第28話
直登と別れた桂葉は、一人、駐輪場で司が目覚めるのを待っていた。意識を失った司を起こそうともしたのだが、しかし、『侵入者』との戦いの影響から、まだ、完全には脱していなかった。
いや――もう、『魔法少女』へと変化した桂葉はどうしても、元の世界には戻れないのかもしれない。
そんなことを考えながら司を待つ。
意識を失ったバスケ部員たちを、外に放置しておくのはマズいという事で、直登と共に体育館の中に移動させた。桂葉の『魔法』を使えば、平面の移動は、6人合わせても一分も掛からなかった。『侵入者』が現れる前に、息を切らしながら運んだ苦労はなんだったのだろうか。
桂葉は手に入れた『魔法少女』の力をどうすればいいのか――悩んでいた。
司を守ために手に入れた力。
だが、守りきれた今、この先どうすればいいのか。
その答えが見つからなかったことも有り、桂葉は直登と共に行くことを拒んだのだ。勿論、司と一緒に帰りたいという思いが一番ではあるが。
「あれ……? ここ。待っててくれたの? っていうか、わざわざ自転車で来てくれたの……?」
そんな中、目を覚ました司が腕を伸ばしながら歩いてきた。そして、駐輪場で待っていた桂葉を見つけると、眼を丸くして駆け足で寄ってきた。
「ごめん……。なんか、皆疲れたみたいで眠っちゃってさ……。こんな時間になっちゃった……。もしかして、ずっと待っててくれたの?」
「う、ううん……。つ、司ちゃんの帰りが遅いから、む、迎えに……。い、今、来たところだよ」
「そっか……。心配かけてゴメンね。でも、全員がいきなり眠ることなんてあるんだねー。解散の挨拶をしたところまでは皆覚えてるんだけど、その後がねー」
「……」
司が不審そうに首を傾げる。
それは当然だろう。
誰だって、全員がいきなり、意識を失えば何が起こったのかと怪しむはずだ。それでも、外傷、盗難がないことから、事件性はなかったようだと司たちは判断したようだ。
「そ、そうなんだ……。た、たしかに、め、めずら、珍しいよね……」
「初めてだよ。ま、何もなかったみたいだからいいけどさ」
「ほ、本当に……大丈夫?」
「うん。むしろ深く眠れたお陰で、体調はいいくらいかな」
「な、なら……よ、良かった」
「それに、そのお陰でここが迎えに来てくれたからラッキーかな。なんてね」
冗談っぽく笑い、自身の自転車の鍵を解除した。
「じゃ、帰ろうか」
「う、うん……」
自転車に乗り、勢いよく漕ぎ出して校門から外に出ていく。すっかり暗くなった街を桂葉と司は走り抜けていく。
夜の風は少し冷たい。
光る街灯をいくつも通り抜けると、二人は堤防の遊歩道に入る。直登と初めて話した場所だ。暗闇の中でも川が流れる音が微かに聞こえてくる。
川の音に耳を澄ましていた桂葉の耳に、司の声が響いた。
「今日は応援に来てくれてありがとうね」
「私こそ……ありがとう。呼んでもらって」
「でも、期待に応えられなくてごめんね」
「ううん。確かに負けちゃったけど、凄い格好良かったよ」
「あー。試合のことじゃなくて、ここのことだよ」
「え?」
「まだ、なにか悩んでるみたいだからさ。力になれなかったなって」
「…………」
司は今は自分の方が悔しいだろうに、桂葉の心配をしていた。
「ねぇ、司ちゃん。もう一度、聞いてもいい?」
司の言葉に桂葉はペダルを漕ぐ足を止めた。少し遅れて司も停止すると、自転車から降りて桂葉の横に並んだ。
「いいけど……」
「その、やっぱり、人を守る力を手に入れたら――司ちゃんは戦うの?」
「勿論。私にそんな力があれば、守ってみたいよ。もっとも、あんな点差で負けちゃう私に力なんてないんだろうけどね」
「……」
司の言葉が桂葉の頭の深層にへと入り込む。
「ありがとう」
「え……? どうしたの?」
「な、なんでもないよ」
司の答えを聞いた桂葉は、直登へと出す返事を決めた。
自分で答えを出せないのであれば、守りたいと思った司の意思で動こうと思っていたのだ。司が戦わないというならば、そうしていたし、戦うというのであれば、『魔法少女』として戦うとそう決めていた。
例えそれが、司を守りたいという願いよりも、人任せで、およそ戦う理由としては脆くとも、桂葉にとってはそれが全てなのだ。
司の思いこそが戦う理由になる。
もっとも、桂葉がそんな状況にあると司は知っていれば違う答えを出したであろうが――司は知らない。
答えを出した桂葉は、話題を反らすように「し、試合は……しょうがないよ」と司に言った。
人数も全然少ないのだし、コートも一面使えない。
これでは強豪校に勝つのは難しいと。
「うん……。実は私もそう思ってた。でも――だから、負けたのかなって」
「え……?」
「いい試合が出来ればいいと思ってたんだけどさ。ここが応援してると思ったら――やっぱ勝ちたくなったんだ。その時に気付いたよ。いい試合なんて言ってるから勝てないんだって。向こうは勝つ気でいるんだから。そりゃ、あんな点差になるよ」
「つ、司ちゃん」
「自分で部活作ってちょっと満足しちゃってたのかもね。だから、ここ、ありがとうね」
「そんな……。私は何もしてないよ。……や、やっぱ、司ちゃんは強いな」
自分の駄目な部分を自分で、客観的に判断し、すぐに修正を行える。それはよほどの強さが無ければできないことだと桂葉は思う。
自分の弱さを認めること。そして、その弱さを克服する努力。
どれも――桂葉が避けていたことだ。
自分を否定して弱さを纏う――そんな楽な生き方をしてきた。
「そんなことないよ。私は――強くない。ただ、強がってるだけだよ。多分――ここの方が強い」
桂葉が司を羨むように、司もまた桂葉を羨んでいるのだろうか。桂葉は自分のどこをみて、そんなことを言うのか理解できない。
素早く瞬きを繰り返して呆然とする桂葉に、司が笑いかけた。
「そうだよ。だから――もっと自信持ちなね」
「……うん」
力ない返事は川の音に流されていった。
こうして桂葉 ここは『魔法少女』として戦うことを決意したのだった。
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