第29話
『機関』の地下に作られた訓練場に、果たして三人の人間が集まるのは初めてのことではないのかと直登は思う。
基本的に訓練室を主に使っていたのは、直登だけだ。『魔法少女』である赤岬は、時折やっては来るものの、ほとんど体を動かすことなく去っていくばかりで、訓練らしい訓練をしたことがなかった。
もっとも、赤岬は実戦で経験値を摘むタイプのようで、訓練をせずとも戦闘能力は高かった。
「おーい、直登? どうしたの?」
赤岬が直登に対して声をかける。訓練場の真ん中で早く体を動かしたいと、腿を上げて体を動かす赤岬。それに対して直登は、ぼんやりと壁に寄りかかって座っていた。
訓練室に来ているにも関わらずに、緊張感のない直登。
この場所で直登がこんな態度なのは珍しいと、赤岬は心配しているのだった。
訓練中の直登は張り詰めた糸のように張っているが――今日はその糸は緩んでしまっているようだ。
返事までも緩い。
「あ、ああ……。悪い。ちょっとな」
「珍しいねー。この場所で直登が気を抜くなんて」
「珍しく赤岬が一緒に特訓してくれてるから、なんか、変な感じがするんだよな……」
赤岬が訓練に前向きである。
それが直登がぼんやりとしている原因のようだった。現実味がないとでもいうべきか、夢心地と表すべきか。
一人、訓練室の中心で大袈裟に準備運動しているのも、いささかアピール臭かった。
直登の言葉に、赤岬が慌て直登の元に駆け寄る。
「や、やめてよ。心(ここ)ちゃんの前で嘘を付くのは! 直登の言い方じゃ、私が全く修行してないみたいに聞こえるでしょ!」
「……してないから言ってんだよ」
赤岬のやる気は、先日仲間になった桂葉(かつらは) 心(ここ)に良い所を見せたいという思いから来ているようだった。
直登としても赤岬の気持ちは分からなくともない。何故ならば、こうして『魔法少女』が二人そろっていること自体が奇跡なのだから。
これまで、井伊家が『魔女』について溜め込んでいた情報には、『魔法少女』は、一人しか現れないと記されていた。
仮に二人目の『魔法少女』が生まれたとしても、それは一人目が力を失いかけている場合であったと。
だが、直登がいるこの状況は違う。
赤岬も桂葉も、共に『魔法』は失っていない。
故に、戦闘好きな赤岬のテンションは高いのだ。
『魔法少女』と戦える、と。
「心(ここ)ちゃん。こんな奴の言うことは信じなくていいからね?」
「は、はい! わ、私も、ば、ばっちりやる気です!」
桂葉はやる気の現れではないだろうが、訓練するという赤岬からの事前通達に従って動きやすい服装――すなわち、学校指定のジャージを着ていた。
『繰間工業高校』のジャージは、男子が多いからか、余り派手なモノではなく、濃い緑に黄色の線が入った落ち着いたデザインだった。
落ち着いたというよりはダサかった。
そもそも学校のジャージなので、お洒落は求めていないのだろうが、学校の外で身に着けていると、違和感が強い。
尚、訓練をしようと提案をした赤岬は、赤と黒のチェックのスカートにスパッツというものだった。上は髑髏のマークが胸にどでかく描かれたTシャツ。
……これはこれで、桂葉と違う意味でダサかった。
「ほらほら。直登だけだよ!」
「分かったよ……」
赤岬に急かされた直登は、壁にもたれるようにして立ち上がると、黒い竹刀袋から日本刀を取り出した。
この刀が、『魔法』が使えない直登の唯一の武器である。
肩に担いで重い足取りで中心に向かう。
これから直登たちが行おうとしている訓練は、『実戦形式の試合』だった。
『魔法』有りの真剣勝負。
とは言え、『魔法少女』になったばかりである桂葉と赤岬が戦っても、勝敗は戦わずとも決まっている。『魔法』の特性からしても桂葉には不利だ。
そのことを考慮し、赤岬VS直登、桂葉チームで戦うことになっている。
桂葉とのコンビネーションは直登としても必要なので、訓練は必要だと考えてはいた。が、それを赤岬から言われたことで、少しばかり不満を持っていた。
赤岬にそのことがバレたら、直登は器が小さいとまたも言われることになるだろうが。
「な、な、な、ななななな、直登さん」
「うん。一回落ち着こうか、桂葉さん」
やる気はあると言ったものの、桂葉はかなり緊張しているようで、直登の名前を呼ぶまでに、5回以上、「な」を連呼した。
「す、すいません……」
頭を抱えて落ち込む桂葉。
桂葉が『魔法少女』に覚醒してから、戦うことが初めてだった。
桂葉が覚醒してから一か月。
一度だけ『侵入者』が現れたのだが、
「いきなり実戦は危ないから、先輩の戦いを良く見ておいてね!」
と、赤岬に倒されてしまった。
桂葉に見られていると気負ってか、一撃で『侵入者』を退治した。なんのためにもならない、ただただ、赤岬の強さを誇示するという、無意味な結果で終わったのだった。
「はぁ。そのことで注意したら、実戦訓練か……」
「へへー。いいアイデアでしょ」
「結局、赤岬が美味しい思いしてる気はするけどな」
「当ったり前ー! ふふふ。格の違いを見せつけてやるぜ」
「全然反省してないな、お前」
今回の最重要項目は、桂葉に戦闘に慣れて貰うことである。
赤岬の戦闘欲を満たす目的は微塵もない。
「まあ、馬鹿はああ言っているけど、あくまでもこれは訓練だからさ、気楽にやろうよ。ほら、高校とかでレクリエーションとかやるでしょ。アイスブレイキングかな? ともかく、そんな気持ちでいいからさ」
赤岬の態度により、緊張を大きくした桂葉に直登は優しく言う。
実戦訓練と言えば固く聞こえてしまうかもしれないが、これはそんな堅苦しいものではないと。直登のその言葉に、桂葉は大きく深呼吸をする。
自身を落ち着かせるために呼吸を整えたのかと直登は思ったが、どうやら違うようだ。
肺に限界まで息を溜めた桂葉が、その吐息を使い、一息に言葉を紡いでいく。
「私、レクリエーションとか凄い嫌いなんですよね。あんなんで緊張が解けたら苦労しないですし、私みたいな人間は、嫌われる要素を増やすだけですしね。ああ、全くアイスブレイキングとか意味わからない。そんなことを考えた人間の脳みそを凍りつけに出来ればいいのに」
早口で直登を責めるような口調で話し始めた。
今までの桂葉とは別人の如く、滑らかに舌が回っていた。なにか過去に嫌な事でもあったのだろうか。
「か、桂葉さん、言ってること滅茶苦茶だから、ともかく落ち着いて」
「はっ……。あ、そ、その、し、心配してくださったのに……、す、すいません」
感情的な発言をしてしまったことを恥ずかしく思ったのか、小さな体を更に丸めて、絞り出すように直登に謝る。
「……」
励まそうとして失敗した直登は、ここでどんな言葉をかけるべきか悩んでいると、意外なことに赤岬が桂葉の言葉に同意した。
「分かる、分かるよ、心(ここ)ちゃん!」
「え? ……ほ、本当ですか? で、でも、赤岬さんは……」
むしろ積極的に氷を溶かしに行く人間に思えると桂葉は言いたそうだ。
直登もそう思っていたが――、
「うん。頑張って話しかけているのに、どんどん距離が離れていくんだよね。アイスブレイキングなのに、皆全然溶けてないよね!」
「……お前の場合は、溶かす炎が熱すぎで、皆蒸発しちまってるんじゃないのか?」
どうやら、溶かす熱が強すぎるようだった。
その光景が想像できてしまうのが恐ろしい。
「上手いこと言うねー、直登は!」
直登に向かってグッと親指を突き出した。だから、そういうのが暑苦しいのだ。と、直登は本音を出さず、
「別に、普通だろ。桂葉さん……準備はいいかな?」
桂葉に聞いた。
赤岬の灼熱は極度の人見知りである桂葉の氷を溶かすには丁度良かったようで、桂葉こくりと小さく頷いた。
結果オーライだ。
「よし。アイスブレイクは出来なくとも――直登はブレイクしてやるぜ!」
「なんでだよ!」
格好をつけて直登を指差した。下らないことを言っていないで、早く始めるぞと直登は刀を構えた。
が、妙に様になっている赤岬の格好つけた仕草を桂葉が褒めてしまう。
「あ、赤岬さん、今の、ひ、ヒーローみたいだった」
「でしょ! ブレイクしてやるぜ!」
当然、褒められたら、赤岬は調子に乗る性質(たち)の人間だ。
今度は「シャキン!」と、ポーズを大きくする。左腕を左斜め上に真っ直ぐ伸ばして掌を天に翳すポーズ。
桂葉が手を叩いて喜ぶが、
「これ、格好いいのか……?」
直登にはその良さが分からなかった。直登では絶対に帰ってこない好感触の反応に赤岬は満足げに桂葉に質問をする。
「桂葉さんも特撮(ヒーロー)詳しいの?」
「い、一般的くらいですけど……」
一般的とは、どのレベルのことをいうのだろうか。と、直登は構えていた刀を降ろす。なんか、この状況で自分だけ戦闘態勢なのが恥ずかしくなってきた。
特撮番組を直登は、時折赤岬に付き合ってみる程度なので、あまり詳しくはない。
それでも、多少の知識は持っているが、少なくとも「ブレイクしてやるぜ!」をヒーローみたいだと、格好いいとは思わなかった。
馬鹿な奴だと思っただけだ。
「そ、そんなことはいいから、は、始めましょう」
あまり、その話題には触れて欲しくないのか、桂葉が自身の『魔法』を発動させた。まるで、高校生にもなって特撮を見ているのが恥ずかしいと思っているかのように、我に返った桂葉。
理由はともかくとして、桂葉が『魔法』を使ったことが合図となり、直登も赤岬も戦闘態勢に入る。気持ちの切り替えの早さも戦闘においては必要である。
桂葉から一メートルほど離れた場所に浮かび上がる正方形の枠組み。
縦横ともに、合計20メートルはあるだろう。訓練場の隅までギリギリに広がっていた。前方にいた直登と赤岬も、その枠の一つに収まっている。
つまり桂葉の『魔法』の範囲内にいるということだ。
「これが、ここちゃんの『魔法』なんだねー。なんか、私のとは違って、『魔法』っぽいね」
自分以外の『魔法』に赤岬は感動する。
「そうか……。赤岬が桂葉の『魔法』を見るのはこれが初めてなのか」
ならば、勝てる確率は格段に上がる。
直登は桂葉にその意図を視線で伝えた。桂葉が小さく頷く。直登と桂葉は、既に何回か共に訓練をしているので、この程度のコンタクトは視線で充分だった。
「じゃあ、私の『魔法』もみせちゃおうかな」
桂葉の『魔法』に張り合うようにして、赤岬も『魔法』を使う。赤岬本人も言っていた通り、桂葉の『魔法』と赤岬の『魔法』は大きく異なっていた。
桂葉の『魔法』は、桂葉自身に大きな変化は現れないが、赤岬の『魔法』は違う。
赤岬の両腕に、巨大な手甲が装着された。
両手を合わせて防御するような姿勢を取ると、その手甲はまるで梟(ふくろう)のような形状だった。
「って、私は何回も見せてるんだけどねー」
自分の身の丈よりもデカく、横にも一回り太い物体を身に着けた赤岬は、楽しそうに浮かべていた笑みを更に輝かせる。
だが、初めて自分に向けられた『魔法』に桂葉が固まる。
「じゃあ、本気で行こうかな?」
「……。本気でやるのはいいけど、加減はしてくれよ」
「勿論! うーん。何か私、ワクワクしてきたよ!」
「この戦闘マニアめ……。少年漫画の主人公みたいな台詞を言うな!」
「オラ、ワクワクすっぞ」
「寄せて行った!?」
釘を刺さた意味はなさそうだと直登は呆れながら、手にしていた刀を右脇に床面に切っ先を傾けて構えた。
剣道で言うところの脇構えに近い型。直登が『侵入者』と戦うために独自に開発した物であり、おおよそ、競技では使えるものではない。
だが、直登は別に剣道をするわけではないので全く問題ない。
「じゃあ、行こうか」
直登が桂葉に言う。
『魔法少女』達との初めての実戦訓練が始まった。
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