第4話 四日目 水曜日
「レーン!」
鼓膜をつんざく大声で目が覚めた。ビックリして目を開けると、ぼくの右耳のすぐ横にリオナが立っていた。リセの衣装が気に入ったのか、今日はスカイブルーの襟とスカートのセーラー服を着ていた。
目を開けたぼくの顔に、リオナの片足が乗せられた。つまり、顔を踏んづけられた。トスク星では、人の顔に足を乗せるのが友好の証なのだろうか?
「リオナ、今日は早いね。お腹すいたの?」踏んづけられたままぼくは聞いた。
「今日はクアウラ人の調査委員がやってくるから、ちゃんと早起きしてって昨日言っておいたでしょう?」リオナはぼくを踏んづけたまま答えた。
ああ、そう言えば、眠りに落ちていく途中にそんな事を言われたような、言われなかったような──。
「了解です。──あと、リオナ?」
「何?」
「パンツ見えてるよ」
「ながぁうぐぅぉぉー!」聞いた事もない言語でリオナが叫んだ。そして、ぼくの顔に乗せていた足を大きく後ろに振ると、そのままその足でぼくのこめかみにキックを炸裂させた。
「いったー!」いくら六分の一スケールとは言え、こめかみにキックはかなり応えた。
「〝スケベな女の敵に制裁キック〟よ!」リオナが技名を吼えた。
(ありがとうございます!)取り敢えず、心の中で叫んでおいた。
「もう、すぐに〝なんとか星人〟さんはいらっしゃるの?」パジャマを着替えながらぼくは聞いた。
「クアウラ人よ。予定ではあと十五分三十七秒」ポテトチップスをパリパリやりながら、リオナが答えた。よほど気に入ったらしい。
「何か用意する物ある? お水とか?」
「クアウラ人には必要ないから大丈夫。部屋もエアコンで涼しくしておいたから大丈夫だし、とりあえず必要な物は無いわ」
そうか。それなら一安心だけれど。
「それにしてもこれ、美味しいわね」リオナがポテトチップスの袋をしげしげと眺めながら言った。
「気に入ったみたいで嬉しいよ」
「う~ん。ねぇ、蓮」
「何?」
「ポテトチップスもっと食べたいから、このカルビー買ってきた」
カルビー買うのかぁ。何億円くらいいるんだろう。
「ごめん。ぼくの財力では無理だ」
「なら、こっちのコイケヤでもいいよ?」
「コイケヤも無理かな~」
「そうかぁ。残念」
そのうちやる気になったら、ポテトチップス手作りしてあげよう。
テーブルの上に現れるであろう異星人様をそのまま待っていると、一筋の強烈な光が輝きだした。
「リオナ、重ねて確認しておきたいんだけれど、大丈夫だよね? 普通の地球人がこの光を浴びても平気なんだよね? 突然病気になったりしないよね?」
「た、たぶん……」
たぶんって、本当に大丈夫なんだろうね? インフルエンザにそっくりな病状になって、いきなり死んじゃったりしないよね?
輝きはすぐに色を無くし、光は消え去った。らうるるるるあの時と比べると、反応は遥かに小さかった。そこに現れた異星人は、らうるるるるあより、リオナより、かなり大きかったけれど。身長は五十センチ近い。前方後円墳の丸い方を上にして立たせたような体には、目も口も何も無かった。足のような部分も無かったけれど、その代わりを申し訳程度に付いている腕のような部分が担当していた。全身緑一色の体は裸なのか、そういったボディスーツなのか? その緑の体色がマジョーラカラーのように、別の色を生み出し、グラデーションで溶けていた。
トスク人に比べれば遥かに知的生命体らしい体をしていたけれども、何か、こう、ふわふわした感じだ。風に飛ばされそうな感じと言えば、一番しっくりくる。
「お久しぶりです。リオナ。そして、はじめまして。地球の方」ブーンというノイズ音と共に、クアウラ人の方がお話になった。
「はじめまして。蓮と言います」
「私はカズナレルと申します。よろしくお願いいたします」相変わらず、ノイズ音がする。声帯が地球の大気に対応していないのか? 音域が地球人の耳で処理できる範囲を超えているのか?
「久しぶり。カズナレル」リオナが挨拶をした。握手の習慣があったら、ここで握手でもするのだろうけれど、腕が足になってしまっているカズナレルでは握手はできそうにない。
その時、カズナレルがバランスを崩し、よろめいた。そして、一瞬のうちに目の前からいなくなった。
「え? カズナレルは? どこに行ったの?」なんだ? 今度の宇宙人さんはインビジブル能力の持ち主か?
「ここにいます」声だけは聞こえてきた。
ぼくは体を少し左へ寄せ、カズナレルを見る視点を変えた。すると、そこにカズナレルは確かにいた。かなり幅が狭くなっていたけれども。
「クアウラ人は、体の厚さが八ナノメートルくらいしかないのよ」リオナが答えを教えてくれた。
なるほど! 二次元の人か! ノイズのような音がするのは、恐らく体を振動させて音を出しているからだ。
「体を巻くと、ほとんど見えなくなるの。だから、追跡任務はクアウラ人にお任せなのよ」
確かに、隠密行動にはかなり適した体だ。
「凄いなぁ。こんな人が何人も地球に常駐していたら、気がつかないうちに、星ごと乗っ取られそうだ」
「残念ですが、我々クアウラ人はラオ人のような高い環境適応能力を持ち合わせてはいませんので、この星で繁殖する事は不可能です」ノイズ音とと共にカズナレルが言った。
「ラオ人?」
「私達、地球人の遺伝子から作られた人種よ」リオナが言った。
「ラオ人──地球人って、そんなに環境適応能力が高いの?」
リオナは口に人差し指をあて、上を向いて少し考えた。
「えーとね、蓮は気温三十度を越える夏の日、外を歩いていても、平気でしょ?」
「うん。長時間はきついけれどね」
「で、あんまり暑いから、どこかエアコンの効いた室温二十度のお店の中に突然入っても、平気でしょ?」
「もちろん。生き返った気持ちになると思うよ」
「トスク星にいるほとんどの生命体は、周りの気温がいきなり十度も変わってしまったら、気温差についていけずに死んでしまうのよ」
「え! ……たった十度で?」
「ええ。季節や気象状態で大きく気温が変化しただけでも、大半の者は生きていられないわ」
「じゃあ、春夏秋冬のある日本なんか……」
「彼らにとっては、地獄ね」リオナはあっさりと言った。『日本は地獄だ!』って事か。種族によっては、環境が生命活動にかなり影響を与えるんだなぁ。「クアウラ人も温度に敏感でね。だから早起きしてエアコンを付けて部屋の温度調節をしておいたのよ」
そうか。特に二次元の人にとっては、ほとんど表面積=体積だものね。温度には敏感になるわけか。
「一日の温度変化でさえ、対応するのに困難な時がありますから、地球を侵略するような事は不可能です」カズナレルが言った。
なるほど。地球の環境自体が、異星人の侵略を防ぐバリアになっているのか。そこで生きていられる地球人って、案外凄いんだ。
なんとなく自分が地球人である事が誇らしく思えてきた。
「マカトフに付けてくれた発信機のパルスは、報告があった物から変わっていない?」リオナがカズナレルに聞いた。
「報告の通りです。足取りを完全には追えていませんが、まだこのエリアにいます。移動手段を確保できていないようです」
「そう……。了解よ。これからはこっちで担当するわ。でも、もし可能だったら、引き続き調査してくれる? 私達では見つけ出す事ができないかもしれないから」
「はい。了解いたしました」
「ちょ、ちょっと、待ってくれる?」話が終わってしまいそうだったので、ぼくは慌てて割って入った。
「何でしょう?」カズナレルが答えた。
「信号だけじゃぼくが分からないよ。マカトフの人相・風体とかは分かるかな?」
「身長一九十センチ以上の長身。黒の長髪。四眼の内二つを隠すため、額に白い布を巻いていますが、これは体組織の一部を変形させた物と思われます。服装は上下とも白。これも布のように見えますが、体組織を変形させた物だと思われます。以上です」
立派な業務連絡だ。
「もう少し、ぱっと見た目ですぐ分かりそうな所とかは無い?」
「あくまでも私見ですが、かなり上手に地球人をトレースしています。元々体の構成がよく似ていますので、見分けるのは不可能ではないかと思います。識別できるとすれば、標準を大きく越える長身ですので、その点くらいでしょうか」
「でも、君が見ればすぐにマカトフだって分かるんだよね? なんで?」
「体表面温度の違いからです。我々は主に温度を感じて、外界を見ますので。視力は福次的な機能でしかありません」
そうか、そういう特殊能力に頼ってか。
「私達は、発信機をあてにするしかなさそうね」リオナがぼくに言い聞かせるように言った。
「うん」ぼくはため息混じりに答えた。
クアウラ人のカズナレルは、隣のエリアで待機している調査委員と連絡を取るため、再び転送をして消えた。ぼくはすぐにも街へ出てマカトフ探索をしようと思ったのだけれど、リオナが「まずは、ごーはーんー」と言ったので、先に食事を取ることにした。どうもリオナからは急がなければいけないといった緊迫感を感じないのだけれど、どうしてだろう? マカトフ探索にあまり乗り気でないのかな? けれどもぼくは何とかして、マカトフが担当エリアから出て行ってしまう前に見つけたかった。ぼくのヒロイックストーリーのために。たとえそれが大きな危険を伴う事だとしても。
でも……。
でも。
でも、もしもぼくがマカトフを取り押さえる事に成功したら、リオナはどうするのだろう? やっぱり、任務完了直後に母星へ帰ってしまうのだろうか? もう、彼女とはお別れになってしまうのだろうか? それを考えた時、ぼくもマカトフ探索を後回しにしたくなった。
リオナとの生活が、もうすぐ終わってしまうかもしれない。それも、ぼくがやる気を出せば出すほど。リオナから尊敬されたいと思えば、思うほど。
このまま、今の生活を続けるべきか。それとも、最後にカッコいいところを見せて終わるべきか……。
リオナの本音が知りたかった。すぐにでも任務を終わらせて、母星に帰りたいのか、それとも……。それとも、少しでもぼくと一緒にいたいという気持ちがあるのか……。
そんな矛盾した心のまま時はたち、午後になった。ぼくとリオナはついに街へ出かける事にした。
肩からたすきがけにした鞄の中にはリオナと保冷剤。
「リオナ、大丈夫? 暑くない?」
「うん。大丈夫。思ってた以上に、快適」
保冷剤を入れたのは正解だったな。
「外は見える?」
「視界良好とは言えないけれど、大丈夫よ」
視界確保に鞄の横を切り取ろうかと思ったけれど、鞄の隙間からなんとか外は見えているようだ。
と、こうして鞄に話しかけたり、鞄から声が聞こえてきたら、怪しい人間満点だ。マカトフじゃなくても近寄ろうとしないだろう。ぼくはUSBメモリータイプのミュージックプレーヤーにスマホで使うハンズフリーのヘッドフォンを差込み、ミュージックプレーヤーのモードを録音モードにした。後はワイヤレスヘッドセットを付けて──。
「リオナ、マイクの穴に向かって、小声でちょっと喋ってみて」
「ちょっと喋る」
!
耳がキンとした!
リオナの声が大音響で聞こえてきた。ぼくはミュージックプレーヤーのボリュームを四段階ほど下げた。
「もう一回喋って」
「もう一回喋る」
うん、ちょうどいいくらいのボリュームだ。これでリオナからの声はかなり小声で済むから、リオナの声が鞄から外に漏れる事はないだろう。ぼくが一人で鞄の中のリオナに話しかける結果になるけれど、ハンズフリーヘッドフォンを見れば、スマホで話しながら歩いている人と思われるはずだ。目立ちはするかもしれないけれど、それほど怪しい人間には見えないだろう。
……たぶん。
後はあまり鞄が揺られないよう、気をつけて歩くくらいだ。
「マカトフから二百メートル以内に入れば、リオナには分かるんだよね?」
「ええ。タキオン通信機に反応があるから」
よし、それならもう準備は万端だ。
いざ!
マカトフを探しに!
と、気合を入れて出てきたものの、いったいどこからどう探せばいいのか分からず、ぼく達はただ街をぶらぶら散歩するだけだった。
それに加えて、リオナが街の中にある物に、とにかく何でもかんでも興味を示して、ぼくは行きたくもないブティックやらファンシーショップやらいろんな店を案内させられた。
で、現在はペットショップに捕まっている。
「可愛いねぇ~。可愛いねぇ~」
ガラスの向こうには、ドラえもん。ではなく、スコティッシュ・フォールドの子猫。リオナは猫好きらしい。
「ねぇ、蓮、猫ちゃん飼おうよ」
三十二万円もする猫さんは買えませんし、飼えません。
「ねぇ、蓮ってば!」
店の中では、さすがにハンズフリーフォンで話す演技はできないってば。
「猫ちゃん可愛いよ?」
猫が可愛いのは認める。できればぼくだって飼いたい。でも、一人暮らしでは世話をきちんとしてあげられる自信もないし、学校やアルバイトでぼくが外出している間、一人ぼっちの猫が可愛そうだ。
「にゃーにゃー。猫~」
それよりなにより、猫にとって、リオナは良い遊び道具になっちゃうよ? 狩りの練習にはもってこいだもの。リオナのサイズは。
「寝てばかりで、全然遊ばないね」
まぁ、猫は寝るのが仕事みたいなところあるし。
これ以上ここに引っかかっていては、探索どころの騒ぎじゃない。ぼくは回れ右して、ペットショップを後にした。
「なんで出てきちゃったのよ! もっと猫ちゃん見てたかったのに!」
リオナ、声が外に漏れるから、あんまり大声で喋らないでよ。はぁ、喫茶店にでも行って、ちょっと休もうかな。
どこかのお店に入るとして──。
「リオナ、何か飲む?」どうやって鞄の中に押し込むかが問題だけれど。
「喉は渇いてないけど、お腹がすいたー」
「ポテトでいい?」
「冷たい物がいい」
と、言うリオナの意見を聞いて、公園に出店していたオープン店舗のアイスクリーム屋さんにした。バニラアイスを一つ。コーンではなく、カップに入れてもらい、ぼくはアイスコーヒーを買った。それらとスプーンを持って木陰のベンチへ。人目を気にしながら鞄を開け、カップとスプーンを中に入れた。
「こんなに食べきれないよ」
「余ったら、ぼくが貰うから。それより、スプーンは使えそう?」
「こんな大きいの無理。直接手で食べるからいいわ」
アイスクリームを手で鷲掴みか。なかなか豪快な食べ方だな。
それほど都会とは言えない街のおかげか、この公園はかなり大きく、ベンチに座っている人間が独り言を喋っていても気にする人などいなかった。人が集まっている所と言えば、中央にある噴水周りくらいのもので、夏の暑い午後はセミの大合唱しか聞こえないくらいだ。大きな入道雲が見えるけれど、天気予報が正しいなら雨の心配はいらない。ぼくはアイスコーヒーをブラックのまま一口飲んだ。普通のインスタントコーヒーの味がした。出店で本格派ドリップコーヒーを望んじゃいけないか。
さて。聞いておかなくてはいけない事を、今のうちに片付けておくか。
「ねえ、リオナ」
「何?」
「マカトフを見つけたとして、どうやって捕獲するの? 何か超科学兵器とか転送するの?」よく考えたら、ぼくの腕力で倒せる相手かどうかも怪しい。
「らうるるるるあに連絡を取って、彼に捕まえてもらう予定よ」
「らうるるるるあって、あまり戦闘向きだとは思えないんだけれど?」
「今までのマカトフとの遭遇で、マカトフも私達みたいな電気信号で筋肉を動かしている生物だって分かっているの。それで、〝神経阻害剤〟っていう薬を作ったから、その薬をマカトフに打ち込むのよ。そうすれば、マカトフを麻痺させられるはずだから」
「〝はず〟?」
「実際に使った事はないから、確実にとは言えないの」
「そうか。と、なると、らうるるるるあが来るまでに、ぼく達は何をしていればいいの?」
「そうねぇ……。私達は追跡して監視し続けるくらいしかできないかな」
……。なら格闘戦とかは無しか。追跡だけでは、リオナからの尊敬を受けるのは無理そうだな……。なんだか、少しやる気が無くなってきた。リオナもあまり乗り気ではなさそうだし……。
こっちの疑問も片付けておくか。
「ねぇ。リオナがこのミッションをあまりやる気じゃなさそうなのは、監視くらいしか出来る事がないから? それともマカトフが怖いから?」
「ううん。全然違う理由よ」
「何? それは?」
「あまり急がずに、……もう少し、地球を見てまわりたいの。……私達のご先祖様の星だもの」
あ!
そうか。
そうだよね。
大きさは変えられちゃったけれど、ここは本当の意味でのリオナの故郷だものね。
……気がついてあげられなかったなぁ。
彼女にとっては初めての地球。それでも彼女の故郷。自分達の故郷がどんな星なのか、気にならないはずがない。
ぼくがバカだった。それくらいの事、もっと早く分かってあげるべきだった。
と、なれば、この後の行動は決まりかな。時計を見ると、ちょうど三時半。まだまだ夏の太陽がかげる時間じゃない。
「リオナ、もうそろそろ行こうか。アイスどうなった?」
「あ、蓮、余った分食べて」
ぼくは鞄を開けて中を覗いた。そこには口も手もクリームだらけになったリオナがいた。
「先に、顔でも洗おうか?」ぼくは思わず笑ってしまった。
「うん!」リオナが笑顔で言った。
公園の水道で人目を気にした怪しい素振りを振りまきつつ、リオナに顔を洗ってもらい、ぼくは再び歩き始めた。公園の中を。
完全な夏の日差しはじりじりと肌を焼く音が聞こえてきそうだった。柵の中に広がる芝生はビロードのような美しい緑のグラデーションを描く。芝生の上に影を作る木々も、もう若葉とは言えないりっぱな葉を開かせ、その下に集う人達に僅かな涼を与えてくれていた。いつもの夏の一コマだった。全く変わり映えのしない日常の一瞬だった。この同じ空の下、宇宙の中でも最悪に位置する大量殺戮者がいるとは、とても思えないくらいだった。噴水では、子供達がびしょ濡れになりながら遊んでいた。その子供達を、母親だろうか、女の人が笑いながら見つめていた。
「ぼくも飛び込みたいな」
「え?」
「暑いから、ぼくも一緒に水遊びしたいくらいだ」現実問題として、二十歳の男子が子供達の中に飛び込んで行ったなら、警察に通報されるかもしれないけれど。
「私も混ざりたいなぁ」
何回か目撃している、リオナの下着姿と言うか、水着姿を思い出してみた。
く、惜しい、まったくもって惜しい! 六分の一サイズじゃなければ、一緒にプールにでも行きたかった!
太陽は眩しく、その輝きに照らされている物は、全てが命の輝きを反射させていた。
「ほんの少し……」ぼくはつぶやいた。
「え?」
「こんな公園の、ほんの少しだけ切り出して人の手で置いてあるだけの自然だけれど、綺麗でしょう? 地球の自然も」宇宙には、もっともっと綺麗な星がたくさんあるのかもしれないけれど。
「うん……」
「本当ならそんな鞄の中から出してあげて、その足で手で地球の自然を感じてもらいたいんだけれど、ごめんね。ここではやっぱり人目があるから」
「ううん。充分よ。……蓮」
「何?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「トスク人がずっと自分達のルーツとなる遺伝子を探しているように……。私はずっとこの景色を探していたのかもしれない」
ぼく達は結局そのまま公園を散歩して、日が傾きかけ始めた頃、夕焼けを楽しみながら家に帰った。
明日は、河原の方へ行ってみようと約束をして。
家に着き、明かりをつけた。すると、テーブルの上に思わぬお客様がいた。
らうるるるるあだ。
ぼくの頭に声が響いた。
『レン君、すまないが、水を用意してもらえないだろうか?』
はいはい。
お椀にミネラルウォーターを汲み、テーブルの上へ置き、その中へらうるるるるあを入れた。
「どうしたの? いったい」リオナがたずねた。
『至急伝えなければならない事態が発生した』
「それなら、タキオン通信でよかったじゃない」
『いや、それだけでは不充分と判断したのだ』
「何が……。おこったんだい?」どうしよう。嫌な予感しかしない。
『隣のエリアで探索をしていた、調査委員がマカトフと接触した』
「え! それで、どうなったの!?」ぼくは驚いて聞き返した。ヒロイックストーリーが始まる前に終わってしまったかと思った。
『追跡をしていたが、マカトフに発見され、メンタルボルトによってそれ以上の追跡が不可能になった』
「ええ!? 調査委員に怪我は!? 命は大丈夫!?」リオナが少し取り乱したように聞いた。
『大丈夫だ。メンタルボルトによって一時的に体の自由を奪われたhが、後遺症になるような負傷もなく、生命活動にも問題はない』
「よかった……」
『あまりよろしくもない。マカトフの居場所が完全に分からなくなってしまった』
「命が助かったっていうのに、あんたは!」
リオナがらうるるるるあに怒りをぶつけるのは初めて見たかもしれない。
「あの、ちょっといい?」不穏な空気が流れ始めたのと、質問もあったので、ぼくは話に割って入った。
『なんだ?』
「〝メンタルボルト〟ってなに?」
『精神攻撃だ。マカトフがメンタルボルトを使ったため、タキオン通信での連絡や連絡員を使わず、私がここに来た』
「精神攻撃って、テレパスがやるような、心を操作するやつ?」SF小説やアニメでやマンガではおなじみだ。
『今、君が考えているものとは少し違う』
「具体的には?」
『君は、私がどのように君の思考に干渉しているかを覚えているかね?』
「脳内のニューロンネットワークで発生する電気信号を読み取ったり、操作したりしているんだよね?」
『そうだ。マカトフのメンタルボルトも理屈は同じだ。脳内電気信号を操作して、一時的に思考や体を麻痺させる』
「オカルトではなく、化学作用だって言いたいんだね? でも、どっちでも対して変わらなんじゃない?」
『ニューロンネットの電気信号を操るとなると、対象からあまり離れる事ができない』
「ようは、射程距離が短いって事?」
『言い換えれば、そうだ。それ以外にも、天候・障害物の有無などによっても変わる』
「障害物はなんとなく分かるけれど、天候なんか関係するの?」
『湿度の高い日ならばイオン化しやすい。また、雷が発生するとジャマーになってしまう』
「雷で……。レーダーに対してチャフを撒くようなもの?」
『そう捉えてもらっても問題ない』
なるほどねぇ。テレパスも制限が多いんだな。
「それだけの情報なら、通信だけでよかったでしょう? どうして直接やって来たの?」リオナがたずねた。
『もしも君たち……。特に、レン君がマカトフに遭遇した時を考えてな』
「ぼくが遭遇した時、何なの?」
『君は今までに精神攻撃をされた事がないだろう?』
「うん、まぁ、らうるるるるあが言うような精神攻撃はされた事が無いよ」
SNSやブログや掲示板でわけの分からない精神攻撃というか人格攻撃ならされた事があるけれど。
『いきなりメンタルボルトをされた場合、そのダメージよりパニックになってしまう危険性の方が大きい』
「なるほど。それで?」
『なので、その前に一度メンタルボルトを経験しておいた方が良いと考えたのだ』
メンタルボルトを経験って……。
「早い話が、らうるるるるあがぼくにメンタルボルトをするって事?」
『そうだ』
こ、これは……。それはパニックにならないように経験しておいた方がいいのかもしれないけれど、大丈夫なのかな? らうるるるるあがぼくに危険な事はしないと思うけれど、地球人が耐えられるものなのか……。
『どうした。悩んでいるのかね?』
「うん。さすがにちょっと怖いから……」
『安心したまえ。トスク人のメンタルボルトは、命を奪えるような強力なものではない。精神に傷を残すような事もない』
「本当に?」
『本当だ。既に実証済みだ』
「え!? 実証済みって!?」
『水から水への移動中、捉えられそうになったのだ。その時メンタルボルトをあたえ、逃げた事がある』
「危ないなぁ。もしも死んでしまったらどうするつもりだったんだよ……」
『ラオ人にも大きな影響が無いことが分かっている。オリジナルである地球人にも影響が無い事は推察できる』
そういう裏付けがあるにはあったのか。それでもちょっと危ないよなぁ。
『どうする? どうしても嫌だというのなら、止めておくが?』
う~ん。そうだなぁ。
「本当に大丈夫なら、やってもらおうかな」
「いいの? 蓮」
「確かにらうるるるるあの言うとおり、一回でも経験してるのとしてないのでは、経験しておいた方が冷静に対応できるだろうからね」
「そう……。よね」リオナは少し心配そうだった。
『では、いくぞ。レン君』
「うん」
それは一瞬だった。痛くも痒くもなかった。何も苦痛は感じなかった。
でも、全身から力が抜けた。ぼくは倒れこみ、小指の先も動かせなくなった。呼吸もできなくなり、全身が麻痺してしまった。
「い、息が……」
『これがメンタルボルトだ。安心したまえ。すぐに動けるようになる』
らうるるるるあの言うとおり、すぐに呼吸は元に戻り、手足も動かせるようになった。麻痺していたのは長く見積もっても二秒か三秒程度だったろう。
「ほんのちょっとだけとは言え、この攻撃は怖いね……」
『先程も言ったが、メンタルボルトは条件も限られ、近距離でしか使えない。冷静に対処できれば、致命的なダメージとはならないだろう』
「うん。かもしれない。経験しておいて良かったよ」
と、口では言ったものの、ぼくは少しだけ引っかかるものがあった。
「あのさ、らうるるるるあ。さっき〝トスク人のメンタルボルトは〟って言ったよね? という事は、マカトフのメンタルボルトは命を奪えるほど強力な可能性があるの?」
『どの種族のテレパシー能力を奪ったものか分からないので、はっきりとした事は言えない。しかし、強力なテレパシー能力を獲得していた場合、その可能性はある』
「可能性があるんだ……」
『メンタルボルトは分かりやすく言えば、脳内の電子伝達を狂わせる攻撃だ。脳みそを電子レンジに入れられるようなものだからな』
「簡単に死んじゃうね……」
『しかし、マカトフのメンタルボルトを受けた調査委員は、そこまでのダメージは受けていない。マカトフが強力なテレパシー能力を使えるならば、そんな中途半端な攻撃はしないだろう。なので、必要以上に恐れる必要は無いものと思われる』
そうか、マカトフなら自分を追跡する者を生かしておく必要なんか無いものな。
『とにかく、用心はしても恐れない事だ。冷静な判断ができなくなる事が致命的な状況を生んでしまう。不明にならず冷めた目を持つことだ』
「うん。了解」
らうるるるるあはその後リオナに連絡事項を伝え、去っていった。
マカトフは……。
やっぱりかなりの怪物みたいだ……。
まともに戦って、勝てるのか?
ぼくは……・
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