ケモ耳娘拾いました

 少しして、春斗さんが追いついた。

 少女は手を振り解こうと抵抗をしていたが、今では大人しくなっている。

 

「相変わらず、足速い……」

 

 春斗さんは額の汗を拭いながら言うが、最後の方は噎せてしまい言いきれなかった。やはり、大人になるにつれて体力は落ちるんですね。私は気をつけよう

 私はお疲れ様ですとだけ伝え、少女について思考を回す。

 何を考えているかって?

 そんなの決まってる。

 どう話しかけましょう……!

 いや、気まずいんですよ。勢いで大きな声出しましたけど、正直私自分より歳下と話したこと無いので、なんて言えばいいか分からない

 チラリと春斗さんの方を見ると、既に息は整っており、今は私がアクションを起こすのを見守っていた。

 ここで助けに来ないのは私の面目を守るためなのか、それともただ単に気がついてないのか……

 

「あの、ごめん……なさい……」

 

 私の額に汗が滲んできた時、少女が肩越しに声を発した。

 私が手を離すと、パーカーの裾を握り、俯きながら少女は振り返る。もちろんその表情は見えない。

 

「ごめん、なさい……」

 

 しかし、絞り出された震える声を聞くだけで、表情が分かってしまう。

 私は少女を抱きしめる

 

「貴女は悪い事をしました。それでも、理由があるはずです。落ち着いたら、魚屋さんに謝りに行きましょう。それまでは、私の胸で泣いていいですよ」

 

 本当なら、怒ってもいいのかもしれない。むしろ、このまま拘束して警察を呼んでもいいのかもしれない。むしろ、それが当たり前なのかもしれない。

 でも、私はそれができなかった。

 絞り出すような震える声、怯える姿が、不思議と昔の私を思い出させるから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー春斗sideー

 

 完全に俺が空気になっていたあの後、たくさん泣いて落ち着いた少女を連れ、俺とアズキは店主さんのもとへむかった。

 少女が頭を下げ、同時にアズキも下げると、店主は「嬢ちゃんがそこまで言うなら……」と納得してくれた。……後で聞いた話だが、どうやら少女は安い魚を中心に盗んでいたらしく、幸いにもアズキが真面目に働いてた分の給料でギリギリ被害にあった金額を上回ったらしい

 今は魚屋を離れ、3人で話をしている。

 

「本当に、ありがとう。そして、すみませんでした」

 

 今度は俺とアズキに対して頭を下げてきた。

 どうやらこの子、パニックになったりすると幼児退行するらしい。

 現在は丁寧な話し方で、大人しい。

 

「頭を上げてください。さっきも言ったように、どんな事にも理由があるのです。私は、貴女が窃盗をした理由を知りませんが、どうであろうとも魚屋さんは許してくれました。それでいいじゃないですか」

 

 少女はアズキの言葉に感動したのか、更に深く頭を下げてしまった。

 

「もうしちゃダメですよ?」

 

「はい」

 

 アズキが少女の頭を撫でる。

 

「……ところで、君は帰る家はあるのか?」

 

 俺が話しかけると、少女はアズキから離れ、首を横に振った。

 

「家は、無い。春まで施設で生活してて、で、この春に施設を出てきた」

 

 それを聞いて俺は目を見張った。

 この子の言う施設とは、恐らく児童養護施設だろう。つまりこの子は、家どころか、親の顔も知らない可能性がある……

 つまり俺は地雷を踏み抜いてしまったかもしれない……

 ん?いや待てよ?それとは別に、そういう施設って、確か学校とかは行けるのんじゃあ無かったか?

 俺はそれを尋ねようとして、直前で最も大きな地雷を踏み抜こうとしてる事に気がついた。

 

「君も、耳、あるんだよな?」

 

「今、もって言った?」

 

「俺じゃあ、無いけどな」

 

 視線で意図を感じ取ったのか、アズキは頷いてから辺りを見渡した。

 周りに人がいないかを確認しているのだ。

 そして、確認が終わると帽子に手をかける。

 外した途端に真っ直ぐ立った耳に、少女は驚きを隠せないでいたようだ。

 

「私以外にも、いたんだ……」

 

「はい。私は犬ですが、貴女と同じです。そして、春斗さん……そちらの方は人間ですが、とても優しい人です」

 

 おいおい、いきなり俺を褒めんな。照れるだろ

 

「私は今、この人と一緒に暮らしています。楽しい毎日が、送れてるんです。……どうですか?貴女も、一緒に来ませんか?」

 

 あ、それ俺が言おうとしたヤツ……

 少女はいきなりの事で、驚きを隠せていない。

 

「……いいの?」

 

「ああ。もちろんだ」

 

「これから、私達は家族です」

 

 俺が少女の頭を撫で、アズキが笑顔でそれを見ている。

 それは傍から見たら本物の家族のようで……

 

「あ、居候って事忘れんなよ?」

 

「ちょっ!ペットは家族ですよね!?ね!?」

 

 アズキのリアクションに、俺が吹き出し、少女も笑った。アズキもそれにつられ笑う。

 俺達の笑い声は、昼下がりの空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、疲れたぁ!」

 

「だらしないですよ?まったく……」

 

 帰った直後に横になったらアズキに怒られた。いいじゃないか。折角の有給日なんだから。

 ん?あれ?

 

「クロネは?」

 

「ああ、玄関で止まってます」

 

「入れてやれよ……」

 

 俺は起き上がり、玄関に向かう。

 

「クロネ。早く入れよ」

 

「ど、どうしても緊張しちゃって……」

 

 クロネとは、少女の事だ。

 アズキの時同様、少女には名前が無かった。

 施設では猫ちゃんと呼ばれていたらしいが、流石に外でその名で呼ぶのはどうかと思ったので提案してみたら喜んでくれたので、考えたのだ。

 黒髪ショートで、黒いパーカーを着ている猫の半獣。だからクロネ。単純か?これでも考えたんだぞ?

 

「さあ、こいよ。ここから、お前の新しい生活が始まるんだ」

 

 俺が手を差し伸べると、クロネは笑顔になり

 

「うん!よろしく、春斗!アズキ!」

 

 俺の手を握ってくれた。

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ケモ耳娘拾いました ソア @yukimurasoar

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