第27話
「……ねぇ。ここちゃん『魔法少女』に覚醒したんだよね……なんで連絡なかったわけ?」
赤岬が怒っていた。
一人、『機関』に残っていたのだから、それは仕方ないのかも知れない。だからと言って、直登に八つ当たりされても困るのだが。
「いや……。だって、覚醒したなら、赤岬でも感じられるだろ? 逆に……なんで来なかったんだよ」
逆に来なかった理由を問われる赤岬。
もしかしたら、桂葉がこの『機関』に来るかも知れないから残ると自ら言い出したのだ。『魔法少女』に桂葉が『覚醒』したのだから、待つ理由は無くなった。
それなのに、ここで一人動かなかった赤岬。直登はそれが少し意外だった。
密かに『魔法少女』の力を使ってでも『繰間工業高校』に来るかも知れないと不安に思っていたのだから。
直登の問いかけに、怒りを浮かべていた赤岬の顔が、ぎこちない動作で直登から反らされる。ギチギチと効果音が聞こえてきそうなほどに不自然だった。
「べ……別に、このまま自分の『魔法少女』として終わりかも知れないとか、思ってないから」
「ああ……なるほどな。そっか。その可能性もあったのか」
らしくない赤岬が何故、その選択をしたのか――直登は理解した。
『魔法少女』が同時期に二人。
これは初めての現象だが――僅かな期間だけなら在り得ないこともない。
『魔法少女』の世代交代。
『魔法少女』と呼ばれるように、いずれ『少女』は女性に変わるのだ。いつまでも少女ではいられない。『魔女の証』は失われるのだ。
これまでの記録では最長は二日間の間、二人の『魔法少女』が存在したことはあるらしい。ただし、その時は、現在の『魔法少女』の力を失い始めていた。殆ど力は残っていなかったと記録されている。
逆に3か月、『魔法少女』が現れなかったこともあるようだ。
だが、祖父も言っていた通り、今回のケースは初めてだった。前例がない。
力を失わずに、新たな『魔法少女』が現れたことは。
前例がないからこそ、直登は赤岬が『魔法』を失わないと信じていた。赤岬とはもっと一緒に戦えると。
最も、赤岬本人は、自分が『魔法』を失うのではないのかと怖かったようではあるが。
少しもその可能性を考えなかったという直登に、赤岬は声を上げる。
「酷い! あったかじゃないよ! そんな大事なこと忘れるなんて……私のことなんかどうなってもいいんだ! 私が内心どれだけ怖かったのか……分かんないだろうね」
「……なるほど。桂葉さんを以上に歓迎しようとしてたもの、自分が不安だったからなんだな……」
「ち、違うもん。本当にうれしかったんだもん」
新たな『魔法少女』を歓迎しているのは伝わってきた。
心の隅を埋める小さな恐怖が消えずに、赤岬を時折、突いてきただけの話だ。一人でそれを耐えていた。
が、現状の赤岬は力を失っていない。
『魔法少女』のままだった。
「……俺が考えなかったのは、赤岬を信じてるからだ。お前が力を失ったのならすぐに分かる。それだけは誤魔化せない」
「……直登」
ずっと一緒に戦ってきた直登と赤岬。互いの違和感などすぐに分かる関係だ。
だから、直登は忘れていたんじゃない。その答えが思い付かない程に赤岬を信頼していたのだ。
「ほ、本当かな。凄く嘘くさいけど」
直登の言葉に照れたように顔だけでなく、身体全体を後ろに捻った。
「あーあ。でも、ここちゃんが現場にいたなら、どうであれ――私、待ち損で暴れ損じゃん! 一回で二つ損してるじゃん! 一石二鳥の逆じゃん」
「……そうだな」
「これじゃあ、一鳥二石だよ!」
「それはただ、命中率が低いだけだな」
直登は下らない言葉を口に出す赤岬の肩に手を置いて、『機関』の中に入る。玄関に上がった瞬間に赤岬が、主人を迎える犬の如く飛び出してきたのだ。
「うるさいよ! 私は怒ってるんだからね」
「そうだな」
不安だった分、溜まっていた感情が怒りになって発散されているようだった。
いや、怒りと言うか、殆どが照れ隠しでしかないのだが。
ソファに座った直登。
……。
テーブルの上には桂葉を歓迎しての豪華な料理が机狭しと並んでいた。透明なテーブルの下には赤を基調としたテーブルクロス。赤に金色の刺繡が、白の中で強調され、テーブルの上に置かれている料理がより引き立てられる。
七面鳥、ローストビーフといった肉肉しい料理。一日かけて赤岬が作ったのだろう。
「大体、ここちゃんがいたなら教えてよね。もしも、ここちゃんが『覚醒』しなければ、どうやって『侵入者』と戦ったのさ!」
もう、この話は付いたのに、埋めてすぐに自分から掘り起こした。
「その時は、時間いっぱい粘るつもりだったさ。15分耐えれば、赤岬が助けに来てくれたんだろ?」
「……そうだけどさ。でも、その時間すら稼げなかったでしょうね。だって、相手は『羽化』してたんだからさ。私に連絡すれば、直ぐにマッハで駆け付けたのに」
「……その「直ぐ」が嫌だっていってんだよ。お前、連絡したら、『魔法少女』の力を使ってでも助けに来ただろ?」
桂葉を見た時点で、赤岬を助けを求める案も考えたのだが、人目を気にしない赤岬の危うさと、目の前で『侵入者』に殺されそうだった桂葉を放って置けなかった。
一度、戦闘に参加してしまえば、連絡する余裕などない。
「使わないよーだ。それくらいは分かってますー。その心配のせいで自分が殺されてたら笑えないって……。私はどんな顔して直登のお葬式に参加すればいいんだよ」
「……普通に悲しい顔して参加してくれていいんだけどな! とにかく、今は瞬時に世界中の人々と共有できる世の中だ。警戒して損はないって、俺は言いたいんだよ。もういい加減分かってくれよ」
「そんなしつこく言わなくたって……分かってるよ」
ことあるごとに忠告してきた直登の苦労を、ようやく赤岬は分かってくれたようだ。寂しそうに顔を俯けた赤岬。
その表情のままに言う。
「じゃあ、身元を隠すために仮面を作ればいいんだね」
「問題はそこじゃない!」
直登が心配しているのは身バレじゃない。
『魔法少女』が存在するという事自体なのだ。別に世間に隠す必要はない。『侵入者』を人々が知ることはない。だからこそ、余計に『魔法少女』が集中すべき『的』になるのだ。
『魔法』と『力』を得るために、人間が何をするのか。
数々の漫画を読んできた直登には容易に想像できる。
「もー。直登は後ろ向き過ぎなんだって。人はそこまで残酷じゃないよ!」
「……俺は現実の人間の方がもっと残酷だと思うけどな。だからこそ、仮面も作らないし、人前で『魔法』も『力』も使用も禁止だ」
「えー」
まだ、不満そうに口をすぼめるが、「今日の件はここちゃんが仲間に入ったってことで水に流してあげるよ」と直登を許した。
赤岬に許される必要はないが、しかし、一応は了承してくれたのだから、直登は掘り返さない。
「で、ここちゃんは?」
いつ桂葉が『機関』に来るのかと待ちわびる赤岬。
だが、赤岬の期待を裏切るべであろう言葉を直登は言う。
「……今日は来ないよ」
「何で!? なんで!? 一緒にいたんじゃないの?」
直登の言葉に大袈裟に背を反らして驚いた。
「いたよ。でも、今日は、用事があるんだとさ。どうしても外せない用事がね」
「……そんな」
桂葉の外せない用事――それは、司と共に家に帰ることだった。
「また、後日……返事をするってさ」
約束の期限は今日までだが、『魔法少女』として『覚醒』した桂葉はいつまでも答えを先延ばしにはしないだろう。
桂葉はそう言って司の元に消えて行った。
直登はその背中を黙って見送った。
「なにやってんだよ! 私がどれだけ楽しみにしてたか……!?」
不安が消え、残った期待が消失した赤岬の言葉使いは荒かった。
無理矢理にでも連れて来いと直登を責める。
「……それはお前の勝手だろ?」
「そうだけど……。でもどうすんだよー。この料理……」
そう言って赤岬がキッチンを指差す。テーブルに乗り切らなかった料理が綺麗に並べられていた。この調子だと冷蔵庫の仲間で手料理で一杯だろう。
いくら何でも作り過ぎだと直登は呆れた。
「だって、ここちゃん、結構食べるタイプかも知れないじゃん」
「……俺が見た感じだと、むしろ小食タイプに見えるけどな」
正直、テーブルに乗せられている骨付きの肉に桂葉が齧り付く姿が思い描けない。直登のイメージだと、桂葉は肉よりもお菓子の方がよく似合う。それもケーキとかではなく、チョコやスナック菓子だ。
リスのように頬を膨らませてお菓子を食べる桂葉の姿に直登は思わず笑みをこぼした。
「なーに、笑ってるんだ! これ作るのに、私がどれだけの真心をこめたか……」
「張り切ってたもんな」
「なら、なら……」
桂葉に食べて貰いたかったと肩を落とした。言葉を上手く紡げない少女の姿は、説教をされている子供のようだ。
子供のように落ち込む赤岬を励ますように、直登はテーブルの肉を一つ掴んだ。
「ほら、折角作ったんだから、食べようぜ」
優しく言いながら、直登は赤岬の料理を一つづつ食べていく。丁寧な下味から、赤岬の思いが伝わってくる。作り過ぎとはいえ、本気で楽しみにしてた。
やはり――『魔法少女』の仲間が増えるのは嬉しいのだろう。
落胆するなとは直登は言えない。
「……」
赤岬は直登の言葉に、何も返さない。ただ、膝に置いて手を強く握り、俯いていた。
「桂葉さんには、今度来た時、食べて貰えばいいさ。ほら、美味しいぞって、自分で作ったんだから、味は分かるか」
直登は皿を一枚手に持ち、料理を適当に並べていく。
「ほら」
手渡された皿を受け取ると、箸を手に持って口に運ぶ。
「……おいしい。でも……。これ、しょっぱい気がする……。わ、私の涙の味かな?」
味見した時よりも味が濃いと赤岬は言う。
そして、大きな動作で涙を拭く動作をして見せた。冗談召した動きに直登は笑って答える。
「いつも通りに美味しいさ。自分でつけた味を忘れるなって、ほら、沢山あるからどんどん食おうぜ?」
勢いよく箸を動かす直登に今度は赤岬が笑った。
普段はそんな乱暴に食事をしないのに、励ましているのがバレバレだった。
桂葉が来なかったことに責任は直登にはない。それは赤岬だって分かってる。でも、不安と期待から解放されて少し我儘を言ってしまった。
桂葉にだって戦いたい理由があるし、『侵入者』との戦いを経て何かを感じたのだろう。赤岬は『魔法少女』としては先輩なのだから、似たような気持ちは味わっていた。
「だね!」
自身の我儘を反省した赤岬は直登に負けじと箸を動かす。
二人は競い合うように贅沢な夕食を胃の中に収めていく。それでも――料理はまだまだ残っていた。
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