第20話 次の目的地へ

明くる日。


私は内心ドキドキしながら、会社へ出勤した。



「おはよう。」


自分の部署へのドアを開けると、仲間達は一気に私を見た。


「おはようございます、小形係長。」


「あ、係長。おはようございます。」


「係長、休暇長かったですね。」


みんな普段通りに迎えてくれる。


それはやっぱり、高田部長のおかげ。


私が戻ってくると信じて、みんなには休暇中と言っておいてくれたのだ。



「部長は?」


私は、にこにこしてこっちを見ている、松下君に聞いた。


「部長は部屋に、いらっしゃいます。」


一番奥にある部長室。


私は昨日の夜、渡し損ねたお土産を持って、部長がいる部屋へと向かった。


私は部屋の前で一呼吸すると、ドアをノックする。


「入りなさい。」


部屋の中から、部長の声がした。


「失礼します。」


私が部屋の中に入ると、部長は笑顔で迎えてくれた。



「来たな。」


「はい、おはようございます。」


何を話したら良いか分からなかったけれど、すぐ持ってきたお土産の事を思い出した。


「あ、部長。これ、お土産です。」


「すまんな。」


部長は、お土産を嬉しそうに、受け取ってくれた。


「いえ。こちらこそ、長い間休暇を頂いて、ご迷惑おかけしました。」


すると部長は、お土産を見ながら、こう言った。


「……リフレッシュ、できたか?」


こうなる事が、最初から分かっていたような笑顔。


「はい。」


今なら、素直に言えそうな気がする。


「部長。」


「ん?」


「いろいろと、ありがとうございました。」


「ああ。」


その一言が、私は何よりも嬉しかった。



そこへノックする音が聞こえた。


「はい。」


部長が返事をすると、隣の課長が入ってきた。


「部長、営業部の西村部長がお見えです。」


「ああ、今行く。」


部長は立ち上がると、後ろにあるハンガーから上着を取った。


「部長、それでは私はこれで…」


私が頭を下げて部屋を出ようとした時だ。


「おまえも来るか?小形。」


えっ?


部長達が会う席に自分も?



「いいんですか?」


「構わんさ。会わせたいヤツもいるし。」


「はい。」


会わせたい人ね……


西村部長の他にも、誰か来ているのかな。


何となく、嫌な予感がする。



それはともかく、早く準備しないと。


私は急いで、自分の席に戻った。


「名刺、名刺……」


私は自分の机の引き出しを見たが、一枚も名刺がない。


「あ!そう言えば……」


辞めるつもりだったから、松下君に捨ててって頼んだんだっけ。



「松下君。」


「はい。」


息をゴクンと飲みこんで、松下君を見た。


「私の名刺……捨てちゃったよね。」


まさか松下君が、捨て忘れる……


そんな訳ないか!



その時だった。


「はい、係長。」


ケースに入った名刺を、松下君が私の前に差し出してくれた。


「これ……」


「すみません。捨てるに捨てられなくて…」


私はこの時ばかりは、松下君に感謝した。


「偉い!!」


私は松下君の背中を、おもいっきり叩いた。


「痛い!!」


反り返っている松下君を置いて、私は名刺を持って、部長の元へと急ぐ。



「小形係長、パワー満タンだな。」


他の同僚が松下君を心配している。


「そうですね。でもあのくらいじゃないと、小形係長らしくないですよ。」


松下君の、応援にも似た呟きが、私の耳に届いた。



オフィスを出て、長い廊下の端に、応接室があった。


「準備はいいか?小形。」


「はい、部長。」


私の返事を聞くと、部長は応接室のドアを開く。


「お待たせしました。」


「いいえ、とんでもない。」


西村部長は佳樹の上司だが、今まで一度も会ったことはなかった。


「西村部長。これは三課で、係長をしている、小形です。」


部長は横にいる私を紹介した。


「はじめまして、小形と申します。よろしくお願いします。」


「西村です。こちらこそ、よろしく。」


頭を上げると、向こうにある席に、若い男性が座っている。


西村部長が連れてきたお客様だろうか。



「部長、あちらの方は……」


私が部長達を見ると、既に自分達の話に没頭している。


「あの……」


私が申し訳なさそうに話しかけると、西村部長が教えてくれた。


「ああ、彼ね。今日からうちの営業部で、働く事になったヤツだよ。」


新人で、ここにいるの?


結構できる人かもしれない。


私の勘が、働いた。



「ご挨拶させて頂いても構いませんか?」


「ああ、いいよ。」


西村部長が彼を呼ぼうと、振り返った。


「あっ、私が参ります。」


「そう?」


私は西村部長に、軽く頭を下げて、彼に近づいて行った。


「はじめまして。」


私がそう言うと、彼は立ち上がった。


「企画部の三課で係長をしております、小形と申します。」


私が名刺を差し出すと、その男性はそっと、名刺を受取ってくれた。



「これはご丁寧に、ありがとうございます。ですが、あなたから名刺を頂くのは、これで二度目ですね。」


ん?


二度目?


以前にお会いした事がある?


私は相手の顔を見ると、目が点になった。


「今日からお世話になります、本村敬太と申します。あっ、名刺はまだありませんので、今度お会いした時でもよろしいですか?」


あいつはそう言うと、ニヤッと笑った。



「も、本村君!!」


私は驚いて、部長達が近くにいるというのに、大きな声を出した。


「びっくりしただろう。」


「当たり前でしょう?な、なんで、ここにいるのよ。」


「小形がいつか言ってたお誘いの話、この会社からだったんだね。」


「ええ~?」



そんな偶然ってあるのか。


「やっぱりおまえら、知り合いだったのか。」


高田部長が、微笑みながら言った。


「彼にOKの返事をもらった時、小形課長の名刺を出して、『彼女と一緒の会社で働いてみたいんです。』って言われた時にピンと来てね。」


西村部長も、すかさず口を挟んでくる。


私は、恥ずかしそうにしているあいつを見た。



「私、名刺あげたっけ…」


「貰ったというか、俺が勝手に盗んだというか……」



ぬ、盗んだ?


いつの間に?



「おまえの名刺入れ、見せてもらった事があったろ?」


見せたっていうよりも、勝手に見られたと言った方が正しいかも。


「その時に、たまたま一枚だけ残ってたのを、拝借したんだ。」


拝借?


今、盗んだって言ったじゃん。


「もらっておいて正解。じゃなかったら、この会社も断ってた。」


にんまりする敬太に、私の意識は遠のく。



「こんなの聞いてない!!」


私は、不機嫌そうに呟いた。


「言っとくけど、俺は何度も言おうとしたぜ?」


「私が聞かなかったって言うの?」


「その通り。」


がっかりする私を見て、あいつはまた一歩、私に近づいた。


「そんなに落ち込まないでくれる?」


「だって…」


「そんなに、俺の事が嫌い?」


いつもは冗談で返せるのに、耳元で言われるとドキッとする。


「嫌いじゃ……ないよ。」


「それならいいけど。」


ほっとしているあいつを見て、またドキドキしている。



「本村君は……どうしてこの会社に来たの?」


あいつは、口をあんぐり開けている。


「おまえ、部長が言ったこと、聞いてなかったのか?」


「えっ?」


照れながらあいつは、答えた。


「言ってただろ。小形と一緒に働きたいんですって…」


「あっ、そうか。…って、えっ?」



照れているあいつを見ると、密かに期待してしまう。


もしかしたら私の事を……



「俺、どうしても小形の事、忘れられない。」


私はあいつを、そっと見つめた。


「これからもずっと、おまえを追いかけ続けるんだろうなぁ、俺。」


そう言ってあいつは、クスクス笑っている。


そんな彼を見ながら、私は心の中で呟いた。




お父さん。


いつか、お父さんが言ってた通り。


私にも次のバスが来たみたいだよ、と。



- End -

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停留所で一休み 日下奈緒 @nao-kusaka

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