12 まるで星から放たれる矢のように

『全ガンツァー発進スタンバイ。全ガンツァー・ヘッドは――ガンツァーへ搭乗してください』

 

 第十二巨人『エンケラドス』迎撃作戦――『ギガント・マキアー』開始の時刻になり、僕はすでに搭乗を済ましていた『秋水』の中で身体を強張らせた。

 機体のエンジンとも魂とも言える『重珪素反応炉』には、すでに火が入っている。秋水も、僕と同じく発進を待ちながら体を強張らせている。もちろん、機械の巨人に強張らせると言う概念があればだけど。

 

 黒のタクティカルスーツ一枚を纏い、機体腹部の『重珪素』で構成された箱型の操縦席コックピットの中――壁面に投影されたスクリーン・モニターが映し出す格納庫ハンガーの映像を眺めている。


『新横浜基地』の地下――『ガンツァー』の格納庫ハンガーには、百体を越える数の機体がずらりと並んでいる。起動した機体は頭部の光学センサーを光らせ、順次『マスドライバー』へと移動していく。メカニックが忙しなく格納庫内を駆けまわり、自身の担当機の最終確認を済ましていく。格納庫には様々な声や怒号、混線した無線通信などが飛び交い、音の斑を描いている。


 機体を収容している格納ブロックは移動式のカタパルトになっており、移動用のレーンを通ってそのまま『マスドライバー』にドッキング――そして、機体だけが宇宙まで打ち上げられる。

 レーンの至る所で誘導灯が灯り、ベルトコンベアーの要領で機体が運ばれていく。


『ヘッドの搭乗確認。これよりiリンクとのリンケージを開始します。リンケージ完了。機体とのコンタクトに問題なし。iコントロール正常。ヘッドの体調正常。精神グラフ正常。生命維持装置問題なし。秋水の全コントロールをヘッドに委譲します。ユー・ハブ・コントロール』

 

 オペレーターが僕と『秋水』の『iリンク』を同期させ、そのコントロールを全て僕に委譲する。

 

 その瞬間、僕の『拡張現実階層ARレイヤー』に『秋水』の全コントロールを得たという承認が浮かび上がる。そして、僕の視界の隅に機体の全データと、今回の『巨人』のデータ、作戦内容などがタグ情報として表示される。それらの情報は、必要な状況に応じて展開される。


 僕は、『iリンク』を通じて――心の中でこう呟く。


『アイ・ハブ・コントロール』

『ヘッドからフィードバックを確認。これより、発射シークエンスに移行します。現在――全ハッチ解放。リニアレール充電完了。マスドライバー冷却完了。発進待機数は二十機。格納ブロックの移動を開始します』

 

『秋水』を収容している格納ブロックが格納庫内のレールを移動し、『マスドライバー』までゆっくりと進んでいく。


『新横浜基地』に設置された全十基の小型『マスドライバー』のハッチは開き、『ガンツァー』を地球の静止軌道に向けて打ち出す全長270メートルを超えるリニアレールが――まるで、剣を空に突き刺すように基地の地下から伸びている。


『――スカイウォーカー。二度目の出撃の気分はどうだ?』

 

 操縦席のスクリーン・モニターの端に、見知った顔の『マキア』が投影される。

 僕は画面を拡大してその『マキア』と向かい合った。


『やぁ、メッサー。まぁ、悪くはないよ。かなり緊張してるけど』

『なに、俺がしっかりメンテナンスしてるんだ。機体に問題はないぜ――後は、お前の腕だけだ』

『それが一番問題なんだけどね』

『違いない』 


 僕たちは、顔を見合わせて笑い合った。


 出撃前に、こうして下らない冗談を交わすのがお約束だった。

 ある種の儀式のようなもので、子供たちの多くがそれを行った。

 無事に帰ってくることを祈って。


『いいか、スカイウォーカー? 『秋水』は専用機ワンオフじゃないが、良い機体だ。第三世代の量産機の中じゃ、一番安定感がある上に汎用はんよう性も高い。さすが日本製だな。ソニー、ミツビシ、レクサス、どれも最高だぜっ』


 黒い巻き髪で、名前通りのナイフメッサーのようにと切れ長の目と尖った顎の少年が、最後の確認とばかりにメカニック魂を発揮する。


『今回のお前の役目は――フェーズ1の迎撃補佐だ。余計なことを考えずに、自分の作戦だけに集中しろよ。迎撃オプションは、対巨人用掘削穿孔杭ギガントパイル対巨人徹甲弾頭AGAP×5。連射式電磁投射銃レールライフル弾倉マガジン×3。高周波ナイフ。どれも、訓練で使い慣れた通常装備だ』

『ああ、分ってるよ』

『それじゃあ、あとは任せたぜ――俺の翼を持って行ってくれ』

『ありがとう。メッサーの翼で飛ぶよ』

 

 僕たちは、映像越しに拳を突き出して別れた。


『秋水、マスドライバーとのドッキング完了。カタパルト固定完了。これより発射準備に入ります。機体拘束具解放――第一・第二拘束具の解放完了。全安全装置の解除――解除完了。発射シークエンス完了。進路オールグリーンです』

 

 格納ブロックが停止し、巨大な機械音と駆動音を鳴らす。『秋水』を固定していた全身の拘束具が解放され――『マスドライバー』、カタパルト、機体、全ての安全装置が解除される。

 

 現在、僕の乗る『秋水』は、人間で言うところの仰向けの状態でカタパルトに固定されている。

 そして、発進の合図で『マスドライバー』のリニアレールによって打ち出され、一気に大気圏を突破する。


 ものすごく大がかりな機械ではあるが、言ってしまえばパチンコと何も変わらない。

 単純すぎる話、ものすごい速度で、おもいきり遠くに飛ばしているだけなのだ。


『これより、秋水を発射します。発射後、約三十秒で金属雲に到達。一時的に通信及びiリンクに障害が発生しますが、金属雲を抜ければ問題ありません。発射後、約二分で成層圏に到達。機体スラスターの点火をお願いします。静止軌道に到達後、所定の位置で待機。以後は――迎撃作戦の手順に従ってください』

『了解した』


 僕はタクティカルスーツのヘルメットを装着して、ヘルメットのバイザーを下ろす。

 その瞬間、スーツの生命維持装置が完全に機能し、僕の体をコックピットの座席に固定してスーツ自体も硬化した。


『ナノスキン』と呼ばれるナノマシンの集合体『特殊ナノマ繊維』で織りこまれた『タクティカルスーツ』は――耐G、耐熱、対気圧など、ありとあらゆる環境に即座に適応する。酸素ボンベの代わりに圧縮空気を搭載しており、このスーツ一枚で、丸一日宇宙空間を彷徨うこともできる。

 その他、着用者の汗や尿を飲料水へと濾過ろかしたり、衝撃を受けた個所を硬化して自動的に衝撃から着用者を守ったり、ナノスキンに組み込まれた葉緑素により、太陽光下でスーツの機能を永続的に維持することが可能となっている。その上、スーツが破損した際には自己再生を行い、着用者の傷の手当ても『iリンク』を通してナノマシンが行ってくれる。


『ガンツァー』単体で大気圏突破を成功させた理由の一つが、このタクティカルスーツの万能とも言える性能によるものだった。


『発射のタイミングはヘッドに委譲します。翼をささげてください』

『了解、翼をささげる。スバル機、秋水――発進する』

 

 僕の言葉を合図にして――リニアレールが弾かれたように動き出し、高速で機体を打ち出す。

 

 瞬間、まるで僕の体が重力の壁に押しつぶされたと錯覚してしまいそうな程の衝撃。全損の血が沸騰しそうな圧力を感じながら、モニターの映像が一瞬にして黒い空に変わる。

 

 僕の全身には約7Gがかかり――


 秒速11.2km、

 時速約40000kmで、


 機体は空を直進する。


 僕の搭乗した人型迎撃戦闘機――


『秋水』は、まるで星から放たれる矢のように、

 黒い空を切り裂くように、

 そして『巨人』を穿うがつように、

 

 地球の静止軌道を目指した。

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