5 私とあなたとは仲良くやれそうもないし――交友関係も築かない
「で、あんたが補充要員のお世話係を押し付けられたってわけ?」
非友好的かつ不穏な表情でチャイカに視線を移したアリサが、面白くなさそうに言う。
「そんなの、ソ連の『マキア』がやることでしょうが? あそこは、毎回百人単位の『マキア』を送り込んできては、自分たちだけの組織や派閥をつくって規則だの何だので縛りつける旧時代の軍隊じみた管理をしてるんだから。ほんと、旧態依然としてるわよね?」
「おい、本人の目の前で口が過ぎるだろ」
僕は慌てて言ったが、当のチャイカはまるで興味ないと言った雰囲気で、僕の部屋の隅で直立不動を貫いていた。まるで意思を持たない人形みたいに。
「それに、あの国の『マキア』は揃いもそろって個性がないのよね? 試験管から生まれた『マキア』は精神の発達が鈍いって言うけれど、そんなもんじゃないわよ。まるで機械人形なんだから」
「仕方ないだろ、生まれて直ぐに前線に送られるんだから。アリサと違って両親の顔だって知らないんだぞ?」
「まぁ、そうね」
アリサは少しだけばつが悪そうに言って続ける。
「でも、なんでこのカモメちゃんだけがあんたの――あんたなんかの教育指導を受けなきゃいけないのか、あんたは気にはならないの?」
「いや、気にはなるけど」
僕は曖昧に言ってみたけれど、確かにそれは気になることだった。
「このカモメちゃん、パーソナルタグのデータもほとんど空白だし、あからさまに怪しいじゃない?」
アリサは『
「それにしても、今どき『HDナンバー』を使用してる国なんてソ連ぐらいのものよ? ねぇ、カモメちゃん――あなたは、何も感じないの? あなたの祖国は、あなたのことを兵器や備品としか思ってないし、実際そんなふうにしか扱われているのよ?」
アリサはチャイカに詰め寄り、どこか挑発するように言う。
もともと勝ち気で好戦的な性格なので、こういった時の彼女は容赦がない。
「HDナンバーって?」
「まぁ、あんたも知らなくて当たり前か」
僕の問いに、アリサが振り向いてため息交じりに応える。
「私たち『マキア』は、もともと『ヒューマノイド・ドローン』って呼ばれていた兵器らしいの。その頃は、全ての子供たちが『人工子宮』と『
「完璧な兵器や備品?」
「そう、人じゃなくて物。だから人型のドローンなんて名称で消耗品扱いされてたの。名前なんかも与えられずに、HDからはじまるナンバーで管理されてたらしいのよね。ソ連の『マキア』は、今もその名残を色濃く残してる。このカモメちゃんみたいにね」
アリサは再びチャイカに視線を向けた。
確かに、チャイカの存在は備品や消耗品と言われても納得してしまうくらい、自己や自我というものが欠落しているように思えた。魂さえも希薄なように。
それでも、僕は過去の『ヒューマノイド・ドローン』と――現在の『マキア』に、それほどの差があるようにも思えなかった。
僕は、アリサとマキアを交互に見つめた。
赤みがかった金髪を棚引かせる、自信に満ち溢れた女の子。
白い髪と赤い瞳の、まるで表情の無い人形のような女の子。
どちらも戦うために、人類を守るためだけに生み出された子供だった。
もちろん、普通の暮らしをしている『マキア』もたくさんいる。
人工子宮や遺伝子操作を受けてなお、戦場に出ない『マキア』だっている。
でも、僕には人類は何も変わっていないように――まるで進歩してないように思えて仕方がなかった。
「まぁ、細かいことはどうでもいいわ。正直、そこまで興味もないし。でも、このカモメちゃんがスバルの教育を受けるってことは、私の指揮下に入るってことでもあるわよ」
「なんでそうなるんだよ?」
「あら、だってあんたは私の子分みたいなものでしょう? 子分の子分は――私の子分よ」
「めちゃくちゃな理論を振りかざすなよ。そもそも『マキア』の間では階級が廃止されてるんだぞ? 作戦行動上ならともかく、僕たちがアリサの命令を聞く必要はないだろ」
「これまで、このわたくしさまが――いったい、どれだけ、あんたに、目を、かけてきてあげたと思ってるのよ? 偉そうなことが言いたかったら、少しでも借りを返してからにしてほしいわね?」
「ぐぐぐ」
それを言われると返す言葉がなかった。
確かに、僕はアリサに沢山の返しきれない借りや恩があった。
僕や、僕たちが――この新横浜基地や、この国が、そしてこの地球が、今もこうして平穏に日々の生活を送れているのも、その多くはアリサのおかげ。
といっても過言じゃない。
たぶん?
おそらく?
それだけでなく、僕が『連合』に所属できたことも、戦闘機乗り――『ガンツァー・ヘッド』になれたのも、全ては彼女のおかげだった。アリサが覚えていない数々の借りや恩も含めて。
だからこそ、僕はアリサに心から感謝しているし、基本的には彼女の命令やお願いには従おうと心がけている。
だけど、僕以外のことに関してと、それは少しばかり話が変わってくる。
「さぁ、カモメちゃん――まずは売店でメロンパンを買ってきてもらおうかしら? 次の休みには中華街で肉まんを買ってきてもらうのも悪くないわね? スバルがつくるまずいコーヒーにはうんざりだから、美味しい紅茶のつくりかたも学んでほしいところね」
アリサは意地の悪い顔をしながらチャイカに詰め寄った。
女王様然とした傲慢な態度からは、肥大し過ぎた自尊心が禍々しいオーラとなって
プライドというドレスを纏い、傲慢と言う名の王冠をかぶった『マキア』のお姫さま。
以前、フィンがアリサをそう評していたのを思い出した。
「スバル、私は彼女の命令に従うべきですか?」
チャイカは僕の視線を向けると、抑揚のない声で尋ねた。
「チャイカの好きにするといいよ。僕からは命令もしないし――お願いもしない」
「了解しました」
小さなく頷くと、チャイカは続いてアリサを真っ直ぐに見つめた。
「さぁ、カモメちゃん、私の命令を聞いてもらえるかしら? スバルは、私の命令には絶対服従なのよ」
「同志アリサ――私は、あなたの命令を聞きたくはありません」
「何ですって?」
「言葉通りの意味です。私は、あなたの命令を聞きたくない。そう考えました」
「なるほど、この私を敵に回したいわけね? この基地で一番の戦闘機乗りである、このわたくしさまを」
アリサは胸を張って大袈裟に言ってみせる。
チャイカの価値を推し量るみたいに。
「いいえ、同志アリサ。私は、あなたを敵に回したくはありません。私たちは、同じ目的を持つ同志です。しかし、私があなたの命令を聞かなければいけない規則はありません。私は、スバルにそう命じられた時にのみ、あなたの命令をききます」
「ふーん、なるほどね。どうやら、カモメちゃんとは仲良くやれそうにないわね」
「私も、同志アリサと同様の結論に至りました。同志アリサとは、交友関係を築けそうにないと判断します」
「なっ――いっ、言ってくれるじゃない」
アリサは思わぬ反撃に表情を歪めて応じた。
チャイカから思わぬカウンターを喰らって驚いたのだろう。
僕も思わず吹き出してしまった。
「――いいわ、チャイカ。私とあなたとは仲良くやれそうもないし――交友関係も築かない。まぁ、せいぜい初迎撃を無事に生き残ってちょうだい。あと、くれぐれも私の足を引っ張らないでね。お荷物は――スバルだけで十分よ」
「了解しました、同志アリサ」
アリサは、チャイカの言葉を最後まで聞かずに、踵を返して僕の部屋を出て行こうとした。そして僕とすれ違いざま、彼女はブーツの底で僕の足をおもいきり踏みつけた。
こうなると分っていたので、僕は叫び声を上げずに済んだ。
ものすごく痛くて泣きそうだけど。
アリサの表情はどことなく嬉しそうで、足は弾んでいた。
非友好的で不穏な邂逅も、なかなか悪くないきがした。
さすがに、毎回こんな調子は勘弁してもらいたいけれど。
心臓に悪いからさ。
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