第26話
「I5から、A5!」
不意に桂葉が叫んだ。今までの挙動不審な態度からは想像のできないほどにはっきりとした声で。その声が直登に聞こえると同時に、眼前で顔をぶつけた『侵入者』の姿が消えた。
そして、次の瞬間には『侵入者』の真横にへと『瞬間移動』したのだった。桂葉から『瞬間移動』の『魔法』であると聞いていたし、今しがた体験したばかりだからか――直登は移動した場所から『侵入者』を斬りつけた。突如として現れた直登の斬撃に防御も出来ない『侵入者』。
だが、直登の刀は『侵入者』に届かなかった。
桂葉の『魔法』に防がれたのだ。
透明な『箱(ボックス)』が刀を弾いた。
「……内外からの衝撃は通さないわけか」
桂葉はその情報を知っていたようだが、直登に伝えられなかった。『侵入者』と戦いながら、オのんびりと話している時間はない。
戦いながら桂葉の『魔法』の特徴を覚えていくしかない。
直登は、申し訳なさそうにしている桂葉に「気にするな」と声をかける。そして、即座に次の行動に移るように指示を出す。
直登の声に従い、移動させるマスを指示する。
「A―4へ!」
直登が指示した位置は『侵入者』の背後。
消えた直登を探す数秒の時間。
それだけあれば――『侵入者』との戦闘を幾度となく繰り返してきた直登にとっては充分な時間である。居合のような構えで『箱(ボックス)』の中で待機していた直登は、溜めていた力を一気に解放する。
直登の攻撃に合わせて桂葉も自身の『魔法』を解除した。
「はぁっ!」
振り抜かれた刀が狙った場所は――『侵入者』の右腕。
蟷螂のような鋭い鎌を直登は狙ったのだ。一番の武器を奪えば、戦いが楽になる。相手の力を奪い優位に進めようと直登は考えたのだ。
直登の斬撃が『侵入者』の右腕を切り落とす。鎌の付いた腕が体育館に転がる。『侵入者』にとってはダメージが大きいのだろう。
体育館に響く金切り声。
直登はその声を無視して――もう一度、刀を振り抜く。しかし――『侵入者』の腕を切り落としたはずの刀は、無慈悲にも弾かれた。
「なっ……」
直登が『羽化』した『侵入者』に勝てない理由の一つは武器が通用しないから。
それなのに、一度でも通用したこと自体がおかしいのだ。この『侵入者』の体が弱いと考えていたが、どうやら違うらしい。
怯んだ直登を『侵入者』が襲う。
片腕になった恨みを晴らそうとしているのか。首を狙って水平に振られた鎌を直登は頭を下げて回避した。
「桂葉さん!」
「は、はい……!」
一度体制を整えるために、桂葉の『魔法』で『侵入者』との距離をとる。桂葉の横に『瞬間移動』した直登は、握った刀を自身の顔まで持ち上げる。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……。でも、なんで、最初の一撃は聞いたんだろう?」
今までと何が違うか考えるがその答えは明白だ。
桂葉の『魔法』の影響だろう。ただの移動補助だけでなく、恐らく『箱(ボックス)』の中に入った人間の攻撃力が上がる付加能力も付いているのだろうか。
直登は聞くが、
「いえ……。そんな能力は……な、ないと思います」
頭の声は、そんな力があることを伝えていなかった。自身の『魔法』について全てを直登に伝えられたわけではないが――それでも、それは間違いがない。
桂葉の『魔法』に付加特性はない。
「じゃあ……なんで……?」
自身の斬撃が通じた理由を直登は追求しようとするが、『侵入者』がそれを許さない。怒り狂って左手を振り回す。
手が届く範囲でもないのにひたすら振るう。
恐らく、いつ現れるか分からない直登を警戒して、常に武器を振り回すという選択をしたらしい。確かにあれならば周囲に近づくことは危険だ。
「ど、どう……しますか?」
「…………」
桂葉に次の行動を聞かれた直登は、原因追及を中断する。理由はどうであれ、自身の刀が辻るならば、それを使わない手はない。
「あそこまで、錯乱してくれているから、ちょっと、ちょっかいを出せば、更に動きは大きくなる……。そこをついて、もう一度――斬る」
「わ、分かりました……」
直登の言わんとしていることがそれだけで伝わったのか。
意外に直登と桂葉の相性はいいのかも知れない。赤岬との共闘は互いに足を引っ張り、力を出せないから、主に交代で戦っていた。
二人共「俺が」「私が」と我を通すので衝突してしまう。
だが、桂葉の『魔法』は主にサポート。
更に理由は分からないが攻撃力の増加つきだ。直登の足りない部分を補える『魔法』は、望んでもないことだった。
そして、桂葉の性格。
優しく気遣いのできる桂葉は一歩下がって周りを見る。普段はそのせいで人の視線に怯えるが、『侵入者』との戦いにおいては在り難い。
桂葉は再び直登を『箱(ボックス)』へと閉じ込める。
『侵入者』がいる位置は、9×9の中心。横軸にアルファベットを。縦軸に数字で振り分けられた位置でいうと『E―5』。
その周囲を瞬時に消えては現れてを繰り返す。仮に『侵入者』の攻撃を受けても『箱(ボックス)』が防いでくれる。
「狙い通りか……」
『侵入者』の攻撃がどんどんと大振りになる。これならば、『魔法』を使わなくとも直登は当たらないが――攻撃を考えると、そういう訳にもいかない。
意外な不便さを覚えつつも直登は隙を伺う。
「今だ!」
直登の声に桂葉は『魔法』を解除する。
腕を切り落とされた右側が大きく空いたのだ。直登は大きく踏み込んで居合切りを放つ。先ほどよりも踏み込み、振り抜きともに速度が上がっていた。
威力の上がった斬撃は『侵入者』の体を上下に引き裂いた。
身体が二つに分かれても尚、じたばたと足掻いて見せるが、しばらくすると『侵入者』の体が光の粒子になっていく。
「……ふぅ」
空中に霧散していく粒子を見ながら直登は小さく息を吐く。
歪んだ空間も、戦闘によって崩れた壁も、全てが元に戻っていく。完全に自身のよく知る体育館に戻ったことで、安心からか桂葉の腰が抜けた用だ。
「大丈夫……?」
「は、はい……。よかった。こ、これで司ちゃんも……」
戦闘を終えた桂葉は、何よりも先に司の身を守れたことに笑みをこぼした。
それも当然である。
桂葉が『魔法少女』の覚醒した原因は司の身の危険だ。
『侵入者』の空間に当てられて、まだ、意識は失ったままだろうが、命までは奪われない。時期に目を覚ますだろう。
直登は腰を床に落とした桂葉に手を差し出した。
「取りあえず、一度赤岬に連絡して、そのまま、『機関』までいこうか。『魔法少女』になったことだしね」
桂葉は直ぐに直登の手を取ろうとしたが、手を伸ばす途中で動きを止めた。
直登を掴む前に桂葉の手は強く握られる。
桂葉が直登の目を見て言う。
「あ、あの……、ち、ちょっとだけ……、待ってもらっていいですか?」
結局、この場で桂葉は――直登の手を取らなかった。
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