第10話 八日目 再び日曜日

 次の日の日曜の朝、ぼくが目を覚ますと、身長三十センチほどのアマロリ衣装を着込んだ女の子がぼくの顔を覗き込み、

「おはようー! 蓮、お腹すいたー。早く起きて、ご飯作って!」と、言った。

「……」あまりの事に、ぼくは何も言えなかった。

「おかしいなぁ。ここは喜ぶトコだと思うんだけれども?」

「な、なに? なにがどうなってるの? なんでリオナがここにいるの?」

「なんでって?」

「だって、昨日……」

「だ・か・らー。オリジナルの私は母星にいるって言ったでしょう? オリジナルさえいれば、何回だってコピーは作れるの。それで、こうやってもう一回長距離転送でやってきただけよ」さも当然という感じで、リオナは言った。「コピーの消滅信号を受信してから再転送するせいで、どうしても八時間くらいタイムラグができちゃうけれどね。オリジナルもコピーも同じ記憶を共有しているから、昨日までの私と全く同じよ」

「え? え? 任務が終わったのに、戻ってくるなんて事があるの?」

「らうるるるるあから、可能なようなら、また蓮の所へ戻るように言われていたの」

「言われていたって、いつ?」

「らうるるるるあが最後にここに来た時」

 さ、最後に来た時って……。

「ちょっと待った。それって、マカトフに遭遇した時だから、木曜日の話だよね? その時にはもう、戻ってくるのが確定していたって事?」

「そうよ。なにかおかしい?」

「〝おかしい?〟って? 〝おかしい?〟って言った? 今?」

「うん。なにか納得できない事でもあった?」

「戻ってくる事が木曜日には分かってたんでしょ? じゃ、じゃあなんで、昨日、あんな別れ方したの? 涙まで流して。もう、一生会えないって雰囲気だったよ? 思い出だけを胸に、さよならって感じだったよ?」

 リオナはにんまり笑った。まるで、悪戯っ子の表情だ。

「蓮があんまり私のことを無視するから、ちょ~っといぢめてやろうと思って」

「な……」

 リオナは両手を頬にあて、目を閉じ、

「まさか、泣き出すとは思わなかったわ~。そんなに私、愛されていたなんて、照れちゃうなぁ、もう!」と、からかうように言った。

「お、お……」

「お?」

「お……」

「お?」

「お、お前なんて、大っ嫌いだ!」

 ぼくは大声で叫んでやった。

 リオナはお腹を抱えて笑っていた。



 もう、見慣れた光景だった。テーブルの上にはぼくの分の朝食と、リオナの小さな食器が並んでいた。テレビを消して、二人で話をしながら食事をした。

「ねぇ、リオナ。長距離転送をしたら消えてしまうって事は、マカトフも消えてしまうの?」

「地球から出る時には私達の転送機を使ったけれど、途中で自分自身の転送機に切り替えたらしいわ。だから、消滅する事は無いと思う」

 そうか……。なら良かった……。できればもう一度、会って話をしてみたいな……。

「それにしても、らうるるるるあは、なんで戻るように言ったんだろうね?」

「蓮は、マカトフと戦った時、絶対に勝てると思った?」真面目な顔をして、リオナが聞いてきた。

「まさか」

「勝てると思っていなかったのに、なんで戦ったの? 私は逃げた方がいいって言ったのに」

「それは――。リオナにいいかっこしたかったし――」

「それだけの理由で、勝てもしないような戦いに挑んだの?」

「う、うん……」なんか、ちょっと呆れられてる? ぼく。

「死んでしまったかもしれないのに?」

「それでも……。ぼくは君を守りたかったんだ……」

「ありがとう」リオナはにっこりと笑った。「きっと、らうるるるるあもそこが気になったんだと思うわ」

「どういう事?」

「トスク人はね。世界には何の意味もないと知ってしまったの。自分が生きていようが、死んでいようが、世界には何も影響しないって」

「うん。そんな事を言っていたよね」

「だから、彼らには〝命をかけてでも守りたい〟なんていう思考は無いのよ」

「そうなんだ……」

「ええ。それで、彼らの世界にあふれているニヒリズム思考から脱却するための、ヒントとしての対象に選ばれたのよ。蓮が」

「ぼくが……? そんなたいした人間じゃないのに?」

「トスク人から見ると、よほど珍しい生命体に見えたんでしょうね」そう言いながら、リオナが笑った。

 まぁ、観測対象になるのはちょっと複雑な心境だけれど、そのおかげでリオナとまた一緒にいられるならいいか。それより――。実は、リオナが帰ってきてから、ずっと聞きたい事があった。食事の用意や服の用意のせいで、今まで聞けなかったけれど、今がチャンス……かな。

「あ、あのね、リオナ?」声が上ずってしまった。

 そんなぼくのサインを、リオナも見逃さなかった。「どうしたの? なんか緊張してるみたい」完全に見透かされている。

「こ、ここに戻って来るの、嫌じゃなかった?」

「なんで?」リオナは意外そうな顔をした。

「だって、ぼくは、あんなに冷たく接してしまったし……。らうるるるるあからの命令じゃなければ、本当は戻りたくなかったんじゃないかと思って……ね」

 リオナは微笑を浮かべた。

「あのね、蓮、言っておくけれど、私達にだって選択の自由はあるのよ」

「選択の自由?」

「そう。いくらトスク人からの命令だって、自分が嫌なら、その任務を断るくらいの権限は与えられているの」

「そ、そうなんだ」

「そうよ。だから、らうるるるるあに命令されて、嫌々戻って来たってわけじゃないのよ」

 ほっとした。心底ほっとした。

「安心した?」リオナがぼくの顔を覗き込み、聞いてきた。

「うん」本心だった。

「それに、なにしろ蓮の所にいれば、食事はきちんと出てくるし、家事は全部やってもらえるし、可愛い服も買ってもらえるし──」

 ちょっと、それだけ? それだけなの? それじゃ、本当にただの便利なだけの男だよ?

「それになにより!」

 リオナは最高の笑顔を作り、そして、こう言った。

「まだ夕日に染まった河原を二人で見てないしね」


          ── 終わり ──


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『たとえ君がべつの人でも』 山本てつを @KOUKOUKOU

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