第30話

「I5からB5へ!」


 開始と同時に桂葉が叫んだ。

 9×9のマスには桂葉が判別しやすいよう、アルファベットと数字が割り振りされている。I5と言うのは、直登がいる位置であり、そこに座標を合わせると透明な『箱(ボックス)』が直登を包んだ。そして次の瞬間には『箱(ボックス)』もろとも直登が消える。


「なっ、直登が消えた……!? なにこれ? 凄いよ!」


「消えてない。ただ、移動しただけだ」


 興奮したように叫ぶ赤岬の背後に直登はいた。

 直登がその言葉と共に刀を振るう。

 流石に峰撃ちではあるが、それでも人の骨くらいは折る威力はある。『魔法少女』として肉体が強化されてるので、赤岬ならば打撲で済むだろう。


「え、え……?」


 戸惑いながらも赤岬は防御の姿勢を取る。

 打撲で済むからと言ってノーガードで受ける思考は赤岬にはない。なぜなら、それは、これが訓練でなければ、殺されていたという事実が生まれるからだ。

 両手を合わせて体を捻る。

 そして『魔法』で作られた手甲で、直登の斬撃を防いだ。

 金属と金属がぶつかるような甲高い音が訓練室に響く。


「次は、D5へ頼む!」


 攻撃を防がれた直登は直ぐに桂葉に次の指示を出す。

 手甲という近距離船が得意な赤岬相手に、いつまでも近づいているのは危険だ。桂葉の『魔法』があれば、ヒット&アウェイを使うのが理想的だろう。


「は、はい!」


 桂葉は再び直登に対して『箱(ボックス)』を発動させると、指定された位置に直登を送る。直登も桂葉がどんなふうに自身の『魔法』に座標を振り分けたのは把握している。

 実戦経験で摘んだ直登の瞬時な判断と桂葉の『魔法』は互いに補強しより強力な戦法にへと昇華しているようだった。


「また消えた!?」


「だから、消えてないって……」


 離れた位置から直登は翻弄されている赤岬に呆れて見せる。


「くっ! でも、移動してばっかじゃ、私は倒せないもんね!」


 グッと体を縮めた赤岬が、一直線に地面を蹴った。

 たった一歩で数メートルの距離を跳ぶ。

 『魔法少女』の身体能力を生かした戦いだが、それだけでは桂葉の『魔法』に対峙するのは不十分だ。


「桂葉さん!」


「は、はい!」


 赤岬の拳が届く前に直登は姿を消した。

 またも瞬間移動をしたのだ。

 そして桂葉が選んだのは座標は赤岬の背後。拳が空を切り、隙だらけになった背中に直登が迫る。今度は防御されずに攻撃が当たると直登は思ったが、『ガァン』と、鈍い音と共に、桂葉の『箱(ボックス)』に阻まれた。


「ご、ごめんなさい……」


 対象を『箱(ボックス)』で包んで瞬間移動を行う、赤岬をも翻弄する利便性の高い『魔法』ではあるが、それが必ずしも万能と言う訳ではない。

 『箱(ボックス)』は外からの攻撃も、内側からの攻撃も全て遮断してしまうのだ。『箱(ボックス)』の強度は鋼鉄の如く固い。

 直登は全力で鋼鉄に刀を振り抜いたことになる。

 その衝撃に握力を奪われ、刀を取り落とした。


「……っつ、す、すいません」


「……気にするな。それより、次だ!」


 桂葉とのタイミングがずれれば、直登自身にもダメージがある。かといってタイミングがずれることを恐れて、全力で刀を振るわなければ、敵を倒すことは出来ない。

 それも桂葉の弱点であろうが、それ以上に、直登が問題視する弱点が桂葉にあった。

 それは――


「あ、え、は……。はい! つ、次は、ど、どこに。あ、ええと、ああ」


 一度でも失敗すればすぐに冷静さを失うこと。そしてアドリブに弱いことだ。

 赤岬の前で自爆し、ダメージを直登は負った。

 ならば、一度、距離を取るべきなのだろうが、桂葉はその判断が自分では下せず、ただただ、直登の返事を待つばかり。


「どこでもいい。取りあえず、距離を……」


 当然、何手も遅れた判断を、敵が待つわけはない。


「あのさー。あんだけ能力を見せつけて置いて、私が逃がすと思ってるの! 甘いよ、直登! ……。けど、その甘さ、嫌いじゃないぜ!」


「……なら、その拳を振るわないでくれよ……」


「それは無理だよー!」


 右手を大きく後ろに引いた赤岬。

容赦なく振り抜いた巨大な手甲が、透明なボックスにぶつかる。直登の斬撃ではビクともしなかった『箱(ボックス)』が、ガラスが砕けたように、バラバラと破片を散らして消えていった。

 内側も外側も強度としては同じである。

 直登の攻撃が弱いのも事実ではあるが、それでも『侵入者』の攻撃を一度は防いだこともあるのだ。

 赤岬の『魔法』が桁違いという事だろう。


「う…、うう……」


 『魔法』を砕かれた桂葉は、呻き声を洩らす。

 直登も直ぐに手を挙げて降伏をした。


「……参ったよ」


「潔く負けを降参するってことは、ここちゃんの『魔法』は、一度砕かれると、一定時間は使えなくなるってことかな?」


「その通りだ」


 それは桂葉から聞かされていた『魔法』の弱点だった。


「うーん。それは残念。もうちょっと、戦いたかったのに。私だって、完全に攻略できたわけじゃないし。ほとんど自滅しただけじゃん……」


「……す、すいません。わ、私が、遅れちゃって」


 赤岬の言葉に、桂葉が申し訳なさそうに小さな声で謝った。


「桂葉さんは気にしないで。そういったことを無くすための訓練なんだからさ」


 もっと、訓練をして互いのタイミングを修正すればいいだけのこと。また、仮にミスをした場合でも、互いにカバーできるように話し合いをしておけば、桂葉の迷いも消えるだろう。

 今回の実戦訓練の収穫は零じゃないと直登は桂葉に笑いかけた。


「は、はい……」


「そーだよ。じゃあさ、次の訓練は、私と桂葉ちゃんでタッグを組もうよ! そして直登と戦おう!」


「おい! それはちょっと待て! 『魔法少女』二人を相手に、戦おうと思うほど、俺は馬鹿じゃないぞ? それは訓練でもなく、只の虐めだ!」


 直登はあくまでも一般的な力しか持っていない。

 身体能力だけでも、その差は大きいのに、『魔法』まで使われたら、勝ち目など残されるわけもない。

訓練にすらならないことを、何故やるのか。直登は赤岬の提案を両手を振って否定した。


「違うよ。直登が危機から逃げる訓練だよ、虐めじゃない!」


「それを虐めじゃないってんなら、一度、道徳を学び直せ!」


「やだよー。あんな精神論の押し売り……。大体、女子高生にいじめられて、直登は喜ぶんだから、むしろご褒美でしょ? だから、直登のその理論は通じませんー」


「いや、俺のはそんなリアクション芸のふりじゃない! マジなやつだ!」


 直登の否定に、「やってくれ」などと言う意味は込められていない。

 純粋な拒否だ。


「ふーん。だってさ。心(ここ)ちゃんはどっちを信じる?」


 直登が本当はどう思っているのか。 

最終的な判断を桂葉に求めた。

まさか、このタイミングで話を振られると思っていなかったのか、直登と赤岬の顔を何度も往復した後に、


「わ、私は……」


 と、直登から距離を取った。

 どうやら赤岬の言葉を信じたらしい。


「なんでだ……」


 その桂葉のジャッジに直登は今日一番の怪我を負う。この痛みに比べれば戦闘訓練でのダメージなど全然痛くなかった。


「……はぁ。どうして、俺のイメージが」


「まあ、私が日頃から心(ここ)ちゃんに直登の性癖に気を付けるよう忠告してるからね」


「お前、それ絶対に嘘しかついてないだろ! 人の好感度を下げてどうするつもりだ!」


「もう好感度なんて気にしないでって。しょうがないなー、虐めは後にして、ご飯でも作ろうかな」


「……おい、今、虐めって言ったよな? って、まだ、話は終わってないぞ!」


「じゃーね」


 直登の言葉を聞かずにさっさと訓練室から退室する。

 残された直登は桂葉に赤岬の言葉を確認した。


「……桂葉さん。あいつ、虐めって言ったよね」


 これでどっちが正しいのかはっきりさせようとしたが、


「……。わ、私も、赤岬さんを手伝ってきます!」


「何故!?」


 直登よりも赤岬の方が信頼されているようだった。

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