13 戦女神の角笛のように

 暗黒の海に沈んでしまったかのような金属雲を抜けると、そこは星の瞬く夜空だった。

 

 空に広がる星の海。

 しかし、無数の星が輝く星の海の中で――夜を切り裂きながら地球に降り注ごうとする、一際大きな星が見えた。

 

 直径12キロに及ぶ超巨大質量の隕石。

『巨人』――『エンケラドス』。


 僕は、人類を地下に閉じ込める元凶であり根源。

 人類滅亡をもたらす恐怖と絶望の星を真っ直ぐに見つめて――機体背面のすりすりばち型のスラスターを点火する。


 瞬間、機体がまるで弾丸になったかのように二次加速を行い、一直線に宇宙を目指す。白熱した推進剤が宇宙までの白い軌跡ロケットロードを描き、星と空に架け橋をつくる。


 大気圏突破を行うために取り付けられた『増槽』プロペラントタンク――メインスラスターの下部から真っ直ぐに伸びる白い筒状のそれは、スペースシャトルで言うところのロケットブースターの役割で、片道切符分の推進剤が詰まっている。


 戦闘機が単独で大気圏を突破するという構想自体は、二千年代の初期にすでに確立されていた技術であり、試験機が静止軌道まで到達したという実験結果はすでに出ていた。戦闘機に積まれているジェットエンジンは、空気を燃焼させることでその速度を上げるため、大気圏の突破には使用できないため、ロケットエンジンを積んでの成功であるが、理論的な実証自体は確立していた。


 それを人型の『ガンツァー』で行おうとした時――総重量約四十トンの機械の塊を宇宙に上げるのに最適な方法が、マスドライバーによる初期加速と、プロペラントタンクによる第二加速だった。

 この二段階加速により、『ガンツァー』は地球脱出速度――第二宇宙速度で静止軌道上まで一気に到達する。


『スラスター正常稼働。機体の進路安定。通信回線正常。機体ビーコン送信完了。コマンドポスト機との同期を確認。合流ポイントまで約五分』


 僕は、通信の回復した操縦席のスクリーン・モニタと『拡張現実階層ARレイヤー』に映し出された情報を眺めながら、機体のチェックを素早く行う。

 そして、迎撃作戦開始の合流ポイントまでのわずかな休息を過ごす。

 すでにタクティカルスーツの硬化は解けていて、身体を自由に動かすことが可能だった。

 

 ここからの五分間は――最後の自由時間と言われている。食事を取ったり、音楽を聞いたり、ただ目を瞑って過ごしたり、中には神さまに祈りをささげる子供もいるという。


 戦闘機乗り――『ガンツァー・ヘッド』になることを義務付けられて産みだされた子供たちが、何にも縛られることなく過ごせる唯一の時間。


 静かなる休息。

 

 僕は、通信回線を開いた。


『やぁ、チャイカ。調子はどう?』

 

 操縦席のモニタに通信ウインドが開き――白のスーツに白のヘルメットを着用したチャイカの姿が投影される。


『特に問題はありません』

『怖くない?』

『私は、この状況に恐怖するようにはデザインされていません。巨人迎撃任務を速やかに遂行できるように、感情抑制と感覚遮断のリンクスキルの使用が義務付けられています』

 

 チャイカは、これまで以上に人間味の無い受け答えをした。

 本当に、ただ『ガンツァー』に乗って『巨人』を迎撃するための機械人形みたいだった。


『そっか』

 

 僕はそれ以上何て声を掛ければいいのか分らなくなり、そのまま通信回線を閉じようかと思った。

 

 その時、もう一つの通信が――僕とチャイカの通信回線に割って入ってきた。


『迎撃補佐のお二人さん、ようやく合流ポイントに到着ね。あいかわらずノロマなんだから』

 

 赤いスーツに赤いヘルメットの少女が、無理やり割り込んできた通信ウインドに投影され、覇気のある声を響かせる。ご丁寧に、ウインドを限界まで拡大して僕の操縦席いっぱいに御尊顔を晒すと言う嫌がらせつきで。

 しかし、自信と確信に満ち溢れ、怖れや怯えの一切ない透き通ったその声は――聴いているだけで前線に立つものを鼓舞する。

 

 戦女神の角笛のように。


『ノロマって、僕たちは作戦手順に沿って合流ポイントを目指してるだけだぞ? 先行組のアリサたちトップ・マキアとは違うんだよ』

『そ、れ、が――ノロマだって言ってるのよ』

 

 アリサは、スクリーン越しに指先を突きつける。


『トップ・マキアになれないようなヘッドは、もれなく全員ノロマよ。く、れ、ぐ、れ、も――このわたくしさまの足を引っ張らないちょうだいね?』

『はいはい、わかりましたよ。僕たち迎撃補佐は凄腕たちの邪魔にならないように後ろの方で静かにしてるよ』

 

 僕は、やれやれと首を横に振って見せた。


『素直でよろしい。あんたは特にノロマなんだから、真っ先に前線を離脱しなさいよ。それと、余計なことをして爆発に巻き込まれたりすんじゃないわよ。カモメちゃんも、初出撃なんだから気負わないで生き残ることだけを考えなさいよ?』

『相変わらず心配性な上に素直じゃないなあ』

『はぁ、撃ち落されたいわけ?』

 

 僕の言葉に、アリサが不満の声を上げる。


 まぁ、彼女のなりの優しさというか気遣いというか――膨れ上がり過ぎて『巨人』のように大きくなり過ぎてしまったプライドと自尊心のせいで、少しばかりコミュニケーションの取り方に難があるのが、彼女の欠点でもあった。


 でも、アリサはそれで良かった。


 彼女の存在は、唯一にして無二なのだ。アリサが前線に立つだけで、その作戦の成功率は格段に上がり、子供たちの士気が上がる。

 アリサは『巨人迎撃]と人類存続の希望。

 好き勝手なことを言って、好き勝手なことをして、好き勝手に振る舞ってなお、莫大なおつりがくるだけの功績を果たしているのだから。


『まぁ、いいわ。お二人さん、無事気に生きて帰ってきてちょうだいね。それじゃあ、空で』

『ああ、空で』

 

 アリサが乱暴に通信を切り、僕とチャイカはもう一度スクリーン越しに向かい合う。


『空で』

『はい、空で』


 僕たちは、互いに「空で」と交わし通信を切った。

 

 操縦席が束の間の沈黙に包まれ、僕は目を瞑って作戦に集中しようとした。

 機体のフットペダルに置かれた両足と、操縦レバーを握る両の手は震えている。心拍数が上がり、動悸は激しくなる一方。もう少し心拍数が上がれば、それを察知した『iリンク』がタクティカルスーツに命令を出して適切な処置を施すだろう――精神安定剤の投薬や、感情抑制のスキル使用など。


 僕は、気を強く持って自分を落ち着けた。

 

 これから、絶対に失敗できない作戦が始まる。

 僕の失敗は、絶対に許されない。

 

 そう考えると――怖くて怖くしてしかたなかった。

 今直ぐこの場所から逃げたしたいと思うくらいに。

 

 それでも、僕は立ち向かわなければならなかった。

 今、僕たちの頭上に――そして、この星の空に降り注ごうとする『巨人』に。

 

 何度でも、

 何度でも。

 

 僕は、地球に重力に引かれ赤く染まり始めた『巨人』を睨みつけ――そして、合流ポイントに到着した。


 

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