P/始まり―1

(つまらない……)


青年は、窓から空を見てそう独り言ちした。彼の見ている空は、どこに行こうとも変わらない青々とした空に真っ白い雲が飛んでいっていた。


彼のいる教室には、彼以外の人間が机に向かって文字を書く音や教室の前に立つ教師が何かを言いながら黒板に文字を羅列していく音しか聞こえない。

青年は、その音に同調せずぼぉっと外を見ていた。一応、ちょこちょことノートを取っているようには見えるがそれでもほとんど書いているようには見えない。


教師が、文字を書き終え「ここからが一番重要だぞ、メモしておけ」と言いながらまた新しく文字を羅列していく。それにすら、少しの反応もせずに青年はやはり空を見ていた。


(何か、おこればいいのに……本当に何も変わらない……いつも通り)


青年は、そう考えながら授業の内容を聞き流しながらひたすらに空を見続ける。

まるで、何かが変わることを欲しているかのように。

そこで教師が文字の羅列を終え、教室を見渡し始め―――授業に集中していないような青年を見つける。


「未冶ッ!2番の問題解いてみろ!」


少し語気を強めるように、教師は彼――未冶 結に向かってそう言った。


結は、それを言われてすたすたと黒板に向かいノートに予習しておいたその問題の答えを書いていく。スラスラと書いていく彼に対して教師は少し苦々しい顔をする。


「……これでどうですか?」


黒板への羅列が終わり、教師へ答え合わせと言わんばかりに聞いていく。

教師は、その答えを確認し少し悔しそうな顔を浮かべながら「……正解だ、座れ」と言った。それを聞いた結は、すたすたと窓際の自分の席に座りまた空を見始める。


「……少し位、何か起こればいいのに」


彼の眼には、何も移り変わりの無い世界が映っているのだろう。


先ほどと変わらずに、教室の中はノートを取る音と教師の羅列する黒板と教師の声だけとなった。

その中で、結は変わらず空を見続けた。




***********************************



時間は飛び、教室も学校も街も夕暮れの明かりに照らされていた。


教室にいた結は、ぼぉっと街の中を歩いていた。制服姿の彼の手には、どこかのスーパーの大きなビニール袋を持っている。

中には、もやしの袋だったり“安売り”と書かれたシールの張った豚肉のパックだったりがかなりパンパンに入っている。


夕暮れのそのとおりには、多くの車が行かっておりその先には多くの工場と大きな海が広がっている。彼は、その海のある方向へと歩を進めていく

その内彼は、彼自身が住んでいるマンションに辿り衝く。

大きめのマンションで、入口に鍵付きの自動ドアが付いているタイプの物だ。


結は自動ドアを抜け、そこにある機械に鍵を差し込む。そうすると、マンションに入るための自動ドアが開き彼はそこに入っていく。


自動ドアを抜け、少し階段を上がりすぐそこのドアに近づいていく。そこには、未治 結と簡素な白抜き背景の上から書かれていた。彼はそこで、先ほどの鍵をドアのカギ穴に差し込みひねる。すると、ドアの鍵はガチャリと開く。それを、確認してから彼はドアを開け中に入っていく。


部屋は、割と普通の1LDKだ。

一人暮らしには十分すぎるくらいだろう。

しかし、まるで何も趣味がないのか――物のおいていない室内は生活感が少し薄れているようにも見える。


彼は、部屋に入り最初にキッチンに向かった。そこで、先ほど手に持っていたビニール袋の中身を冷蔵庫の中に入れていく。

それが終わり、ベランダに干された洗濯物を取り込んでいく。

乾いていることを確認して、一枚一枚畳んでいく。それが終われば今度は畳み終えた洗濯物を備え付けのタンスに入れる。

それでやることが終わったのか、彼はリビングにおいてあるソファに腰かけ携帯に繋げたイヤホンから音楽を聞き始める。


イヤホンからは、曲が少し漏れ出る。彼は、その曲を聞きながら夕暮れに沈むその部屋で何もせずただ一点を見つめている。

そこには、一つの写真立てがあり―――おそらく幼いころの彼なのだろう―――青年と男性が映っている写真だった。彼はその写真を悲しそうな顔で見つめていた。


時間が立ち、晩飯前になり彼はキッチンに立ち料理を作りだす。男の料理の仕方とは思えないてきぱきとした姿で料理をしていく。

それもそうだ、彼が親元から離れかれこれ二年と少し経つ料理はかなりうまくもなるだろう。


フライパンに油を注ぐ―――と同時に油が切れる。彼は今日新しい物を買うことを忘れたことを後悔しながら、明日学校がいるにでも油を買わなきゃなと空になったポリ容器を洗面台に入れておく。


残った油を使いながら料理を何品か作り終えると、机にそれを並べる。キッチンから、水の入ったコップと箸を取り出すと彼はその机の前に座る。


「頂きます」


そして彼はそう言って、料理に箸を立て始める。

彼が一人暮らしを始めてから料理をし始めてから結構立つ。最初のうちは、多少なりとも料理に楽しみを抱いていたが今となっては食費を押さえるための事務的な物になっていた。

黙々とそれらを食べ進め数十分後には皿の上から何も料理はなくなった。


「ご馳走様でした」


彼は、手を合わせてそう言うと皿をいくつか重ね合わせてキッチンに持っていく。

水を少しだけだし桶にいれてその中で皿を洗っていく。

そして、皿を洗い終えリビングの机に向かう彼に耳に―――電話の音が聞こえてきた。

彼は、少し急いで電話をとりに行く。


「もしもし、未治ですが……」


「あ、もしもし、結君」


受話器から聞こえてきたのは若い印象を受ける女性の声だった。彼は、その声が聞こえると少しため息を吐きながら受け答え始める。


「……母さん、そんな週に何度も電話かけてこなくても大丈夫なんだけど」


「でもね……心配になるの、お母さんとして!!」


「あー、はいはい、もう何百回も聞いてるから……それで、なにかあったの?」


「えっ、言ったじゃない!心配になったからって!!!」


その言葉に、彼は頭を壁に思い切り打ち付けた。そして、もはや溜息を隠さないほどの大きさで吐き電話を続ける。


「そのくらいで、電話してこないでよ!!電話するのだってただじゃないんだよ!」


「でもでもでも……心配にn「あーもーそれはいいから!!!」……はーい」


分かっているのか分かっていないのかよく分からない返事を電話の女性は返してきた。


「はぁ……まあいいけどね」


「流石結君!お母さんのことをよく分かってるぅ!!」


「はいはい、調子に乗らないの」


そこから、彼らは他愛もない会話をし始めた。ご飯をちゃんと食べているのか、学校はどうなのか、最近何かあったのか……数十分そのような会話が続く。

結も少し楽しそうに、その会話を続けていく。


突然、女性の声が止まった。


「………ねえ、結君やっぱり一緒に住まない?」


「………」


「一人暮らしはやっぱり寂しいと思うからね……もし、志藤さんや真央ちゃんに悪いと思ってても大丈夫だから……二人とも、貴方が帰ってくるのを「いや、いいよ……」……」


彼は、電話の女性の話を途中できるようにその言葉を言った。


「……別にそういう意味で一人暮らしを始めたわけじゃないからさ。だから……いいよ」


「で、でもね結君」


「……ごめん、明日もは早いからさ……お休み!!」


「まって、ゆうく」


青年は――結は、女性の言葉を聞こうとせずに無理やり電話を切った。


彼が、一人暮らしをし始めたのはちょうど高校に入学する少し前からだった。

小学校の頃に、実の父が仕事中に亡くなり母と二人でずっと暮らしていた。

母はずっと彼のことを気に掛けながら家事をこなし、また彼も母のことを気に掛け暮らしていた。

中学に入り、2年ほどたったときその暮らしが少し変わり始める。

母が、新しい父と一人の女の子を連れて帰ってきたのだ。それから、その二人とも暮らすようになった。


父として連れてこられて男性は、優しい男であった。普通のサラリーマンではあったが人当たりもよく自分にもよくしてくれていた。

女の子は、無口だった。あまり、感情を表には出さないが彼女も家族に解け込めた。


しかし、青年の中ではその二人に対して一種の気まずさが増していった。


彼の父が死んでから、彼はあまり笑顔というものを出せなくなっていた。

それが、気まずさの要因になっていた。


母親には、新しい父親が来てから笑顔が徐々に戻っていったが結には戻ることにはなかった。

それから、段々と家にいることが辛くなり高校に入学する際に一人暮らしを始めることとなった。



受話器を置き、壁に沿ってずるずると結は座り込む。


しばらくそこで、止まっていたがふと時計を見て立ちあがる。


「風呂入って寝よう……」


そう言って、結は動き始めた。

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