人型である利点を最大限まで活用できる。


『相対速度合わせ完了――エンゲージまで、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0』

 

 巨人に取り付くべく、相対速度を合わせながらの接近を敢行かんこうし――カウントダウンと同時に、姿勢制御のバーニアを焚きながら眼前の黒い岩の塊へ着地を開始する。

 そして、機体の両足が『巨人』に取りついた瞬間、まるで直接地震の中に足を踏み入れてしまったかのような、ものすごい衝撃が操縦席を襲い――足下がうごめく。着地と同時に機体の足底に搭載されたスパイク――巨大な返しのついた針が『巨人』の表面を貫き、それがフックとなって機体を固定する。

 

 これをもって『巨人』とエンゲージが完了となる。


『――エンゲージ完了』

 

 エンゲージ完了の報告を送ると、他の機体からもエンゲージ完了の報告が上がり始める。


『エンゲージ完了』

『エンゲージ完了』

 

 ここまで『巨人』に接近をすると、重珪素『ギガニウム』の時間と空間に干渉する性質を直接的に受けることになる。そのため、操縦席を『ギガニウム』で覆った『ガンツァー』であろうとも、通信やレーダーに乱れを感じ、作戦行動に支障が出てしまう。ビーコンの反応を拾うにも誤差が生じ、これまでのような組織だった行動が難しくなる。


 故に、以降は有視界で状況を確認しながら、これまで以上に細心の注意を払う必要がある。


『――エンゲージ完了だ。全機完了したか?』

 

 リーダー機からのエンゲージの完了報告も入る。

 モニターに投影された有視界のカメラ映像でも確認できたため、まずは一番の山場を乗り越えたと、僕は胸を撫で下ろした。


『ギガス・ブレイカー』にも損傷は無いようで、あとはそれをこのクソッタレな巨人に打ち込むだけ。


『なんとか、上手くいきそう――ん、七班のビーコンが一つ足りない?』

 

 しかし、エンゲージ完了の報告が一つ足りないことに気がついて、僕は表情をしかめた。


『チャイカ機、エンゲージは完了したか?』

 

 僕よりも早く異変に気が付いたリーダー機が、通信で呼びかける。

 しかし、反応はない。

 

 通信が届いていないのか、それとも?

 

 僕は直ぐに味方機のビーコンの位置をレーダーで探索し、まだエンゲージを済ませていない一機が宇宙空間にいることを確認した。そして、光学センサーが捉えた映像を見て表情を変える。


 そして、迷わずスラスターを点火して再び宇宙空間に戻った。


『スバル機、戻れ。お前の任務は迎撃補佐ディフェンダーだ。味方機の救出は任務に含まれていない。ここで二機を失うのは作戦遂行に支障をきたす。スバル機、命令に従え』

 

 全て正論だったけれど――僕はその言葉には答えずに、チャイカのもとに向かった。

 

 先程、僕の『秋水』がチャイカ機を補足した瞬間、最大望遠の光学センサーが捉えた映像は――チャイカの乗る機体『アルマータ』が、相対速度合わせの最中に『巨人』の欠片と衝突するというものだった。

 

 よくある突発的な事故だが、それは間違いなく致命傷になる危険なものだった。そして、初迎撃で命を落とすもう一つの大きな理由が――『ガンツァー』のシミュレーション訓練と、実際に前線に出た時の差異による、僅かな誤差だった。

 

 僕たちは『ガンツァー』の訓練の際、仮想空間ヴァーチャルリアリティの中で『ガンツァー』に乗り、仮想の宇宙で訓練を行う。訓練のために、わざわざ機体を宇宙にまで打ち上げるなんていう莫大なコストのかかる方法を採用することができないための苦肉の策ではあるが、このシミュレーション自体は、実際の『巨人』迎撃99%再現している。

 

 しかし、残りの1パーセント。

 

 実際に前線に出た時の空気や、緊張、想定外の状況、突発的なトラブル――仮想空間では再現できないほんのわずかな誤差が、パイロットの戸惑いや不安となって前線でのミスを生みだす。


 チャイカは、その1パーセントの誤差に飲み込まれてしまった。

 

 映像を分析すると、幸い『アルマータ』の分厚い装甲の、さらに分厚い両腕――盾と一体化した『ギガントパイル』で、勢いよく向かってくるデブリをガードしたおかげで大破は免れたようだが、何度呼びかけてもチャイカから返事が無かった。


『チャイカ機、応答してくれ。チャイカ、無事? 返事を――』

 

 僕はフットペダルを踏み、操縦桿を倒して地球に向って流されていく『アルマータ』を必死に追いかける。そして、ようやく接近できたところで『秋水』の両手で彼女の機体を掴むことに成功した。

 

 バーニアで機体の姿勢を整えた後、機体同士が接触したことで使用できる機密性の高い直接回線で声をかける。


『チャイカ、無事か? 頼む、応答してくれ?』

 

 僕は声を荒げながらチャイカの名前を何度も呼び、焦りから操縦席を出て彼女の機体に乗り移ろうかとも考えた。こんな無数のデブリ群が地球に向って降り注ぐ状況では無謀すぎることは分っていたが、それ以外に考えられる手もなかった。

 

 今この瞬間も、僕は必至の回避行動でこの宙域に留まり続けている。しかし、それも長くはもちそうもない。


『――スバル?』

 

 僕がどうするべきか考えあぐねていると、チャイカからの反応が返ってきた。


『チャイカ、良かった。無事か?』

『はい。私は大丈夫です。デブリが衝突した際の衝撃で気を失っていたようです』

『怪我は?』

『ありません。機体のエアバックが作動したので、肉体的な損傷は回避できました』

 

 言葉と同時に、チャイカの生体データが別ウインドで表示される。

 作戦続行は問題ないと――僕と彼女の両方の『iリンク』が判断を下していた。


『機体のほうほ無事?』

『はい。それも問題ありません』

『よし。じゃあ、急いで第七班のところに戻ろう。僕について来てくれ』

『私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありません』

『気にしなくていいさ』

『スバル、次は私を置いて作戦を続行してください。私は巨人を迎撃し、人類を守るためにつくられました。足手まといになるようなら――私に存在の価値はありません』

 

 僕は、その言葉には答えなかった。

 

 地球に落ちていく星の欠片を眺めながら、僕は歯を食いしばって拳を強く握った。そして、自分のヘルメットを強く叩いて、不甲斐ない自分を叱責する。

 

 もっと上手くやれたはずだと。

 

 巨人は地球の静止軌道を通過しはじめ、赤色せきしょくの発光をよりいっそうに強めた。

 

 まるで猛り狂い、

 怒り狂い、

 その先の青い星を――


 灰燼かいじんと化さんとして。

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