16 手のひらからゆっくりと砂がこぼれ落ちるように

『――遅れて、すまない』

 

 僕は七班が掘削を始めているポイントに着地して直ぐ、通信ウインドを開いて謝罪をした。


『巨人』の地表は、隆起して山のように盛り上がったり、沈下して谷のように窪んだりと、すこぶる視界が悪く――さらに『ギガニウム』の性質のせいでノイズ交じりの通信状況は、それ以上に悪い。そんな中でも、最大出力のレーダーが捕捉した班員全員のビーコン反応がモニターに表示されたのを見て、僕は心の底から安堵の溜息を吐いた。

 

 僕が命令違反を犯して前線を離れている間に、味方機が大破している可能性は純分にあった。『ギガス・ブレイカー』に異常が起きている可能性も、班が全滅している可能性だってもちろんあった。


『巨人』へのエンゲージは、常に不測の事態の連続で、何が起きてもおかしくはない。迎撃補佐ディフェンダーが一人減れば、作戦成功の確率は格段に下がる。そのためリーダー機のディフェンダーには、味方機の救出という任務が予め除外されている。

 

 どのような叱責や罰を受けても仕方のない状況だった。


『全て、私の責任です。処罰は私が受けます』


 僕の謝罪の後、チャイカも同様の謝罪を述べた。


『気にするな。半人前のスカイウォーカーと新人なら、まぁ、そう言うこともあるだろう。幸い、今のところだが作戦に支障は出てない。それに、お前が味方機を連れ帰ってくれたおかげで、こちらは万全の状態で作戦を続行できる。今回は――スカイウォーカー、お前の判断が正しかったってことにしておこう』


 どうやら、僕は最高の班に配属されたみたいだった。

 他のメンバーも、誰一人僕たちを責めたりはしなかった。


『ありがとう』

『なに、無事に帰還できたら借りは返してもらうぜ? さしあたり、七班全員分に飯を奢ってもらおう。もちろんデザートもつけてな』

『食べずに取ってあるチョコレートもつけるよ。後は、とっておきのグラビア写真も貸してもいい』

『それは、悪くないな。できればジャパニーズのグラビアが良いな。ユーロのは慎みがなくてつまらない』

 

 子供っぽい笑い声の後、気を引き締め直した声が続く。

 

『さぁ、さっさとこいつを打ち込んで作戦を終わらせよう。全員、聞いてくれ――巨人は、地球の静止軌道を通過した。ここから更に加速度を増して地球の大気圏に突入する。巨人の現在の高度は、地球から約三万。高度一万五千が巨人爆破ラインだから、あと二十分ほどしか時間はない。全機、持ち場についてくれ』

『了解』

 

 僕たちは、リーダー機の指示通り持ち場についた。


『ギガス・ブレイカー』を巨人に打ち込んでいる間――その周囲でリーダー機を守るのが僕たちの役目。

 現在、リーダー機と迎撃補佐の一機が、『ギガス・ブレイカー』を『巨人』に打ち込むための最終確認を行っている。現場で得た新しい情報と、作戦前に仮で行ったシミュレーション結果とを照合し、誤差の修正を行う。『巨人』の正確な硬度測定や、掘削目標までの軌道計算は、最前線である『巨人』エンゲージ後でないと行えない。

 

 ここからの作業は時間との勝負であると同時に、僕たち迎撃補佐機の見せ場でもある。


『前方デブリ撃墜』

『被害を受けそうなデブリを確認、迎撃に向う』

 

『ギガス・ブレイカー』の最終調整を行うリーダー機周辺に配置された迎撃補佐機が、各機の判断でリーダー機のディフェンスをつとめる。

 

 フットペダルを踏み込んで宇宙空間に飛び出した僕の『秋水』も、左腕に装備した『ギガントパイル』で『巨人』から剥離したデブリを迎撃する。

『巨人』から発生するわずかな重力圏から飛び出さないよう、注意を払いながらスラスターを焚き、推進剤を無駄にしない最低限の動きで地面を蹴ってデブリに近づく。

 そして、デブリに向けて『ギガントパイル』を突きだす。

 

 刹那、高速回転したドリル杭がデブリに突き刺さり、鈍い衝撃が杭を伝って機体を震わせる。僕は、その瞬間を逃さずに操縦桿のトリガーを引いて追い打ちをかける。ガンツァーの左腕が轟音と共に激しい衝撃を放ち、電磁誘導によって射出された杭が―――デブリを穿ち粉々にした。

 

 これが、『ガンツァー』の主武装である『ギガントパイル』。

 

 形の先に巨大なドリル杭の取り付けられた武装『ギガントパイル』は、殴打、刺突を目的とされた原始的な武器であり、同時に掘削と爆撃を行える万能の兵器。

 矩形の先から飛び出したドリル杭は、高速回転で『巨人』を掘削するだけでなく、電磁誘導で射出されることで長槍のように『巨人』を刺し貫くこともできる。さらに、杭の先に『対巨人徹甲弾頭AGAP』を装填することによって、刺し貫いたデブリを内部から爆破破壊することも可能。

 基本的には『ギガスブレイカー』の小型版ともいえる万能兵器として開発された。


『スバル機、デブリの迎撃を完了』


 僕の報告と共に、粉々に砕けた直径二メートルほどのデブリが、宇宙のゴミと化して消えて行く。

 

 僕の背中には、黒い雲に包まれた地球が見えている。

 少しずつ地球との距離は近くなり、『巨人』の落下速度は増している。

 まるで重力の井戸の底に引き寄せられるように。


 タイムリミットは、後――


 十五分。


 僕たちは、それまでに『ギガス・ブレイカー』を『巨人』の最深部――爆破予定地に打ち込んで、この場を離脱しなければならない。


 視界の隅に表示された残り時間は、手のひらからゆっくりと砂がこぼれ落ちるように――


 少しずつ、

 少しずつ減っていた。

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