第31話

「いやー。でもさ、こうして仲間が一人増えるだけでも、かなり、雰囲気変わるよねー。折角だからさ、この『機関』も、もっと大きくしてみない?」


 訓練を終えた直登達は、一階にて休息を取っていた。

 午前中からの特訓を終え、現在は昼。赤岬が昼食を作ってくれているようだった。今日のメニューはピザ。

 『機関』に石窯はないのだけれど、赤岬は上手に焼く方法を知っているのか、本格的にふっくらと焦げ目のついたものを作り上げたのだった。

 そして、テーブルに完成したピザを置くなりそう言った。


「簡単に言うな。充分な広さだろ」 


「えー。なんだったら、個室が欲しいよー。工場経営してるんだから、それくらいの余裕あるでしょー」


「お前な……。昔ならともかく、中小企業は今、大変なんだよ。そう言ったことを、高校では学ばないのか……?」


「さぁ……習ったのか、習わなかったのか」


 赤岬は曖昧なことを言いながら、テーブルの真ん中に置かれているピザを、丸い刃の付いたカッターを使用して、器用に八つに切り分けた。

 

「はい! お食べ!」


「犬みたいな扱いをするなよな」


 赤岬はその格好、性格からは想像が着かない程、料理の腕を持っている。三人の前に切り分けられたピザはマルゲリータであった。

 上に塗られたトマトソース。その中に見える白く蕩けるチーズが、直登の食欲をそそるべくして伸びていた。


「あ、赤岬さん、す、凄いです……。わ、私、ぴ、ピザなんて、で、出前か、れ、冷凍以外で食べたことないです……」


「俺もだよ」


 食パンに玉ねぎやピーマンを細くスライスして載せ、そこにケチャップとチーズを載せた、簡単なピザトースト位ならば、朝食で、よくお世話になっているが、まさか、本格的なピザを手作りしようとは……。毎度のことながら、赤岬の腕には感心してしまう。


「意外に簡単だよ? 材料入れて混ぜるだけだもん!」


「……。それは簡単に言い過ぎだな」


 口に入れると生地とソースが互いの長所を生かしながら、口の中で混ざり合っていく。

 三人は『魔法』や『侵入者』の話――ではなく、至って普通の日常の会話をしながら、昼食を済ませていた。

 今日は土曜日。

 直登の工場も休みで在り、高校生である二人も休みだった。

 しかし、赤岬が部活に入っていないのは知っているが、桂葉はどこかに所属していないのだろうか。でも……と、直登は疑問を覚える。

 桂葉と出会ったのは確か、土曜日の午前中。

 学校帰りだったはずだ。その時は部活に入っているために、午前に活動が終わったのだろうと思っていたが……違かったのだろうか?

 桂葉に聞いた。


「わ、私は……。そ、その……。ぶ、文芸部です」


「文芸部!? なにそれ、ねぇ、なにそれ!」


「え、えっと……。し、小説読んだり、か、書いたり、してるだけです……」


「へー、そうなんだ。じゃ、じゃあさ、書いたりってことは、心(ここ)ちゃんも、小説書いたりしてるってこと?」


「あ、いえ、いえいえいえいえ」


 と、桂葉は首を素早く横に振り、否定する。

 『魔法少女』よりは、そちらの方が見た目的には確かに似合っている桂葉。見るからに文学少女と言った風貌。

 もしも桂葉が作品を創作しているのであれば、赤岬は読みたかったようだ。

 

「そーなんだ。残念」


「なにが、残念だ。お前が本を読んでるとこなんて、俺はみたことないぞ?」


「は、私、めっちゃ文系だから! 小説なんて読みまくだもんね!」


「……ほう。なら、最近、読んだ作品を教えてみろ……」


「あ、ええと……。『人間失格』とか?」


「太宰治か……。どんな話だった?」


「……」


 深く掘り下げて赤岬の粗を探す。直登も『人間失格』は読んだことがあるので、適当なことを言おうとも見抜く自身はある。

 直登の態度から、嘘が通じないと思ったのだろうか、


「あー。お、治違いだったかなー。最近読んだのは『三つ目が通る』だったかな」


「治違いって、お門違いみたいにいうな!」


『三つ目が通る』は漫画であるし、作者は手塚治だ。


「あー、なんかバラエティの脚本を書いてたりする気がする」


「それは誰だか分からない!」


 バラエティと言うからテレビなのだろうが、直登は脚本家まで気にする程のテレビっ子ではなかった。


「もう……。そんなことも知らないんだね」


「俺が怒られてるのか!?」


 無知だなぁ。と赤岬が鼻で笑う。話題をすり替えることに成功し、嬉しそうだった。

 二人のやり取りを楽しそうに聞いていた桂葉が赤岬に聞く。


「す、すいません。あ、赤岬さんは、ぶ、部活とか入ってないんですか?」


「私? 私は全然だよー。中学の時から入ってなかったしねー。『魔法少女』が部活みたいなもんだしね」


「そうなんですか……」


「どこがだ。俺とお前の二人しかいないんだから、部として認められないぜ」


「別に本気で部活って思ってる訳じゃないって。それに直登は高校生じゃないんだから。もういい大人だもんねー」


「……うるせぇよ。ついこないだも高校生に間違えられたわ!」


 見た目が幼いことを直登は常に気にしていた。落ち着いていると工場の人々からは慰められるが、それもまた、どこか子供扱いであると、直登は嘆く。


「うん。そうだねー。落ち着いて、落ち着いて」


 赤岬に慰められる直登。

 二人は文句を言い合いながらも、その絆は強いようである。

 桂葉はそんな二人を見て考える。

 赤岬は「中学から部活をしていない」と、平然に言った。中学の時から『魔法少女』であると。つまり、もう何年間も、二人は『侵入者』と戦っていることになる。

直登と赤岬がいつから、『侵入者』からこの街を守っているのかを知らなかった。

 これはいい機会だと、勇気を振り絞って自分から話題を切り出す。


「あ、あの……。お二人は、い、いつから、『侵入者』と……?」


「俺はそうだな……。子供の時からだよ。ほんと小さい時。幼稚園くらいだったかな? 親父に連れられて『侵入者』との戦い連れていかれたよ。んで、中学くらいから、めでたく一人立ちってわけだ」


「幼稚園から……!?」


「ああ。とんでもない親だったよ」


「因みに私も、その時くらいに『魔法少女』になったんだよね。直登が中学生だから、私は小学生くらいかな……。とずっと前のように感じるけど、そうでもないんだね」


 二人はずっと戦っていた。

 誰に知られることもなく、称賛されることもなく、陰に隠れて。赤岬が『魔法少女』は何の見返りもなく戦うと言っていたが、それは子供の時から続けられている赤岬は――やはり凄い人だ。

 自分も頑張ろうと、赤岬手製のピザを齧った。

 

「その時の赤岬は、『魔法少女』って聞いただけで、喜んでたもんな」


「うん、可愛かったねー」


「今もそんな変わってないけどな?」


「えっ!? ちょっと、それは私が可愛いってこと!?」


「んなわけあるか。『侵入者』と戦って喜んでるのは、今も昔も同じだって言いたいんだよ」


「少年の心を持ったまま大人になってるからねぇ」


「いや、お前、少女だろ……」


 性別変わってるじゃないかよ。

 『魔法少年』赤岬。

 ……確かにそっちの方がしっくりくる直登であった。


「なんか失礼なこと考えたでしょ!」


 赤岬が空になった皿の上に置かれていたカッターを手にして直登に向ける。


「自分で言ったんだろ」


 などと下らない話題に盛り上がりつつ三人は食事を終えた。直登が食後にと紅茶を作っていると、「ギィ」と、『機関』の扉が開いた。

 工場は休みなので、直登達以外誰もいない。しかし、堂々とした仕草で『機関』の内部に入ってくる人物は紛れもなく存在していた。

 すと、一瞬で内部の状況を確認した後――座ったままの桂葉の膝に、頬を擦り付けた。


「これが、これが新しい『魔法少女』かの! 眼鏡少女ではないか! いいのぉ。いいのぉ」


「ひ、ひぃ……。ふ、不審者、不審者……。た、助けて下さい!」


『機関』の中に、桂葉の助けを求める声が木霊した。

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